Epilogue1 私はおかしくなってない

 部屋の窓から日が差していて、自然と私は目が覚めた。

 何度も味わった光景だが、今日は久しぶりにぐっすりと眠れた気がする。


 部屋を見渡すがやはり元の世界ではない。

 元は物置場の・・・私の部屋である。


 潰れそうだった私の心は、昨日までの出来事が何もなかったかのように、嘘みたいに軽くなっていた。

 きっと、重荷となっていたものを涙と共に吐き出したおかげだろう。


『助けてくれて・・・ありがとう!』


 ・・・昨日の事を思い出してしまった。顔が紅くなっている気がする。


 いや、違う、違う!あんなの私じゃない!

 何というか、アレは気の迷いというか、変なテンションだったの!

 だから、あんなカッコ悪い事をしてしまったんだ!


 私は毛布に蹲って、激しく動揺していた。

 これじゃ、高校になっても中二病に侵されていたオタクたちを馬鹿には出来ない。

 あんな黒歴史をもし他の人に知られたら、私は余裕で死ねる。


 それもこれも、あいつのせいだ。


 クレイはおかしい。

 何というか存在自体が反則みたいだし、そんな奴が私を匿ってくれるのも不思議だ。

 私を護ってくれているかと思えば、ぞんざいな扱いもあるし、どういう人間か掴めない。


 そんなクレイだからこそ、私は調子が狂う。


 ・・・いや、これ以上深く考えるのは良そう。


 私は私のやりたいことをすればいいのだ。

 クレイも昨日そう言って励ましてくれ・・・だから、あいつを思い出すのは駄目だって!


 駄目だ、本当に私の頭がおかしくなった。

 こんな夢みたいな場所で、バカみたいな理由で働くことになったから、それでおかしく・・・働く?


 この部屋に日差しが入るのはお昼頃になってからだ。

 そして、起きたときには既に日差しが入っていた。


「・・・やばい、遅刻じゃん!」


 私は慌てて自分の部屋を出て、階段を下りてリビングに向かう。

 そこには既にクレイとロギアがいた。


「サキ、おはようデス」


「お、おはよう・・・じゃなくて、

 クレイ、今何時?お店は?」


「落ち着け、眼が腫れているから顔を洗って来い」


 そう言われて、私は慌てて目を軽く触って確認する。

 確かに、変な感触で腫れた感じが分かる。

 ・・・というか、寝癖もついたまんまだし、すっぴんのまんまだし!


 私は慌ててこの場を離れて、桶にたまった水で顔を洗い、髪を濡らして寝癖を直す。

 ・・・大丈夫よね?少しはマシになっているよね?


「今日はお店を閉店してる。

 降って来た岩が店に衝突したせいで商品が駄目になったからな。

 慌てる必要は無いぞ」


「・・・あ」


 クレイがリビングから叫び、その言葉を聞いて、私は冷静になって思い出した。


 そうだ、昨日は空から岩が降ってきて、お店や周りの建物がメチャクチャになって・・・それで周りがパニックになったんだっけ?


 私は鏡がないので、手で触って寝癖がなくなったことを確認すると、リビングに戻った。


「店の事より、お前の体調は大丈夫なのか?

 腹から血が出てたんだぞ?」


 そう言ってクレイは私の身体を心配してくれる。それは嬉しい。

 だが、胸を貫かれたクレイと、頭から墜落したロギアが、何事もなかったかのように平然としているのはおかしいのではないのだろうか?


 これも、魔法やギアという道具のおかげ?

