第6話 最近の騎士はイカれている
(クレイ視点)
全く嫌になる。
彼女を匿っただけで、国の奴らがここに向かうとは思わなかった。
今までは何の接触もなかったが、それだけ彼女が大事な存在だと思っているのか?
ドンドンと叩きまくるドアが壊れないうちに、俺は玄関のカギを開けて、扉を開いた。
「お仕事ご苦労様で・・・」
俺が労いの言葉をかけながら扉を開けた瞬間、拳が見えた。
顔に目掛けていたので首だけで躱し、突き出した手を握った。
「この手は何だ?」
目の前には図々しくも不意打ちを決めようとした男が俺を睨んでいた。
男は白銀の鎧を着ており、掌の装甲も金属でできているため、普通の人間なら思いっきり殴られれば、最悪死ぬこともあるだろう。
「レオン、手を引け」
「しかし、小隊長!こいつは必ず何かを知っています!」
図々しい男の後ろには同じ格好をした六人が警戒態勢で待ち構えている。
非常に穏やかな空気ではない。世間話をするつもりではないらしい。
・・・しかし、隊長と呼ばれる男の顔は知っている。というより、知り合いである。
「久しぶりだな。リーン、もう小隊長になったのか?」
周囲の人間よりも装飾が目立つリーンがこの集団の頭だ。
「今日は君に話があって、ここに来たんだ。
今の僕は王国騎士団の小隊長として来ている。
黒髪の少女についてなんだが、何か知っていないか?」
明るい空気を出そうとしたが、そんな気遣いを無視してリーンは率直に聞き出そうとする。
どうやら、出世街道へと進んでいるようだが、性格は昔と変わっていないらしい。
・・・相変わらず国なんかの為に必死に動いているようだ。
「何とか答えたらどうだ?それとも、俺達が何者か分からぬ身の程知らずか?」
目の前の男が偉そうにする理由は知らないが、その格好を見て知らないわけがあるまい。
王国騎士団
国の一般兵士とは違い、王立騎士学校を卒業した者だけが入団できるエリート兵団だ。
主に貴族や裕福な家庭の人間が入団して構成されているが、実力は一般兵よりも優れている。
「なにかって・・・その女が勇者で、そいつが逃げ出したことについて?」
それにしても、よりにもよって面倒くさい人物に出会ってしまった。
他の奴らはともかく、リーン相手には誤魔化す事が難しい。
いや、こいつだからこそ、俺の所に来たのだろうが・・・人間関係とは面倒だな。
「・・・クレイ、知っているんだな?」
「当然だろ。
リーン、俺を誰だと思っている?」
俺がそう言って、目の前にいる騎士の手を離して突き飛ばすと、そいつは怒りを
「小隊長、すぐにここを取り調べましょう!
奴を拘束して牢屋に突き出し、手がかりを探して勇者を捕らえる事が出来れば・・・」
「余計なことを口にするな!下がれ!」
後ろにいたリーンが大声で制止し、レオンという男を下がらせると、俺の目の前に来た。
「陣士クレイ、あなたに聞きたいことがある」
奴がそう言う風に俺の名を口にするという事は、仕事として騎士の立場でいるという事だ。
私情を捨てている相手に悪ふざけは出来ないな。
「何でしょうか、セルバート王国騎士団小隊長、リーン・ハイヴァレー殿?
家の中に入られますか?」
畏まった振舞いを見せながらも余裕の表情にリーン以外の騎士はイライラしている。
どうやら、結界の効果に気付いていないらしい。それとも素でああなのか?
