第9話 私は別にその気はなかった
朝の営業では昨日よりスムーズに行った。
いや、昨日よりスムーズであり、商品に関してはまだ何も知らず、尋ねられても答える事は出来なかったが、昨日よりは余裕が持てた。
理由は相手に怯えなかったからだろう。
もちろん、屈強な男たち相手に一人というのは物凄く危ない事なのだろうが、不幸中の幸いとでも言えばいいのだろうか?
昨日のクレイを見れば、彼らの姿など草食系男子にも等しい。
無論、私が強くなったわけではないので、襲われれば本来は危ない状況であるのは変わりないが、きっとマヒしているのであろう。
結果、昨日よりも順調な速度で私は仕事が出来ていた。
そんな時、一人のお客が現れた。
それは昨日、最初にやってきたお客で、私と同じ年齢くらいの男性だ。
栗色の天然パーマとオシャレに気遣っている服装に腰に携えてある少し長いナイフが特徴的なだ。
飄々とした態度で、隙だらけに見えるけど、芯があって隙のない所がクレイに似ている。
「昨日に引き続き、繁盛しているようだね」
男はにっこりと笑うと、いくつかの商品を会計まで持ってきた。
「ど、どうも・・・」
客が来たのはこの人が買いに来た少し後だが、もしかしてその後も店の様子を伺っていたのだろうか?
「クレイの兄貴はいる?」
「いえ、クレイ・・・さんは今日も外に出ています。お昼になれば帰ってくるかと思いますが・・・」
「ああ、いいよ。いたら挨拶しようと思っただけだから」
男はそう言って、会計を終えると店を出ず、私の近くで眺めていた。
クレイの事を知っているという事は、彼が昨日言っていた常連客なのだろう。
私は失礼のないような態度で接客する。
クレイと認識があるようだし、口伝で悪口を言われてはたまらない。
「・・・しかし、その様子だと、クレイの兄貴に怒られたのかな?」
突然、そんなことを言ってきた。
「い、いえ、そんなことは・・・」
「昨日と様子が違うから分かるよ。
大方、クレイの兄貴が何かに激怒して、それを偶然目撃しちゃったんでしょ?」
・・・昨日の夜、あの場にいたのだろうか?
なぜそんなピンポイントに当てられる?
「サキちゃんだっけ?安心していいよ。
クレイの兄貴は怒ったらヤバいけど、滅多なことでは本気で怒ったりしないから」
男の人は励ましているのだろうか?
だが、ちょうどいい。ちょうど会計が空いたから時間が出来た。
「・・・あの、聞いてもいいですか?」
「お、サキちゃんの質問にならなんにでも答えるよ」
・・・ちゃん付けが少しイラッとするが、我慢して尋ねる。
「クレイはどういう事を嫌っているんですか?」
この人もクレイの事を知っている様子だ。
なら、ロギアだけでなくこの人から話を聞くのも悪くない。
第三者の視点というのも必要だ。
「ああ・・・、何をしたら怒られるのかって事?
そんなに怯えるほどあの人は厳しくないよ」
・・・私の顔はそんなにわかりやすいのだろうか?
「まあ、俺も付き合いが長いって言う訳じゃないんだけど、あの人が嫌いな事ね・・・知っているのは他者に責任を擦り付ける事かな?」
「責任・・・ですか?」
「別にあの人が善悪を決めつけたり、これをしなければいけないとか、そう言うのを押し付けたりするわけじゃない。
ただ、自分の事は棚に上げて、全てを他人のせいにするような人間には容赦がない」
「・・・そうですか」
昨日の事を思い出す。
クレイはイリアという騎士の事を怒っていた。
たしかに、彼女のセリフは一方的なものだったし、私の意見を関係ないと一蹴していた。
だから、クレイがイリアに対して怒っていたのも納得はできる。
「あと、一度敵だと認識したら容赦がない。
それなりの誠意を持って謝罪しない限り、簡単に許したりしない。
殺人鬼を捕まえたことがあって、そいつを地獄に落とす前に・・・これ以上は言わない方が良いか」
・・・いやいや、中途半端な説明ほど怖いものが無い。
どうなったのか最後まで言ってほしいとも思えるし、どんな悲惨な結末だったか言ってほしくないとも思ってしまう。
はっきり言ってしまえば、最初からそんな事を口にして欲しくなかった。
「後は人並だよ。
怒られるようなことをすればそれなりに怒って、許せるような事であれば簡単に許す。
誠意を見せれば頼れる人だし、敵意を見せれば最悪の敵になる。
・・・参考になったかい?」
「はい・・・わざわざ、ありがとうございます」
結局大きな収穫は得られなかった。
やってはいけない事は分かったけど、どうすればいいのかは結局わからない。
「いいよ、いいよ、兄貴が雇っているという事は訳ありでしょ?
あの人、怒れば怖いけど、悪い人じゃないから」
そう言って、その男の人は店の外へと出て行った。
自分の事は棚にあげて、全ての責任を他人のせいにする。
・・・だとしたら、クレイは私のしたことを許さないのかもしれない。
だって、もしかしたら・・・私がこの世界に来たのは自業自得かもしれないのだから。
「・・・どうだった?」
「うわっ!」
いつの間にかクレイが帰ってきており、私は情けない声を出してしまった。
「売り上げはどうだったと聞いているんだが?」
「え、えっと、おおよそ金貨四五枚です」
「そうか、昨日に引き続きこんなに売れるとは・・・疲れてないか?」
私が慌てて帳簿で確認をとると、クレイは私を気遣う様子を見せる。
「いえ、大丈夫です」
クレイが心配かけるが、私はやせ我慢した。出来れば、あまり悪い印象を見せたくない。
私が彼を好もうが、嫌おうが、コイツに頼って生きていくしかないのだから。
だから、弱味を見せちゃ不味いし、出来ない人間だと思われたくない。
「じゃあ、昼食を食べて、休憩をとったら俺の部屋に来い」
と言って、クレイは自分の部屋に入っていった。
「・・・え?」
突然のお誘いに私は困惑した。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
午後はロギアに店番を任せて私はクレイの部屋の前で立ち止まっていた。
・・・何をするつもりなのだろうか?
