閑話その二 欲しいものはたくさんある
「ふにゃぁ」
あたたかい。
湯船につかったお湯が私を内側から温める。
これまでの疲れがお湯に溶けて、一気に癒されるのが分かる。
つい、力が抜けて声が自然と出てくる。
最高、本当に最高だ。
「シャワーや鏡が付いているのも良いし、脚を伸ばせる檜風呂というのも評価高いわ」
クレイの配慮は素晴らしかった。
(それはどうも。おかげでこっちは大変だった)
・・・素晴らしすぎて、反吐が出る。
「余計な物までつけたのはマイナス評価だけどね」
クレイは風呂場と自分の部屋とで会話が出来るように通信できるギアを設置していた。
ちなみに、このギアは結界やらなんたらややこしい説明があったがとにかく常時ON状態であるとのことらしい。
(変な動きがあった場合にすぐに中に入ってもいいなら、別に外してもいいが・・・)
「いいわけないでしょ!乙女の躰を何だと思っているのよ!この変態!」
・・・最低だ。護衛としての配慮は高得点でも、か弱い女性相手にはマイナス百点である。
(まあ、気に入ってもらってよかったよ。
やり直しと言われないように、色々調べて造ったからな。ギアも無駄にならずに済んでよかった)
「でも、熱湯を出すギアはともかく、シャワーとか大変だったんじゃないの?」
(水を拡散して出すなど、単純なギアを作るのなんか朝飯前だ。むしろ、鏡を一から作る方に苦労した)
この世界では鏡は貴重品らしいので購入する予算をケチって、クレイが作ったのだという。
お風呂場に着けるのは贅沢とのことだったが、私としてはお風呂場こそ必要だと思う。
「・・・思ったんだけど、何でこの世界ではお風呂が普及していないのよ?
この国の人って清潔感とか縁がないの?」
クレイの部屋を思い出す。
アレは正直言ってきつい。
どれくらいきついかというと、これだけ私に貢献してくれた人間に対して、私の異性としての評価が限りなく低い程に酷い。
結婚するにしても、絶対に受け付けられない位に嫌なタイプだ。
掃除した時は大変だった。黒い虫みたいな魔物が現れた時は泣いた。
泣いて、クレイに八つ当たりして殴ってしまうくらいに大変だった。
(風呂が普及していない理由は二つあるだろう。
一つは、設置に費用が掛かる事だ。
水を生成させるギアだけでも十分に高価だし、熱を生み出すギアや風呂桶、鏡、その他もろとも必要になる。
加えて、風呂を維持するのにも費用を掛ければ、余程資金に余裕のある家庭でなければ破産する)
・・・これはアレだろうか?
遠回しした自慢なのだろうか?
自分は出来るけどねと言っているのか?
・・・妙にイラッと来る。こういう人間に頼っている自分が恥ずかしい。
「そう言うあんたは余裕のあるという事ね。
元騎士とか、宮殿なんたらとか知らないけど、クレイがお金持ちで良かったわー」
(俺の場合は素材があり、ギアを自作できるから大した費用は掛からない。
壊れたとしても、自分で直せばいいのだからな)
・・・結局は自慢だった。
一度の説明で二つも自慢話を入れてきたよ、この男は!
「・・・ちなみに二つ目は?」
(普通の平民では魔力が持たない)
この理由には「ん?」と疑問に思ってしまった。
「・・・どういう事よ?」
(ギアを使うというのは体内の魔力を消費するという事だ。
魔力を多く含んでいない平民が水を大量に生成し、熱湯にする程に魔力の余裕はない)
「体内に魔力がないとギアは使えないの?」
(無理に使おうとすれば使えないことは無い。
だが、生命力を魔力に変えて使用することになるから寿命が縮む)
「嘘!それを早く言ってよ!」
私の寿命が短くなるとか初耳なんだけど!
普通になにも考えずにお風呂にお湯とか入れてたんだけど!
(安心しろ。そんなことが出来るのは魔力を十全に扱える人間だけだ。
サキみたいな最近扱えるようになった半人前じゃ体が重くなる症状が起きた時点で魔力を流せなくなる)
・・・安心させているつもりだろうがそれはそれで腹が立つ。
そういえば、昨日も錬金術で魔力を流していたが、途中から魔力の流れが悪くなったし、最後は魔力が流れる感じもしなかった。
アレが魔力が枯渇した状態なのだろう。確かに疲れで何も考えられないくらいに疲弊していた。
気持ち悪かったし、頭痛がきつかったが、お風呂のために頑張っていたため気にしていなかった。
「・・・って、別に今は疲れていないわよ」
錬金術では非常に苦戦したが、ギアを使うときは別に大したことは無い。
当たり前のようにお湯は出せるし・・・疲れも感じない。
錬金術に魔力を多く使うとしても、これはおかしい。
(勇者として召喚されたことに少し感謝すべきかもな。今のお前は周りの一般人よりちょっとだけ魔力が多い。
そして、魔力が上手く制御できているのも、その腕輪のおかげだ)
「へー、そうなんだ。感謝する気には全然なれないけど」
勇者として呼ばれたおかげで今も生きているとはいえ、楽しい思い出より辛い思い出が多すぎるので感謝したくない。
(感謝なんかは良い。だが、絶対に風呂でもその腕輪は外すなよ。
少しでも外せば制御している魔力が暴走して風呂場がめちゃくちゃになる可能性があるからな)
「・・・分かったわよ。私じゃ風呂場を治せないし、これ以上、あんたに借りを作るのも何か癪だしね」
本当はデザインが格好悪いので外そうと試みてはいたが、自力で外せそうになかった。
手錠のような拘束具に似ているというか、何かを封印しているようなデザインが少しアレだ。
中二病の男が好みそうなヤツだから格好悪い。
本当にこれって囚人がつけるようなものじゃない?