「君は勇者が何処にいるか知っているのか?」
リーンはそれらを無視して、単刀直入に聞いてきた。相変わらず交渉に向かない性格の様だ。
騎士相手には嘘が通じない。『看破』のスキルを持つ人間がいるからだ。
天の恩恵を受けた人間相手に余計な真似は出来ない。
しかも、初対面の人間相手なら誤魔化すことは出来るが、こいつは俺の事をよく知っている。無理に誤魔化すのは悪手だ。
「・・・知っているよ。ケルクで働かせている」
俺は正直に答えた。周囲の騎士は驚いているが、目の前の小隊長に驚く様子はない。
そして、嘘ではない。この家の中は王都だが、お店はケルクだ。働いているのはケルクで間違いない。
まあ、こいつは俺の家と店の秘密を知っているがな。
「・・・う、嘘は言っておりません」
いつの間にか後ろにいた女性の騎士が、信じられない顔をしながらそう答えた。
確かに、ここからケルクまで向かうには普通の手段だと余裕で一週間、急いだとしても三日はかかる。
彼女を匿ったのは二日間、しかも、匿った人間が王都にいるんだ。
おかしいと思うのは当然だろう。
「ならば、王城まで彼女を連れてきてほしい」
リーンは周りの人間に家についての説明をせず、そのまま俺に明け渡しを要求してきた。
どういうつもりか知らないが、それに対しての答えは明確だ。
「それは出来ない。彼女が望んでいないことだ」
「貴様・・・騎士団のいう事が聞けないのか!」
俺が断ると、レオンという先程の横暴な騎士が割って入って来た。
「止めろ!レオン!」
「なぜです!陣士如きが隊長の要望を断ったのですよ!
これは断罪に値するものです!」
こいつ、忍耐が弱すぎるだろ。
・・・本当に騎士だろうか?
「リーン小隊長殿は部下にモテモテだね。
でもさ、そんな人間が部下だと大変なんじゃない?
色々やらかして失敗するタイプだぞ?」
試しに軽い挑発をしてみると、すると、尋常ではないほどの怒りをこちらに見せる。
「貴様、いい加減に・・・」
そう言って、レオンという騎士は剣を抜いた。
「止めろと言っている!」
しかし、男はリーンの忠告を聞かず、俺に向かってくる。
・・・自陣にいる陣士相手に突っ込むなんて馬鹿じゃないだろうか?
俺は呆れて足踏みをすると、ソイツの動きが止まった。
「・・・あ・・・な・・・!」
騎士の男は急に動きを止めると、そのまま俺の目の前で倒れた。
俺はその男の頭を踏みつけた。
頭がつぶれない程度に手加減をしながら力を入れると、微かな力で男が痛みで叫んでいるのが分かる。
「・・・君の仕業かい?」
リーンが俺を睨んでいるが心外だ。
「陣士の領域に無暗に入るからだろ?
元は不法侵入者用の小さなトラップだ。俺に処罰が下すのかい?」
手を先に出してきたのは向こうからだ。それを殺さず、壊さず、無力化だけに留めておいているんだ。
感謝の言葉があっても、文句を言われる筋は無い。
「解いてくれ」
「敵意を持った王国騎士が後ろに何人もいるのにか?」
俺がそう言うと、リーンは観念したように溜息をついた。
「・・・分かった。僕と後ろにいるだけで話を聞こう。
他のものは帰ってもらう。
それでいいね?」
そう言って、後ろの人間に剣を納めるように手で合図する。
向こうは納得できていないようだが、何とか指示を聞く程度の理性はあったようだ。
相手はリーンと『看破』スキル持ちの女性騎士だけ。
・・・これならなんとかなるだろう。
それを確認した俺は踏みつけていた足をどかし、結界の一部を解除する。
「二人は入って他は帰ってくれ。
未だに近くにいるようならお前ら全員を敵とみなす」
「ここから先は僕とイリアで話をつける。
お前たちはレオンを治癒院に連れて撤退してくれ」
「しかし、リーン小隊長、勇者の手がかりがあるとなれば・・・」
「これは命令だ」
そう言って、残りの騎士はしぶしぶ倒れた騎士を担いでここから去っていった。
そして、リーンとその後ろにいたイリアという女性騎士が俺の家に入ると、俺はリビングへと連れて行った。
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「・・・隊長、これは何でしょうか?」
「イリア、これは飲むな。意識を失うから」
リビングに案内し、俺がお茶代わりに提供した特製ドリンクをリーンは拒み、口に入れさせないようにしている。
