第10話 逃げた先は異世界でした

 クレイに手を捕まれた。


 どうする?どうすればいい!?

 彼は何をする!?私は何をされる!?

 逃げる?戦う?

 いや、そんなの無理だし、力が入らなくて・・・


「ほら、握ってやるからさっさと寝ろ」


「・・・え?」


「暗いのが怖いんだろ。昨日の寝不足もそれが原因だったんじゃないのか?」


 私が混乱していたのが馬鹿みたいにクレイはそう言った。


「・・・え、その・・・はい」


 クレイに嘘をつくと、警戒心を解いた。

 彼の心配した顔をみると、ふと冷静になったのだ。


 クレイは私に何も危害を加えない。


 そう思った。


 そして、私は彼の手を握りしめた。


「・・・あ」


 その手は私の手よりも大きかった。

 その手は私の手よりも暖かかった。

 不思議と、その手に触れただけで何故か落ち着いて、護られているような感じがした。


「暖かい」


 不思議と声が口から出てしまった。


「お前の手は冷たいな」


 クレイはそう言って、目を逸らした。


「・・・孤児院を運営している俺の知り合いがいてな、そいつの話だと世話する人間が人手不足らしい。

 もし、お前がいいなら、明日からそこに住み込みで働いてみるか?」


「・・・え?」


 突然クレイがそんな事を言いだした。


「騎士がここにいるってバレたし、不安になっているのは知っている。

 なにより、お前は俺の事が嫌いだろ?」


「ち、違う、そんなことは・・・」


「あの態度を見れば馬鹿でも分かる。

 お前の様な眼で、俺を見る人間を嫌というほど知っているしな」


 ・・・違う。嫌ってなんかない。


 確かに最初は嫌味な奴だと思ったけど、

 確かに今は怖くて、恐ろしくて、目も合わせられないけど、

 クレイを嫌いだと思ってなんかない。


 でも、それを口に出せない。


「・・・ごめんなさい」


「謝らなくていい。むしろ、俺の配慮不足だった。

 昨日だって、冷静になって、口で分からせればよかっただけなのに、あの女の暴論でイライラして、あんな馬鹿な事をしたんだ」


 それは違う。

 馬鹿な事をしていたのは私だ。


 クレイは彼女から私を救ったのだ。


 いや、思い返せば、あの時だけではない。


 お城から逃げ出したときも、クレイが家に匿ったから見つからなかった。

 行き先も生きる術も持たない私にこの店の従業員という仕事と住み家をくれた。

 私が強くいられるための希望を約束してくれた。


 出会ってからずっと助けてもらってたんだ。


 でも、私はそれに気づかなかった。

 勝手なことを言って彼を困らせ、

 勝手に勘違いして彼を怖がった。


 それに気づけなかった私に対して、クレイは何も咎めず、私を尊重してくれた。

 暴力にしか目にいかなかった私が嫌になる。


 クレイが間違っているなんて、私が言えるわけがない。


 彼は最後まで私を守っていたのだから。


「・・・あの女騎士が言ったことが全て間違いではないと思う」


「は?」


 クレイは驚いた顔をしていた。


 ・・・確かに今の発言じゃ助けたクレイが間違っているように聞こえる。


「い、いや、クレイを否定しているわけじゃ・・・」


「いや、お前の甘ったるい考えに呆れただけだが・・・まあ、言いたいことは分からないでもない」


 ・・・こんなに優しくしてくれているのに、未だに恐怖が拭いきれない。

 ロギアから、常連客から、クレイの話をたくさん聞いても不安が拭えることはなかった。


 そもそも、私は信じていないんだ。

 この世界の事を未だに受け入れることが出来ない。

 現実だと認識できない人間がただの言葉だけで信じられるわけがない。


 私はクレイの事を知ることが出来ない。

 ここまで誠意を見せているのに、信じることが出来ない。


 だから、私がとれる手段はもうたった一つだけだった。


 怒られるかも知れない。

 軽蔑されるかもしれない。

 もしかしたら、殺されるかも知れない。


 でも、不思議と躊躇う気持ちは無かった。


「・・・クレイ、私の話を聞いてくれる?」


 私はクレイの目をみて話しかけた。


「何だ?もっと暖めてほしいのか?」