説教かな?
仕事でなんか悪いことでもしたのか?
それとも、昨日の事でなにか怒っているのか?
いや、それならまだいい。多少、辛い思いをするくらいならまだ、我慢できる。
でも、そうじゃなかったら?
・・・まさか、部屋には言った瞬間に襲われたりするんじゃないだろうか?
無理無理無理無理!
無視しようかな?
でも、あとが怖いし・・・
「いいから、入れ」
・・・どうやら、私が扉の前にいることはお見通しのようだった。
もう逃げ場はない。
ええい、ままよ!
そう思って、私が部屋の中に入る。
「・・・うわ!」
思わず口に出してしまった。
私の目の前に写っている光景は椅子に座って待っているクレイと、異次元空間に迷い混んだんじゃないかと思えるほどに汚い部屋だった。
衣服や本が床に散らばり、ベッドには用途のわからない道具が一杯で、机の上や壁には落書きがいっぱい書かれている。
・・・ひどい。こんな場所で生活できるなんて到底思えない。
「これを持っていろ」
クレイは私に一本の杖を投げ渡し、私はそれを受け取った。杖の大きさは指揮棒位だがそれよりは倍ぐらい重く、杖の先端には綺麗な石が装飾されていた。
「・・・これは?」
「護身用のギアだ。お前にも使えるように特注で作った」
ギアというと、魔力を流すと光ったり燃えたりするアレか。
「護身用って、魔力を流すとどうなるの・・・ですか?」
「電撃が流れて、相手の動きが封じられる。
試しにやってみろ」
・・・やってみろって、どうやって使えばいいのか分かんないんだが?
算盤とか、マッチとか、元いた世界で実在するものならまだしも、魔力なんて扱えるのは思春期の男の子位じゃないだろうか?
「・・・感情をギアに込めろ」
「え?」
「感情も魔力の一部だ。魔力をいきなり操れというのは無理だろうから、まずは感情を操れ」
「感情を?」
そもそも感情を制御するって、どうすればいいのかって話になる。
「これまであった喜びや怒り、悲しい事や楽しい事を思い出して、その杖に込めてみろ」
・・・簡単に言ってくれる。
今までの私の生活は穏やかなものだった。
平穏であり、特に何もない生活であり、その中に思い出らしい思い出はない。
試しにやってみたが・・・
「・・・出来ない」
「・・・はあ」
クレイが溜め息をはいて悩んでいる。
まずい、どうにか魔力を流さないと・・・
「・・・気になったことがあるがいいか?」
「は、はい」
「・・・お前って泣いたことあるか?」
ただいま、怖くて泣きそうです!
・・・って言えば、やっぱり不味い。
クレイの言う涙というのは感嘆の涙だろうが、生憎と私は涙もろくない。
むしろ、人前で絶対に涙を見せることなんて無かった。
「いえ、ありません」
そう言うと、クレイは頭を抱える。
あぁ、嘘でもはいと答えた方が良かったのだろうか?
そんなことを考えると突如、クレイが右手を私に向けて伸ばしてきた。
「ひっ!」
私は怖くて、ついクレイに杖を向けた。
「!」
それは突然の事だった。
私の前方に雷が放電されて、それがクレイの腕に直撃した。
「・・・発動したな」
「あ、いや、これは、ちがくて・・・」
感情が魔力になるのであれば恐怖でも魔力の源になる。
「気にするな」
それを言われて気にしない人間がいるならば、どんなに羨ましいことか。
絶対に悪い印象を与えてしまった。
「・・・それより、初めて魔法を使ったわけだが、感想はどうだ?」
クレイが突然そんな事を聞き出した。
「どうって・・・」
もし、これがこんな状況じゃなければ楽しかっただろう。
こんな状況ではなければ、嬉しかっただろう。
でも、今は全然そんな気分にはなれない。
・・・心が潰れそうだ。
「・・・そうか」
私の表情をみてなにかを察したのか、クレイは複雑そうな顔をしてそれだけ言うと、自分の部屋から出ていった。
「・・・怒ってよ」
何も言わなかったクレイが気持ち悪くて、つい口にした。
クレイが何を考えているのかが分からない。
何を聞いても、この不安は取り除けない。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
夜になると、私は自分の部屋で苦しんでいた。
体が思い通りに動かない程に疲れている。
頭が上手く働かない程にごちゃごちゃしている。
でも意識ははっきりしていて、今夜も私は眠れそうにない。
何度この夜を過ごさないといけないのか?
一週間?
一ヶ月?
一年?
三日で限界が来ているのに、耐えられるわけがない。
苦しくて、辛くて、怖くて、痛くて、
そんな日々が何かの罰のように思えてくる。
「・・・そっか、多分そうなんだ」
こんな自分がこんなに苦しんでいるのはきっとそうに違いない。
アレは悪いことだから、こうして罰が裁かれたんだ。
「大丈夫か?」
気が付くと、いつの間にか私の傍にクレイがいた。
「ひ・・・!」
驚いて、瞬時に起き上がる。
「そんなに警戒する必要は無い。今朝の様子を思い出しただけだ」
「・・・何でしょうか?」
恐る恐る尋ねて、警戒体制をとる。
「・・・怖いんだろ?」
「!」
そう言って、クレイは私の手を握りだした。
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