「毒でも入っているのですか!」
「毒より恐ろしいよ。僕のスキルが通用しない分、厄介極まりない」
リーンがそう言った事により、俺に向けて怪訝な目を向ける女騎士だった。
・・・いや、俺にそんな趣味は無いし、単純にムカつくので止めてほしい。
「・・・あいつも言っていたがそんなに不味いのか?」
世間一般で食べられない食材を使っているわけじゃないのだが・・・
「僕は昔から何度も言っているだろう。君はもう少し味にも興味を持った方が良い」
そんなことを言われてもどうしようもない。
興味を持てないものに興味を持つのはどう考えても時間の無駄だ。
「・・・じゃあ、これならいいだろう」
俺は思いついたように台所にあったスープを皿に移してテーブルに置いた。
「このスープは?」
「ロギアの夕食だ。毒が入っていると思うなら飲まなくていいぞ」
ロギアが泣くほどに喜んで飲んだのなら、不味いことは無いだろう。
お茶ですらないが、こいつら相手に飲料水を探すのは面倒だ。
俺がそう言うと、リーンはスプーンで一口飲んだ。
「小隊長!」
「安心していい。クレイは根暗だが、嘘をついたり、無暗に毒を持ったりする人間じゃない。
それに、毒が入っていたとしても、僕には効かない」
「『超健康体』というスキルは便利だな」
この世界にはスキルと言われる天から与えられた加護がある。
リーンの場合は『超健康体』と言われて、状態異常と言われる現象にかなりの耐性がある。
簡単に言えば、毒物に物凄く強いのだ。
隣のイリアという騎士も『看破』というスキルを持っており、嘘をついたら分かるようになっている。
「誰のせいでこんなスキルを身に着いたと思っている?」
「役に立っているからいいじゃねえか」
スキルは先天的なものと後天的なものがある。
先天的なものは生まれた時に与えられたスキル。
後天的なものは環境に摘要することによって生み出されたスキル。
そして、リーンの『超健康体』というスキルは後天的なモノだ。
「・・・リーン小隊長、この方とはお知り合いで?」
「そうか、君は今年に騎士団へ入団したのだったな。
彼は騎士学校時代の同期でね。前に宮殿魔術師に任命されたこともある陣士だ」
「宮殿魔術師!陣士が!」
イリアがリーンの言葉に驚きを隠せなかった。
「断ったから、実際になったわけじゃないだろ」
「本当に呆れたよ。せっかく君の能力が世間に認められたのに、断ってこんな場所にいるんだから」
宮殿魔術師とは国王に直属で仕える魔術師の事であり、魔術士の立場では国の最高権力になる。
それを魔術士でなく陣士が選ばれるのも驚きの理由だが、それを断ったことにイリアはもっと驚いていた。
「エリート小隊長はそんなくだらない世間話をしに来たのか?良いから本題を話せ」
できれば、誤魔化して帰ってもらいたいが、リーン相手には時間の無駄だ。
本題をさっさと進めて、余計な家内捜索をさせないようにしなければならない。
認識阻害の結界は理解している人間には効かないからな。
「・・・勇者をここに匿っているな」
・・・おいおい、何でいきなりバレた?
ケルクで働いていることは話したが、ここに匿わせているとは言っていないぞ。
「このスープは君が作ったものではない。明らかに誰かが作った人間のものだ。
しかも、君の事を理解している人間なら、こんなに美味しい料理を作るはずがない」
・・・うわ、そんなことで知られるとか最悪だ。
だから、こいつの事が苦手なんだよ。
「・・・勇者と呼ぶには彼女は明らかに力不足な存在じゃないのか?」
仕方なく、話を逸らす。
・・・誤魔化すのは駄目だった。
となれば、説得させるしかない。
「あんな無力な人間を連れ戻しても大したことは出来ないだろ。
魔王を倒せるような逸材だと思うのか?」
彼女の器と能力は既に把握している。とても勇者として魔王を倒せるとは思えない。
それはリーンも知っているのだろう。暗い顔をしていた。
「だが国は彼女の力を必要としている」
「まあ、確かに他に使い道はあるからな」
別に魔王を倒す事だけが勇者の仕事ではない。
世界の平和の為に様々な問題を解決することが勇者の責務であり、それの最優先項目が魔王討伐というだけだ。
加えて、勇者の存在自体に価値がある。勇者の血筋を国や貴族が放っておくわけがない。
「君も知っているだろう?