 正直言って、どちらも元の世界なら確実に死亡案件なのだが・・・


 私はお腹を触ってみると、怪我どころか、傷跡すらなかった。

 クレイが塗った何かの薬のおかげかも知れないが・・・あんな怪我がここまで完璧に直されると逆に引く。

 私の無事に私が気味悪く思うのもどうかと思うが、何か変なことをされてないか不安になる。


「その分だと外傷は問題ないようだな。

 立ちくらみとかはしないか?」


「・・・大丈夫よ」


 私がそう返事するとクレイは少しうれしそうな顔をしていた。

 ・・・何故かそんな気がした。


「それじゃ、飯を作ってくれ。

 それが終わったら、店の片付けを開始するからな」


「サキ、美味しいご飯をお願いするデス!」


 クレイがそう言うと、ロギアは嬉しそうな顔でフォークを握り、うきうきしながらテーブルに座って待っていた。


「・・・わかった。今作るから待ってなさい」


 ここで料理を作るのはあの契約の内に入っている。


 私は厨房へ向かうと、食材を見て、料理を作り始めた。


 今回はニンニクと唐辛子が食欲を注ぐ、トマトと干した小魚を使ったパスタ、『プッタネスカ』もどきをさくっと作ってロギアに渡す。

 ロギアは辛そうな表情をしながらも、喜んで食べているが、クレイは相変わらず、あの変なドリンクを飲んでいるため、口にしない。


「・・・あんたは食べないの?」


「これを一日一回飲んだら、食事は問題ないからな」


 ・・・それを聞くと私は何というか、嫌な気持ちになった。

 いや、別にクレイが私の料理を食べてくれないことに悲しいわけじゃ無いよ?

 ただ、その、料理を作っているものとして、食べてもらえないのは嫌な気分になるのは当たり前だから!


「そうだ、お前に聞かなきゃいけない事があった」


「・・・何?」


 私とロギアがフォークでパスタをクルクル巻いているとクレイが私にそう言ってきた。

 聞かなきゃいけない事?何についてだろうか?


「孤児院の件だが、お前はどうするんだ?」


「孤児院?」


「・・・昨日の夜の事を覚えてないのか?」


 ・・・昨日の夜・・・確かにそんなことを言っていた気がする。

 眠れなかった私にクレイが突然掴んできて・・・いや、そこは別に今関係ないじゃん!


 そうだ、小さな村の孤児院で住み込みで働くというの話をクレイがしていたんだ。


「た、確かにそんな話があったわね」


「で、その答えを聞いていなかった。

 お前が望むのであれば、ここの従業員を辞めて、そこで過ごすこともできる」


「・・・そうね、それもいいわね」


 確かに、クレイは何を考えているか分からないし、私の居場所は何人かにバレている。

 クレイが紹介した場所ならきっと、私が国に追われることは限りなく低くなるだろう。

 子供の世話とか大変そうではあるが、のんびり暮らせそうで、意外と悪くないのかもしれない。


「・・・でも、私はここで働く」


 その言葉を聞いてクレイの顔が険しくなった。


「そこなら兵士の眼も届かないだろうし、平穏な生活が期待できるんだぞ。

 帰る手段が見つかったら、俺が訪れてやってもいい」


「関係ない。私はここで働きたいの」


「なぜ?」


「私を護ってくれるんでしょ?

 私の為に動いてくれるんでしょ?

 だったら、どちらで過ごしても問題ないし、田舎生活は性に合わないわ」


「確かに護る。約束したからな。

 だが、ここにいれば辛い事を経験するかもしれない。

 孤児院にいれば起こらないような、面倒なことがあるかもしれないぞ?」


 クレイが念を押して、私に問いかける。

 きっと重要なことで、私が孤児院にいた方が良いのだと暗に伝えているのだろう。


 確かに辛いのは嫌だ。痛いのも嫌だ。

 怖い思いも、殺されることも、尊厳を奪われることも嫌だ。

 ましてや、やりたくないことをしたくない。


 でも、それ以上に・・・


「私はここにいるべきだと思うの。

 理由は分からないけど、自分を信じたい」


 私がそう言ってしばらくの沈黙が続くと、


「・・・そうか」


 クレイはそれ以上、何も言わなかった。


「話はそれだけ?」


「ああ、それだけだ」


 クレイがそう言って話が終わる。


 私はフォークで巻いていたパスタを口にいれて、食事を再開した。

 ロギアはいつの間にか完食し、口元がトマトソースで汚れていたのでナプキンを渡して吹いてあげる。


 クレイは椅子から立ち上がって、私に近づくと右手を私に近づける。


「がんばれ」


 そう言って私の肩を叩き、クレイは自分の部屋へと入っていった。


 ・・・たったその一言で、その何気ない一言で、私の顔が赤くなったワケではない。


 きっと、唐辛子の辛さで顔が赤くなったんだ。


 ・・・やっぱり、孤児院で働けばよかったかもしれない。

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