第7話 勇者なんて知るか!

 リビングに騎士が来て、クレイと騎士の話を盗み聞きしていた。


 実に腹立たしい話だった。怒りでどうにかなりそうだった。

 ここに来てから、私の頭は頭痛に悩まされている。


「・・・ロギア、どうしてお前をサキの傍に置いたか分かるか?」


「ご、ごめんなさいデス!」


 クレイはロギアを睨み付ける。


 しかし、そんなことは関係ない。

 私が用のある人間はそこにいる銀色の鎧を纏ったイリアという女だ。


「さっきから聞いていれば、好き勝手言って、私に恩恵がある?

 何ふざけたことを言っているのよ?どう見ても私はただの一般人じゃない!」


「・・・勇者サキ様ですね。私は王国騎士団、リーン小隊記録役、イリア・ティンベルと申します。

 この度はあなた様の保護の為に参りました」


 イリアは突然登場したことに驚きはしたものの、直ぐに冷静になると毅然とした態度で私の傍へと寄って来た。


「・・・クレイ、ここなら国には見つからないんじゃなかったの?」


「俺も予想外だった。こいつがこんなことに参加しているとは思わなかったからな」


 そう言って、クレイは気まずそうにしながら立場の大きそうな男の方を見た。

 知り合いなのだろうが、そんなのを言い訳にしてもらいたくない。

 どのみち、ここに勇者がいるとバレた以上、隠れても無意味だった。


「では、サキ様、城へ帰りましょう」


「嫌よ!あんな場所にいるくらいなら、ここにいる方がマシよ!」


 だから、私はハッキリと拒絶する。

 イリアの表情にはイラつきが見えた。


「ですが、貴方は勇者なのです。このような場所で油を売っていいところではない」


「勇者なんて、なりたくてなった覚えはないわ!」


 城にいる元の世界の連中が受け入れたとしても、私がそうだとは限らない。

 向こうが勝手にやったことを私が譲歩する必要は無い。


「勇者とか魔王とか、オタクでもない女子が分かるわけないじゃん!

 勝手に勇者って呼ばれて、やりたくもない事を強制される私の気持ちがあんたらには分からないの!?

 あんたらがやったのは誘拐!犯罪なの!つまりは人間のクズなの!