彼女をここに匿っていたままじゃ、どういう事になるのか・・・」
「分かっている。少なくとも国中の誰よりもな」
このままリーンが国に俺の家に匿っていると伝えれば、国は黙っていないだろう。
国だけではない。
ギルド連盟の重鎮も教会のお偉いさんも彼女の存在を知れば狙うだろう。
他の国だって勇者の存在を無視できないし、魔族だって勇者をそのままにするわけがない。
「だが、決めるのは彼女であり、お前たちじゃない」
彼女がどう動こうと彼女の自由なのだ。それを制御しようとするのがおかしい。
「リーン、お前は罪もない弱者に命令する権利があるのか?」
そう言うと、リーンは口を閉じた。
こいつが目指している騎士道を知っている。そして、その騎士道に反することをしないのがリーンだ。
リーンは弱きものを助けるために騎士になった。そいつが弱者を危機にさらす事を望まない。
「それは違う」
しかし、イリアという騎士の意見は違うようだった。
「イリアだっけ?何が違う?」
「彼女は勇者だ。この国の人々と同じ扱いを受けるわけにはいかない」
大した特待制度だ。彼女も今頃狭い部屋で泣いているだろう。
「勇者には天から様々な恩恵を与えられている。加えて、国から多大な援助も貰っている。
それは何故か分かるな?」
イリアは俺にそんなことを尋ねた。俺を舐めているのだろうか?
「・・・まさかと思うが魔王を倒すのが使命だからと言いたいのか?」
そう言うと彼女は首を縦に振る・・・って、マジかよ。
「国や貴族が民から税を取り立てるのは、民の暮らしを豊かにする責務があるからだ。
民を導き、安心した生活を送らせるために様々な方針を立てる。
それが王や貴族の責務だ。それは勇者も例外ではない。
勇者はその多大な能力をこの世界の為に使わなくてはならない。
断じて、個人の為に好き勝手に使っていいものではない!」
・・・何という暴論だ。こんなことを堂々と言える彼女をある意味尊敬する。
あと、俺に対して上から目線も凄いと思う。俺の方が年上よ?
「仮に彼女に勇者としての力がなくてもか?」
「だとしても多大な代償を払って国から呼ばれた人間だ。役立ってもわねば、この国に何の益もない」
・・・すっげえ暴論をはいたぞ。
そんな考えをしているのが騎士とか、この国ってやっぱり末期だわ。
「・・・指摘したい点があるが、その前に一つだけ確認する。
仮にあいつが何らかの魔王を倒した後、お前たちは勇者を元の世界に戻せるのか?」
一応、国の方針というのも聞いておこう。
話次第では彼女に対して説得しないこともなくはなくなくない。
「勇者が魔王を倒せば、彼らと取引された約束は果たされるはずだ」
「何を言う?」
まるでこちらが可笑しいことを言っているように馬鹿にした態度で言った。
「勇者様の使命はこの世界の平和だ。
魔王を倒した後も使命は残っているし、そのために国は援助を続けるつもりだ」
つまり、帰す気は毛頭ないとのことだ。
魔王が討伐されれば帰れるというのであれば、国をわずかばかり信じても良かったが、どうやら無駄だったみたいだ。
・・・実にふざけてる。
リーンは彼女の意見に肯定しているわけじゃないが、立場上否定できないのだろう。
つまり今のままでは敵だ。
穏便に済ませたかったが、少し強引な手を使って・・・
「ふざけないで!」
・・・そんな事を考えていると、彼女が匿っていた部屋から飛び出してきた。
「・・・勇者様!そんなところに!」
・・・余計なことをしやがって。
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