「そうじゃなくて、私の事を知ってほしい」


 そう、私がクレイの事を知ることが出来ないのであれば、私の事をクレイに知ってもらうしかない。


 これは策というより・・・謝罪だ。


「・・・私はこの世界に来たのは自分の罰だと思っている」


 その言葉にクレイは不思議がった。


「どういう意味だ?」


「・・・私は元の世界を捨てたの」


 その言葉にクレイの顔は険しくなった。


「・・・自殺したのか?」


 どうやら、クレイはある程度察していたらしい。


「・・・当たり」


 私は頷いて、元の世界での私を語った。


 正直に白状した。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 私は特段、才能というものがなかった。

 誰にでもできるようなものは出来るし、

 誰にもできないようなことは出来ない。

 それが私だ。


 ただ、他の人間と少し違うのだとしたら、それは頼まれたら断れない事なのだろう。


 学校の先生から委員長に推薦されたら、その職務を全うした。

 友達からノートを写してと頼まれたら、それを快く了承した。

 調理部の先輩から部長を引き継がれたら、部員の管理や指示に励んだ。

 バイト先の後輩からシフトを変わってほしいと頼まれたら、休みを返上して働いた。

 両親から良いところの大学に入るように言われたら、それに合格するために遅くまで勉強した。


 最初はそういうのが嫌なわけではなかった。

 むしろ、頼られることは嬉しかったし、感謝されるときは達成感があったから受け入れていた。


 だけど、そんな生活で楽しいと思ったことはあまり多くなかった。幸福や達成感に浸れるのは一時だけで、直ぐに何もなくなってしまう。

 むしろ、責任感によるストレスで苦痛に感じることが多かった。


 先程言った通り、私自身は平凡な才能で何でも器用にこなせる器ではない。


 だが、断ることが出来ずに色々な役割を引き受けたことで、積もりに積もった責務は段々と大きくなっていった。


 それをこなす為に自身の骨身を削った生活し、実績を積み上げ、期待されて委ねられ、また責務が大きくなっていく。


 期待が大きくなるごとに、不安が大きくなった。

 不器用な自分が出来ることなど限られていて、努力するにも時間が足りないからだ。


 だから自分のための時間を削った。


 眠る時間を削り、友達と会話する時間を削り、流行のトレンドをネットで調べる時間を削り、部活で楽しむための時間を削り、バイトで貯めたお金を使う時間を削り、好きだったケーキ屋さんに行く時間を削り、家族と団らんする時間を削り、

 削りに削って、余計なことを考えないで、そんな生活を続けていた。


 気がつけば、いつの間にか時間は過ぎて、学校生活も残りわずかになっていた。


 今までの生活も今まで何をしていたのかも思い出せない。

 記録として残っていても、記憶として覚えておらず、楽しい思い出も嬉しかった出来事も何もない。


 そんな時にある出来事がおきた。


「好きです。付き合ってください」


 一人の男性が私に告白してきた。


 いつもなら、誰であろうと、何であろうと受けていたかもしれない。

 でも、この時の私の精神はおかしかった。


「そんなくだらない事の為に私の時間を奪わないで!」


 私はこれ以上、面倒事は嫌だった。

 だから初めて私から断った。


「馬鹿じゃないの?こんな時期に人様の事情を考えないわけ?

 こんな無駄なことをするくらいなら、社会のや目に貢献しなさいよ!」


 私はこれまでの怒りをぶつける様に彼を告白を振って傷つけた。

 相手の事は知らなかったが、これ以上何かを請け負う事が嫌だったし、自分の事しか考えていない相手に腹が立ったのだ。


 ・・・でも、これが間違いだったことに気付けなかった。


 学校でいじめを受けるようになった。

 高校卒業まであと僅かというところで、机には白い花が添えられた花瓶が置いてあり、落書きがたくさん書かれていた。


「あんたがやったこと、理解してる?

 この人殺し」


 告白した男はあの日から二日後に亡くなった。マンションの屋上から死んだとの事らしい。


 他殺なのか自殺なのか?