 あんた達が何をするつもりか分かんないけど、私を巻き込まないでよ!」


 私が怒りを抑えることが出来ず、自分でも何言っているのか分からなかったが、とにかく拒絶した。


 ここには誰にも頼れるものがいない。

 頼れるのは自分だけだ。

 そして、そんな自分が出来る事なんてもう怒る事しかない。


 私の気持ちをはっきり伝えるしかない。


「国には関係のない事です」





 ・・・相手はそんな私の言葉を無視して、私の腕を掴んでいた。


「貴方のそれは言い訳にはなりません。

 貴族に生まれた子供が貴族としての責務を負わなきゃいけないように、勇者として召喚されたのであれば、勇者としての責務を果たさなければなりません」


 ・・・私は馬鹿なことをした事にようやく気付いた。


 相手はそもそも私を人間扱いしていないのだ。

 だから逃げたのに、それを忘れて相手に対して怒って説明するなんて愚かの極みだ。


 先ほどまでの怒りが急に消えて、冷静になり、周囲を見渡す。


 誰も彼女を止める気配がない。

 アイツはブツブツと呟くだけで指先一つも動かない。

 ・・・やはり助ける気はないのだ。


「さあ、帰りましょう」


「・・・放して」


 手を振り払おうにもイリアの力は女性とは思えないほどに強く、ビクともしなかった。


「それは出来ません。あなたには責務がある。

 それを実行してもらう必要が・・・」


「放して!帰して!」


 向こうの言い分など聞きたくなかった。私の話を聞かない奴等の言葉など受け入れたくない。

 そんな言葉で納得できない。私が間違っているわけがない。

 でも、拒絶しないといけないのに、体が上手く動かない。

 先ほどまで怒りで体が熱かったのに、今では凍えるほどに寒い。

 恐怖で身体が動かない。地面から足が動かない。


「い、嫌だ!助けて!た、助けてよ!」


 声もまともに出せず、必死になって逃げようと・・・


「・・・いい加減、現実を見ろ」


 そう言われて、私の頬に衝撃が走った。


 イリアにビンタされたのだ。


「・・・え」


 ・・・左頬に痛みが現れる。紅く腫れているのだろう。


「逃げてどうなる?勇者の責務を放り投げる貴様に居場所などない」


 そう言って、今度は右頬を打たれる。


 それが私に痛みの恐怖を与えてしまった。


 今までの人生で避けていたモノを受けて、私にはもう反撃する勇気がなかった。


「貴様のワガママでどれ程の人間が犠牲になるか分かっているのか?」


「・・・ご、ごめんなさい」


 イリアの恫喝が怖い。先ほどの勢いはなく、私は痛みに恐怖していた。

 悪くないはずなのに、私は謝ることしかできなかった。


「たとえ百歩譲って、私や隊長が見逃したとしても、貴様には平穏に生きる権利などないのだ。

 責務を放り投げて、生きる権利を得ることが出来るほど、この世界は甘くない。

 現実を見ろ。貴様がこの世界から逃げられると思うな」


 受け入れたくない言葉も、もう受け入れるしかできなかった。


 ・・・そっか。

 やっぱり、この世界でも一緒なんだ。


 今までの事が夢でいつか目を覚ますのではないのかと思った。

 でも、この痛みが現実だと、何度も何度も伝えている。


 権利を得るために働いて、税を納めて、そうして生きる権利が与えられる。

 それが社会というものだ。小学校の授業でも習った事じゃないか・・・


 現実を見ろ。逃げて何になる?

 逃げても元の世界に帰れるわけじゃない。


 自然と力が抜けていた。


 悪いのは逃げた私だ。他人から頼られて、それに答えられない私が悪い。

 責任を果たせない人間が生きているしかくなんて・・・


 そう思って諦めようと思ったときだった。





 クレイがソファから起き上がる。


 私たちのところへ歩み寄る。


 私の腕を掴んだイリアの手を放す。


「貴様、何を・・・」


 大きな衝撃音が家中に響いた。


「うぐぁ!!!」


 ものすごい勢いでイリアがリビングから奥の廊下まで吹き飛んだ。

 蹴りあげていたクレイの右足を見て、彼が彼女を蹴り飛ばしたことが後で理解した。


「な、何を・・・」


「いやさ、とんでもない責任逃れをしているようだからさ、あまりにそっちがおかしくて、つい」


 クレイは飄々とした態度でそう言っているが、目は笑っていなかった。

 リーンは顔を手で隠し、「やっぱりそうなってしまうか」と呟いている。


「・・・貴様、私の意見がおかしいというのか?」


 イリアは睨み付ける。しかし、それも一瞬だけだった。


「おかしいも何も、勇者に対しその無礼な態度は何だ?」


 別に大きな声で叫んだ訳じゃない。

 でも周囲が凍えるように寒く感じた。


 ・・・クレイが怖かった。


 怒りの視線は彼女の方だけに向けているのに、その余波だけで周囲にも威圧が伝わってくる。


「いいか?

 確かに王や貴族には責務があるんだろう。

 一万歩譲って、その言い分が正しいとするならだ。

 だが、勇者に対しては話が違うだろうが」


「な、何が違うと言うのだ?」


 クレイがイリアの前に立ち、殺気を放っている。

 イリアは体が震えていても、強気な態度で歯向かっていた。騎士としての立場がそうせざるを得なかった。


「勇者は本来、この世界には必要ない」


 その言葉にイリアは衝撃を受けていた。


「な、なんと罰当たりなことを!

 勇者がいなければ誰が魔王を倒すというのだ!?」


「それだよ。そこが間違っているんだ。

 だって、そもそも魔王との戦いは俺達の世界の問題で、こいつには全く何も関係がない。

 責任で言うのであれば俺達だけで解決しなければならない。違うか?」


 クレイは大声で喋っていない。むしろ、イリアより声が小さい。

 しかし、彼の言葉の方がはっきりと聞こえてくる。


「・・・そ、それが出来ないから勇者が必要なのではないか!

