第11話 空気を読んでとっとと失せろ

(クレイ視点)


 ケルクの街中では大騒ぎになっていた。


 空から大きな岩が無数に降ってきては店や屋敷にぶつかって建物を壊していたからだ。


 死人は奇跡的に出てはいないようだが、住民の中にはケガしたものがいる。

 さらに、魔物がこちらに向かっている為、避難警報がなる頃には恐怖でパニックになっていた。


「魔物がこっちに向かっているぞ!一般市民は避難しろ!」

「店の商品は諦めろ!命があってこその物種だ!」

「何で、こんな所に魔物が来るんだよ!

 ギルドは・・・結界はどうなってる!」

「いいから、協会に逃げ込め!考えるのは後だ!」

「どけ!俺だけでも生き延びるんだ!」


 住民が必死にギルド協会に逃げ込む中、クレイとロギアは岩が飛んできた方向へ向かっていた。


「魔術じゃなくて物理的に物を投げて攻撃するなんて、今時、そんな原始的な攻撃をするとは・・・流石に想定外だった。

 結界で建物の補強していなきゃ、死人がたくさん出ていたな」


 クレイとロギアが人混みを避けながら進んでいると、魔物の姿が見えた。

 猪のような大きな魔物がこちらに向かってくる。


「ロギアが・・・」


「落ち着け、お前が手を出す心配はない」


 クレイがそう言ってロギアを止めると、魔物の横から冒険者が現れて一撃でやっつけた。


 クレイはその冒険者に一礼して、ロギアを連れて先へ進む。


「一匹も魔物を中に入れるんじゃねえぞ!王国の力なぞなくとも俺達はやっていける!

 冒険者ギルドの底力を見せてやれ!」


「絶対に冒険者ギルドより活躍するんだ!

 傭兵ギルドがこんな時に何も出来なきゃ仕事がもらえねえぞ!」


「「おおおおお!!!!!」」


 魔物との戦闘に関連がある二つのギルドがそれぞれで団結して、魔物の討伐と住民の避難を行っていた。


「師匠、魔物は冒険者ギルドと傭兵ギルドが何とか抑えているデス!」


「当たり前だ。この付近の結界に術式を書き加えて『肉体増強』させているんだ!出来ていなきゃ困る!

 俺のギアもたくさん提供しているしな!」


 冒険者ギルドと傭兵ギルドには『再生』というギアを持たせている。

 魔力が体内の新陳代謝を増幅させて、細胞の活性化により急速に傷を再生させるギアである。


「この調子なら、町の損害は大したことないデス。

 師匠、ロギア達はどこに・・・」


「俺達の相手は魔族だ。索敵したら、魔族が一体いるのを確認した。

 魔物を倒しても、そいつを何とかしなければ、近いうちに襲撃が再開する」


 魔族は魔王の部下であり、魔物を操る力を授けられている。

 空から隕石のように岩が落ちてきたのも、沢山の魔物の襲撃も恐らく魔族の仕業だろう。


「ロギアと師匠だけで何とかなるんですか?」


「魔物じゃなくて魔族だからな。街にいる冒険者がいてもあまり意味がない」


 クレイは魔族を脅威に思っていた。


 魔物と同等以上の力を持ち、さらに考えて行動できる高度な知性を持っている。

 魔物相手ならそれに見合う数さえ揃えば、並の冒険者でも討ち倒すことは可能だろう。

 だが、魔族相手の場合は意味がない。数を揃えても、知性がある相手ならば、相手の策術に翻弄されてしまい一掃される。

 町にいる冒険者が何人援軍に来ようとも、何の足しにもならない。


「安心しろ、お前がどうなっても、俺がいれば何とかなる」


「師匠!?」


 ロギアが自分の価値の低さに驚いていると、クレイはある気配を察知した。


「ロギア、右だ!」


 そう指示すると、ロギアは瞬時に右方向からの攻撃を手の装甲で受け止めた。


 攻撃してきたのは、二足歩行する魔物だ。

 人を噛み砕くにはもってこいの頑強そうな牙と爪を生やし、肌は鈍色にびいろの毛皮で覆われて、見るからに強靭な肉体を持った狼のような魔物だった。


 こいつが魔族だ。


「魔族って人狼族ワーウルフかよ」


 人狼族は魔族の中でも上位のスピードを持つ。

 ただ速いのではなく、バネのような瞬発力によって、一瞬で相手に襲いかかるため、クレイにとっては厄介な相手だった。


「ほう、こんなガキが俺様の攻撃を受け止めるとはな」


「力だけは師匠に褒めてもらってる長所なのデス!」


 そう言って、ロギアは歯を食いしばると、力いっぱい拳を人狼族に向けて叩きつける。


 人狼族は攻撃を受け止めようとするが、すぐに表情を険しくして躱す。


 そして、空振りした拳は地面に叩きつけられて、地面が大きく割れた。


「なるほど、速さはともかく、顔に似合わず、俺様より優れた腕力・・・お前が魔王の言っていた勇者か?」


 ロギアは質問の意味が理解できなかった。


「何を言っているんデス?勇者は・・・」


 ロギアの口を即座に封じ、クレイは魔族に問いかける。


「勇者とはどういうことだ?

