報告会その1

(クレイ視点)


 王都の玄関の方からノックの音が聞こえる。

 俺は玄関の扉を開けると、そこには一人の騎士が立っていた。


 その騎士のことを俺はよく知っている。


 金髪で爽やかな顔と、律儀で真面目な性格が女性の心を掴む『自称:俺の親友』である。


「・・・リーンか、何の用だ?」


「何って、報告会に決まっているじゃないか。クレイが言い出したことだろ?」


 そう言って、リーンは笑顔で無断で俺の家の中へ入った。


「・・・報告は月に一度のはずだよな?」


「いつから始めるかは言っていないじゃないか。

 君が彼女を何処かの孤児院に送っていたりしたら、僕の立場も困るしね」


 ・・・俺はリーンに孤児院の事を伝えていない。どうやって、その事を知ったのだ?


「まあ、来たのなら良い。

 俺からも伝えたいことがあるしな」


「彼女は?」


「寝てる。陣術の使い過ぎで魔力が空っぽになっているからな」


 サキは初めての魔力枯渇に相当苦しんでいた。俺も昔は何度も苦しんだから、あの苦しみは痛いほど分かる。


 現在は治癒室で苦痛は取り除いており、睡眠促進の効果を結界に書き加えているため、起きることはないだろう。


「・・・彼女に何を教えているんだ?」


「『錬金術』だ。

 ここで生きていく間、覚えておいて損はない」


 錬金術は陣術の基本で物質の合成や分解、精製など、素材や触媒をもとに物質のやり取りを行う術である。


「・・・どうして、陣術を教えようとしたんだい?」


「等価交換という奴だ。

 彼女は彼女で欲しいものがあるから、それを提供する代わりに仕事で貢献してもらうだけだ」


 まさかあんなものを欲しがるとは思わなかったが、サキのために動いてやると言った手前、俺は作らないといけない。

 結構注文が多かったから大変ではあるが、後でお願いされるよりはずっと良い。


「なるほど・・・てっきり、先日の魔族の件で彼女に戦う力を身に着けさせていると思ってたよ」


 王国騎士団でもケルクの事件は耳に届いたようだ。

 確かに、今のままではサキが危険なのは確かだ。

 護衛なり、何かしらの手を打たないといけないのも事実だ。


 ・・・だが、サキを魔族相手に戦えるように鍛えるのは無理だ。


「そうして、壊れた人間を俺達は間近で見ただろうが」


 戦う意思のない人間に戦い方を身に付けさせることは物凄く難しいし、何より彼女には戦う人間としては思考がマトモすぎる。


 そういう人間を無理矢理戦わせて、心を壊してしまったことがある。

 彼女が平和な元の世界に帰るのであれば、それを壊してはいけない。


 だから、彼女を逃がすんだ。


「・・・団長に報告したところ、先日の出来事について国にはもちろん、他の騎士にも伝えないとのことだ。

 王や姫に伝えて指示をもらう事も、君と敵対する気も今のところないって言っていたよ」


「今のところは・・・か」


「うん、もし君が彼女に何か余計な事をしたり、国に危害を加える時は容赦はしないというワケだ」


「加えて、サキの存在が公に広まった場合もだな。

 見逃してあげるけど、騎士団の体裁というのもあるから、国にはバレないようにしろって言ったんだろ?」


 要は中立の立場だ。敵対するつもりはないが、擁護するつもりもないということだ。

 捕らえなきゃいけない状況であれば、捕らえるのであろう。そうしなければ国を守るために存在する王国騎士団の立場がない。


「話が早くて助かるよ」


「・・・ところで、イリアという記録係はどうした?」


 前回はリーンと一緒についていたが、今回はいない。


「サキ殿に顔を合わせづらいんだと・・・君が陣術を使って操るからだ」


「・・・暴走したのは彼女だろ?」


「とぼけるなよ。そう仕向けたのは君だ。

 彼女の思考を乱す陣術を使って、サキ殿には逆に怒りを鎮静化させていたじゃないか」