「・・・因みに、この腕輪って発信機とかついていないよね?」
(・・・・・・・・・)
軽く冗談交じりに言っただけなのに、クレイは黙って何も返事しなかった。
え、何で無視?何で黙秘権を使うの?
位置を特定されていることに不安になりつつも、とりあえずのぼせる前に私は頃合いと見てお風呂から上がった。
「・・・ドライヤーも作ってもらうのを忘れてた」
ふわふわのバスタオルで頭を拭いて気づいてしまった。
何でこれを忘れるかな?
自然乾燥だと髪が痛みやすくなるのに・・・
・・・クレイに発信機のネタで強請って作らせよう。
あと、入浴剤と美容液、化粧水に保湿パックも作ってもらおうかな?
化粧品一式も揃えてほしいし、泡立てネットはいるわね。
あとアロマオイルも良いわよね!
トイレも便座カバーをつけてもらわないと冷たいし・・・
色々と生活用品を考えながら、私は髪の毛をタオルで包み、寝巻きに着替えて、リビングを通りすぎると、クレイの部屋に向かった。
「上がったわよ。次はクレイがお風呂に入りな・・・」
私は慌てて口を閉じた。
クレイの部屋はたった三日でかなり散らかっていた。
だが、それよりも目に入ったのはベッドだ。
そこでクレイがぐっすりと眠っていた。
「師匠は色々と作業をしていたから疲れてるデス」
「疲れてるって・・・あ」
あれだけのお風呂場の設備を三日で・・・それも私の訓練等から空いた時間で完成させるなんて元の世界の職人でも厳しいだろう。
クレイはたった一人でアレを作り上げたんだ。
机の上には私が使ったシャンプーやトリートメントが一杯ある。
恐らく試作品なのだろう。たくさんの数からどれだけ試してみたのかが分かる。
「サキ、ロギアもお風呂に入っていいデスか?
師匠は入っちゃいけないと言ってたけど、ロギアも入りたいデス」
ロギアも一緒に入りたかったのだろうが、クレイが止めたのだろう。
少しでも私が安らげるように・・・
「・・・ええ、いいわよ。私が見ててあげるから」
私はロギアにそう伝えると、ロギアは大喜びして風呂場に向かった。
私は床に散らばった設計書みたいな紙を拾って足場を作るとクレイのすぐ傍に寄ってベッドに座った。
「寝てたんなら、寝てるって言いなさいよ」
私はクレイが起きないように小さな声で文句を言って・・・
「・・・ありがと」
私は耳元でこっそりお礼を言った。
さて、ロギアが戻るまで机の上を掃除してあげようかし・・・ら?
・・・あれ、何か忘れてる?
何だろう?
何かとてつもなくやらかした感じが・・・
『ロギアは不器用だから、そこら辺のギアだと魔力を流しすぎて壊しまくるんだ』
・・・二日目にそう言っていたクレイの言葉を思い出した。
「やば・・・」
その言葉を思い出したときにはもう遅い。
風呂場の方から『ドカン!』と大きな音がここまで響き渡った。
「何だ!どうし・・・サキ、いたのか」
クレイはその音に瞬時に反応して起き上がった。
「えっと・・・おはよう」
私は平然とした表情で誤魔化そうとしたが、クレイの険しい表情は変わらない。
「何があった?襲撃か?」
「いや・・・その・・・」
どうしよう・・・それより全然大したことじゃないけど、何でもないと言えるほど穏やかなものではない。
「師匠、水が溢れて止まらないデス!助けてくださいデス!」
遠くから、そんなロギアの声が聞こえてクレイは状況に気付き・・・
「・・・おい、ロギアを風呂に入れたのは誰だ?」
物凄い不機嫌な顔で私を睨んでいた。
「・・・ごめんなさい」
クレイが本格的に怒る前に私は謝った。
お風呂が再び使えるようになるのは三日後の事だという。
それまで私が文句を言うことは無かった。
・・・新たに何かが欲しいと言える立場ではなかった。
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