 魔王が言ったってどういうことだ?」


「おっと・・・これ以上は言えねえな。

 ところで、お前は誰だ?」


「クレイ、ただの陣士だ。

 そう言うお前は何者だ?

 魔物を率いているという事は名前持ちの魔族なんだろ?」


 陣士という言葉に反応して、人狼族の男の表情が変わった。


「俺様の名は人狼族のガーム。魔王の命により、ここを襲いに来た。

 しかし・・・陣士が相手とはつまんねえ」


「師匠を馬鹿にするなデス!」


 相手が陣士と言うだけで気が落ちたガームにロギアは怒る。


「おいおい、師匠って陣士がかよ。

 こりゃ、本当に勇者じゃなさそうだな」


 人狼族はため息を吐いて、明らかにやる気をなくしていた。


「魔王に勇者がここにいるって言われたのか?」


 クレイは怒りも嘆きもせず、相手の情報を集めることに専念する。


「そうさ、勇者が現れれば魔王様はそれを察知することが出来る。

 五人のうち、四人が王都にいるって言っていたが、残りの一人がここにいると聞いてな」


 それはクレイにとって初耳だった。

 勇者の存在を魔王が察知している。

 これは王国にとって、この世界の人たちにとって、聞き逃せない情報だ。


 人狼族は嘘つきが多いと聞くが、この魔族は嘘が上手いとは思えない。本当のことなのだろう。


「だがまあ、誤作動だという意見が他の魔族の意見だがな。

 その反応も王都から一瞬でここに来て、モノの数分で反応が消えたという話だ。

 俺も近くに居たから試しに襲っただけで、本当にいるとは思っていないけどよ」


 クレイは嬉しい情報を手に入れた。


 サキをケルクに引き連れて、すぐに魔力封印のギアを嵌めたからだ。

 本来の目的はサキが自身の力に惑わされないようにするためと、国の魔術師に感づかれないようにするためだが、魔王軍相手にも有効らしい。


 今日を何とかすれば、彼女はまた別の場所へと移る。

 そうなれば、魔王軍が彼女を意図的に襲う確率は限りなく低くなる。


「だったら、大人しく帰ってくれ。

 いるかどうかも分からない勇者の為にここを襲うとか、迷惑なんだよ」


「ああ、俺もそうしていいと思ったんだけどな・・・お前らを見て変わった」


 人狼族は鼻を動かして俺とロギアに指を向けた。


「狼男は臭いには敏感なんだよ。だから分かる。

 お前らは臭え!ここにいる人間と同じ匂いをしていねえ!ここの土の臭いを纏っていないんだよ!

 まるで、どこかから一瞬でここに来た人間の臭いだ。

 ・・・例えば王都からとかな」


 ・・・くそ、リーンといい、こいつといい、どうしてそんな些細な事で見抜かれたりするんだよ!

 もう少し、自分の根拠に謙虚になれよ!


 クレイが頭を抱えていると、人狼族はケルクに指を向き替える。


「そして、臭うんだよ!透き通るような清らかな臭いが!大好きな人間の血とは正反対の臭いが!