 状況も動機も分からなかったが、クラスの人間は私を恨んだ。


 彼はクラスの人気者で女子からも人気があったと後程知った。


「ねえ、何であんたが学校に来るのよ?彼を傷つけて、彼を死へ追い込んで何でそんなに平気なの?」


 校舎裏に呼び出されては集団で暴力や恐喝をされた。


 ・・・何で謝らないといけないのか分からなかった。


 私はきちんと彼の葬式に出て、彼の死を弔った。それでおしまいのはずだった。


 そんなことよりも、こうした無駄な時間を費やされる事で頭に来ていた。


 ただ、一度、お願いを断っただけで、この仕打ちを受けるのが頭に来たのだ。


 何度も呼び出されて我慢できなかった私は暴れた。

 運動も武道も切り捨てたので、あっさりやられたが、学校側に騒動が伝わって、問題になった。


「お前に期待した私が馬鹿だった」


 教師はそんな事を言った。

 両親も悲しい目で私を見ていた。


 ・・・何でそうなったのかあとになって気づいた。


 私は他人のために自分を削った。

 だから、自分には何もなかったのだ。


 他者を思いやる心を

 クラスメイトからの親愛を

 教師からの信頼を

 親からの愛情を


 全てが削って無くしたものだった。


 下らない結果だけを手に入れて、本当に欲しかった物は何もなかった。


 私は何も手にしていなかったのだ。


 バイト先は噂のせいでクビになり、多くの人たちから信頼を失い、親にすら見捨てられ、私に居場所がなくなった。

 学校でのいじめはより陰湿になり、誰も傍によることは無かった。


 学校でも、家でも、誰も、助けてはくれなかった。


 いや、助けてもらうことが出来なかった。


 だって、今まで助けを求めたことが一度もなかった。


 私はどうすることもできなかった。


 ・・・どうすればいいのか、分からなかったんだ。



 だから、最も馬鹿な事をした。


 今まで溜め込んだ責任から、気づかない内に背負った罪から逃げ出すために自殺を図った。


 苦しみから解放されるために人生から逃げたのだ。



 気がつけば、私はお城のなかにいた。


 逃げた先は地獄のような世界だった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 私はクレイに話をすると心が楽になっていくのを感じた。


「軽蔑した?私があんたの嫌いな無責任女で・・・」


「・・・」


 クレイは何も言わなかった。


 怒った顔も、同情するような顔もせず、ただ真剣に私の話を聞いていた。


「多分、ここに来たのは勝手に死んだ罰なんだと思う。

 やるべき事から逃げて、逃げた先がここだった。

 多分神様がいて、神様がここに呼んだとしたのなら、そう言う事なんだよ」


 もし、あの告白で私が告白を受け入れたら、こんなことにはならなかっただろう。


 私のあの人生が間違っていたとしても、私が生きる道はもう他になかったのだから。


 私に何もないのだから、私は受け入れるしか出来ないのだから、


「・・・だから、今度は逃げちゃ駄目だったんだ。逃げずに責務を果たすべきだったんだ。

 それなのに、私が色々巻き込んでしまって・・・本当にごめん」


 嘘つきで、最低なのは私の方だった。


 自分の事を棚に上げて、ただ逃げる為のいいわけでこの世界の事を否定した。


 自分にはそんなことを言う資格も、力も何もないのにだ。


 クレイには何度謝ったって許してくれないだろう。


 ここに私を置いておく必要もなくなるだろう。


 だからせめて、感謝の言葉だけは伝えよう。


 嘘つきで臆病な私をここまで守ってくれた彼にお礼を言って・・・終わりにしよう。


「クレイ、私は・・・」


 私がクレイに伝えようとしたときだった。



 何かがぶつかるような大きな音がした。

 地面が揺れ大きな衝撃が空気を響かせた。



「・・・な、何?」


 突然の物音に私が驚いていると、クレイは直ぐに立ち上がった。


「ケルクに何者かが襲撃したのか?」


「師匠!」


 ロギアが廊下から大きな声で叫ぶ。


「ロギア、どうした!」


「お店が粉々デス!

 他の店も同じような被害デス!」


 その言葉を聞いて、クレイは悟った顔をすると顔に手を当てて浮かない表情をしていた。


「・・・奴らがもう来たのか!いくら何でも早すぎるだろ!」


「・・・何よ、次は何なのよ!」


 何が起きたのかわからないが、不味いことが起きたのは伝わってくる。


「サキはここに隠れてろ!ここなら、大丈夫だ!」


「いいから教えて!何が起こっているの!」


 私が尋ねると、クレイは言いにくそうに口を開いた。


「・・・魔族だ。勇者を殺しにここにやって来たんだ」


「・・・まぞく・・・勇者って・・・私?」


 殺しに来た?


 私が・・・勇者だから?


 回りを巻き込んでこの街に?


「いいからここに居ろ!外は俺達で何とかするから、絶対にここから出るな!

 家の外に出たら、命が保証できない!」


 そう言って、クレイとロギアは慌てて外へと向かった。


「ここを・・・ここを出なきゃいい。

 そうよ・・・そうすれば、無事に・・・」


 ・・・生きてどうする?


「・・・私は・・・何のために生きているの?」


 空っぽの私が生きる理由ってなに?

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