 リーンはすべてを察しているかのようにそう言った。


 奴の言っていることは事実だ。


 王国騎士団がここに来たとき、ましてやリーンが来た時点でサキを匿っていることを隠し通すのはほぼ不可能だった。


 だからこそ、俺は彼らを説得できるのかどうか、陣術を使って試した。

 ストレスを付与する陣術を使って、思考を単調にさせて感情をさらけ出させることで、騎士団がどのような行動をするのか試した。


 結果はリーン以外見事にかかり、自分達の事をどう思っているか、勇者の事をどう思っているかはっきりと態度で教えてもらった。


 俺に対する隠していた敵意と勇者への蔑視を知ったことで、俺は説得は不可能だと判断した。


「君がイリアを操ったおかげで、僕は説得してサキ殿を連れ戻す可能性がゼロになってしまった」


「洗脳みたいに言うな。

 理性を一時的に取っ払っただけだ。

 あの騎士がそう思っていていなきゃ、あんな事にはならなかった」


 洗脳も出来ないことはないが後遺症が大きく残るし、そんなことをすれば流石にリーンが黙っていなかっただろう。


「あの状況は君の思い通りだったのかい?」


「思い通りだったと思うか?あいつが予想外の行動をしたのに?」


 サキが突然現れた時は本当に驚いた。

 慌てて鎮静化させる陣術を展開しなければ、怒りに任せて、俺が彼女の帰る手段を探していることを、はっきりと告げていたのかもしれない。


 リーンはともかく、イリアという騎士がそれを知ったら完全にアウトだった。


「大体、思い通りに事が動いていたのであれば、お前は今ここに来ていないし、サキもここにはいない」


 初めは国にここに勇者はいないと誤認してもらい、サキは知り合いの孤児院に預けるつもりだった。


 それが俺にとって都合の良い状況だったからだ。


 彼女が大人しく生活してくれれば、面倒を他の人間が見てくれれば、スムーズに帰還出来るように準備ができるからだ。


 俺が彼女を殺さないようにするためだからだ。


 だから、あの場にサキが現れた時、急遽思い付いた事を実行した。


 イリアという騎士を陣術で煽って暴力を起こさせて、


 サキに俺に対して恐怖心を抱くように殺意を放ち、


 ある程度追い込んだところで優しく接して逃げ道を用意する事で、都合の良い状況に誘導するつもりだった。


 だがまあ、結果は駄目だった。

 サキはここに残ることを決意し、目の前には騎士様が俺を含めて監視している。


 失敗した理由は彼女の事を何も知らなかったこと、それと予定外の騒動のせいでサキを必要以上に追い詰めたことだろう。


 万が一のために結界や準備をしていたし、ある程度は彼女に気配りをしていたが、結局はこの二つのせいで彼女を死へ追い込んだのだ。


 彼女の突発な行動に想定外ではあったが・・・いや、言い訳しても意味はない。


 別に彼女を傷つけようとは思っていなかったが、結果的に俺は彼女を殺しかけた。


 それは紛れもない事実だ。


 それに、大事なのはそこではない。


 彼女がそれを望まなかったのであれば、

 彼女が望んで選んだ道ならば、

 俺はそれを全うするだけだ。


「君が何を企んでいたかある程度予測できるから、細かな内容の説明は良い。

 それよりも魔族が襲った原因はなんだったのか分かるか?」


「ああ、そう言えば、まだお前に報告してなかったな」


 俺がリーンに伝えなくてはいけないこと。

 それは魔族が喋ってくれた情報だ。

 魔王が勇者の位置が特定できるというのはかなり価値のある情報だ。


 何せ魔王はこの国が勇者を抱えているということを既に知っていることになるんだから。


「・・・じゃあ、今回の騒動は魔王がケルクに勇者がいると分かっていたから起きたのか?」


「サキには勇者の力を封印するギアを装着しているから、ケルクで同じようなことは起きないだろうがな」


「・・・そうか、それはよかった」