 臭くて臭くて、イライラしてしまうほどの臭いがこの辺りからプンプンするんだよ!」


 前言撤回、こいつを無視することは出来なくなった。倒すしかない。

 だが、ここは陣地の外だ。素の俺の実力じゃ・・・少々厳しい。

 不本意だが、ロギアの力に頼るしかない。


 陣士の特徴は自分が組み立てた結界内であれば、味方が有利に戦えることだ。

 ホームでは物凄く強いが、少しでもそこから離れると実力が格段と落ちてしまう。

 元々、陣士は後衛職、しかも支援に特化した魔法が主だから、一対一だと分が悪い。


 ・・・ロギアだけでどこまで持つかだな。


 力が上でも、はやさは奴が上。

 しかも、こいつはまだガキだ。魔族との戦いをしたことなんてない。


「勇者はいる。お前らはそれを知っている。

 だから、居場所を吐いて死ねや」


 そう言って、ガームは俺に向かって、突っ込んできた。


「師匠!」


「馬鹿!俺を庇う余裕があるか!」


 ロギアが慌てて俺の元に寄ったのがまずかった。

 ガームは即座に狙いをロギアに変えて、俺を護るために防御の姿勢をとっていたロギアの腕を楽々に掴む。


「ガキにしちゃ力はあるがな、あと十年経って出直して来い!」


「え・・・」


 そう言って、ガームはロギアを遙か彼方へ投げ飛ばした。


「ししょおおおおおぉぉぉぉぉ・・・」


 ロギアは豆粒のように小さくなって、ケルクの街へと戻っていった。

 アイツなら死にはしないだろうが、おかげで、こちらは大ピンチだ。


「パワーはあっても体格と体重はどうしようもなかったな。

 それで・・・陣士一人でどう立ち向かうんだ?」


 クレイは即座に陣術を展開しようと術式を描いて・・・


「おせえ」


 その前にガームが突っ込んで、クレイの脇腹に蹴りを入れた。


「がは!」


「お、今のを防ぐか」


 杖で受け流す事で直撃を避けたが、衝撃だけでも思いっきりぶっ飛んでしまう。

 流石は人狼族、力も人間相手じゃ余裕で勝っている。種族の差がはっきりと表れている。


 すかさずにガームは拳と足、爪を用いて俺に攻撃する。

 それに対して、クレイは杖で攻撃を防ぐことしかできず、反撃する余裕などなかった。



「なるほど、確かにここに向かうだけの事はある。防御や回避の反応は良い。

 ・・・だが、舐めるな。力が圧倒的に足りないんだよ!」


 そう言って、ガームはクレイの杖を力で強引に壊すと、そのまま自慢の脚力を利用して蹴り飛ばした。


「ぐふ!」


 クレイは自ら後方に跳んで力を流そうにも、それ以上に腹部から発生した衝撃が凄まじく、数十mも先まで吹き飛ぶ。


 口から吐血し、内側の臓器から出血したことが分かる。

 口の中からいつもの味がする。


「お前ら魔法使いが呪文を唱える間に俺達は何発も攻撃を繰り出せる。

 ましてや、魔術陣を描かないといけない陣士なら、何十発分だ。

 子供が守っている間に術式を展開すれば勝ち目があったかもしれねえが・・・終わりだ」


 ガームは「あっけなかったな」と呟いて、ゆっくり詰め寄ってくる。


 隙はあるが、クレイが陣術を展開しようものならすぐに詰め寄るだろう。

 今は回復に専念するしかない。


「・・・お前、さては人間を襲うのは久しぶりだろ」


「あ?」


 言葉で時間を稼いで、気付かれないように魔力を循環させる。

 体の内部を即座に治療し、ある程度動けるまで回復するためだ。


「確かに魔術師や治癒士、陣士はそれをやられると脆い。

 攻撃の要である魔術をさせなければ脅威ではない。

 だがな、今の俺達にはそれ以外に攻撃手段がないわけじゃない」


 クレイは懐から新たに杖を取り出すと、それをガームに向ける。

 そして、何の詠唱もなく、何の前触れもなく、小さな弾丸がガームに向けて放たれた。


「・・・はあ!?」


 慌ててガームがガードし、塊がぶつかると、パンと衝撃音が響く。

 奴の腕に生えている体毛の一部が血で赤く染まっていた。。


「生憎と・・・これを使えばすぐだ」


 ガームは驚いた表情で俺を見ていた。


「ギア・・・だと・・・何で、そんなものを・・・」


 ギアは古代の遺物でその数は非常に少ない。ましてや、戦闘に特化したギアはほんの僅かだ。


「何処で手に入れた?」


「作ったんだよ。魔術師が魔物を殺すために!」


 俺はそう言って、反撃を始めた。

 体内も別のギアの力である程度止血が出来ている。


 俺はギアでガームに対して弾丸を連射した。

 ガームが回避しようとするが、俺は動きを予測して、脚に弾丸を当てる。


 これで、奴の機動力を奪えば・・・


「地味に痛いんだよ!この野郎!」


 そう言って、ガームは回避することを諦めて、再び俺の前に突っ込んでいった。


「『超再生』のスキルを考慮しての強引プレーかよ!」


 人狼族に限らないが、魔族の中には『超再生』というスキルがある。

 瞬時に傷を治すスキルであり、かすり傷くらいであれば三秒で治してしまう能力だ。


 弾丸を作るギアの欠点は一撃で相手を殺す殺傷能力がない事だ。

 ダメージを積み重ねていけば殺せるだろうが、『超再生』のおかげで直撃した傷もすぐに傷を閉じている。


 その事に気づいたのか、奴の本能なのか知らないが、これで俺は守りにも意識しないといけない。


 俺は奴と距離を置くために、逃げながらも弾丸を放っていく。

 しかし、ガームは被弾しようが近づいていき、着々と距離を詰められていく。


 あえて近距離に近づいて目や耳を攻撃しても無駄だろう。潰したとしても、奴には嗅覚がある。

 接近戦になればこちらが不利になる。それまで何とか時間を稼げば・・・


 頭の中でそんな戦略を考えている時だった。


「・・・誰だ!」


 途端に奴の足が止まった。

 奴は俺を見ておらず、全く別の方向を見ていた。


 釣られて俺もその方向に視線を向けた。


「・・・あのバカ!」


 そこにはここに居てはいけないはずの女が俺達を見ていた。

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