 俺がそう説明すると、リーンは安堵した表情でそう言った。


「じゃあ、今度は俺が情報をもらう番だ。

 勇者についてわかっていることを教えてくれ」


 俺がそう尋ねると、リーンはどこから説明すればいいのか悩みながら説明を開始した。


「城には勇者が四人いて、その内の三人が外で魔物を倒して力をつけている」


「レベル上げだな」


 レベル上げと言うのは魔物を倒す事によって、魔物が帯びていた生命力を魔力に変換して、自分の体に取り込んで強化する方法である。


 強化される内容は主に、

  筋肉の質(筋力)

  内蔵器官(体力)

  神経系の受信速度(感性)

  神経系の出力制御(器量)

  魔力回路(魔力)

  魔力に対する抵抗力(理性)

 と、これら六つが共通的に強化されていることが判明されている。


「残りの一人は何を?」


「主に城の書庫から色々な文献を漁っている」


 外に出ず、中にいるということは現時点では戦闘についていけないと判断されたのだろう。


 レベル上げは全体の能力が上がる反面、命を失う危険性がある。

 加えて、土台の能力に比例して強化されるため、サキのように普段から鍛えていない人間が実践しても大きな効果を得られない。

 そいつも同じような分類なのだろう。


「外の勇者の実力は?」


「呼ばれた当初から、既に突出した才能を持っていたけど、それでも一般兵と同等ぐらいの実力しかなかった。

 でも、今では一人に対して一小隊で相手にしても歯が立たないくらいに強くなっているよ」


 俺は驚きを隠せなかった。

 王国騎士は兵士の中でもエリート中のエリートだ。

 親から才能を受け継いだ貴族が騎士学校で訓練と実践で能力を積み重ねることによって、最低でも一般兵の十人分の実力をもっている。


「・・・お前も負けたのか?」


 特にリーンは騎士学校でも実践形式の試合では学年の中で一二を争うほどの実力者だった。

 騎士団の中じゃ最も戦いたくない相手で、俺はこいつにだけはまともに戦って勝ったことがない。


「一対一で挑んでみたけどね・・・いつの間にか相手が消えてしまって倒されたんだ」


 ・・・消えた?


「あれで発展途上というんだから、国の上官は僕が倒れても大喜びだったよ」


 クレイはその話を聞いて疑問に思っていた。


 勇者の実力が高いことは知っているが、たった一週間足らずでそこまで成長するものなのか?


 レベル上げは一朝一夕で身に付くような方法ではないし、トレーニングと同じで限界がある。

 いくら魔力を取り込もうが、人間という器である以上、限界はある。


 ・・・それとも、俺が知っている勇者召喚とは別物なのか?


 ・・・そういうことなのか?


「そういうわけで、国はその三人を主に戦場に送るつもりだ。

 城の中にいる勇者も王と取引を交わして、国に貢献する代わりに城での自由な生活を保証されている」


 リーンの説明するが、クレイにはもう耳に入っていかなかった。

 クレイの頭の中ではある仮説で頭が一杯になっている。


「なにか分かったのかい?」


「・・・いや、勇者の力をはっきりと確認できただけだ」


 クレイはそう言って、サキと出会った最初の時を思い出していた。


 彼女が玄関に逃げて、俺を拒絶しようと泣き叫び、辺り一帯を魔力の渦で消滅させた。


 あの現象がなんなのかクレイは未だに分かっていない。だが、勇者の役割と無関係であるとは思えない。

 幸いなのは、彼女は覚えていなくて気づいていないようだった事だ。

 それで良かった。彼女は何も知らなくて良い。


 彼女が彼女であり続ける為に、これはあまりにも重たいものなのだ。


 だから、そんなものを押し付けた神がいるのであれば・・・


「絶対に殺してやる」

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