 私達で魔王を倒す力がないから勇者に頼るのではないか!

 それの何がおかしい!」


 クレイはその言葉を聞くと拳を強く握り、そこから血が出ていた。

 殺意がより狂暴になり、鎧を着たイリアを軽々と持ち上げ、再びリビングの方に向けて投げた。

 家具が衝突して変形し、、それ以上にイリアの鎧が凹んでボロボロになっている。


「おかしいのは都合の良い頭をしている国の考え方だ!

 王がやっていることは、自分達の勝手な問題に他所の人間を攫って、それを解決するように恐喝する!

 それのどこに正しさがある!

 この世界の人間は全員が責任をとることが出来ないできない子供なのかよ!」


「・・・貴様、国を・・・我が王を侮辱したな!」


 よろよろになって立ち上がり、イリアは剣を抜く。


「貴様、王を侮辱して生きていられると思うな!」


 そう言って、イリアは何かを呟く。

 すると、剣が炎に包まれて、刃が赤く染まる。


 彼女の剣から熱気が漂う。これが魔法というものなのだろう。


 イリアがクレイに向けて突撃し、剣を突き出す。その速度は常人ではあり得ない位に速かった。


「ロギア、やれ」


 しかし、彼女がクレイの元にたどり着く前に、いつの間にかロギアが見えない速さでイリアを突き飛ばしていた。


 イリアが倒れているところを、ロギアが押さえつけて拘束する。


「・・・ひ、卑怯な!」


「本気でお前を壊せばそこの騎士も流石に黙っていないからな。

 良かったな、生きていてさ」


「ぜ、絶対に許さない!国を、王を侮辱する貴様を・・・」


「国を侮辱したのが許せないだ!?

 お前達こそサキを侮辱した!」


 その言葉で彼女は怯んでしまい、覇気がなくなっていた。


「お前がどう思っているのか知らないが、城に残っている人間と彼女を一緒にするな!

 彼女は何を高望みしたんだ!?お前たちに不利益なことをしたのか!?

 ただ、サキは元に戻せと言ったんだ!

 それすらも出来ないのになぜお前が偉そうに命令してんだ!」


 ・・・その言葉は私が言いたい言葉だった。

 怒りでまとまらず、恐怖で言え出せない言葉だ。


「・・・き、貴様こそ!ふざけている!

 貴様だってこの国の人間だ!

 その国が危機に瀕しているのに何をのんびりとこんな所にいる!

 世界が危機的状況なのに、なにをのんびりとここにいるんだ!」


「その為に赤の他人を犠牲にして、弱者を生贄にするって言うのか?

 そんな国に尽くす価値があるわけねえだろ!

 そんな世界を助けるくらいなら、こいつを守った方が数千倍マシだ!」


 ・・・何で、そんな言葉が言えるのだろう。


「他人を犠牲にしないと生きていけない国なんかどうでもいい!

 いいか!よく聞け!お前らが彼女に手を出してみろ!

 俺が魔王の代わりにこの国を滅ぼしてやる!

 どんな手段を使っても!どんな方法を使ってもだ!」


 ・・・ふざけてよ。


 何で私なんかを助けるのよ?


 ・・・何で私の代わりに怒っといるのよ?


 分からない。


 こいつが何者なのか本当にわからない。


「・・・そこまでだ」


 リーンという男が立ち上がって、クレイの肩を叩いた。


「そろそろ、手を放してくれ。

 君が面倒なことになってもいいのなら構わないが」


「・・・」


 クレイは彼の一言でイリアを掴んでいた手を放した。

 イリアは拘束から解かれぐったりとしている。


「イリア、勇者がここにいるのは分かった。

 今はそれで良しとしよう」


「・・・リ、リーン隊長」


 イリアは何を言っているのか理解できない顔をしていた。

 私も何を言っているか分からない。


「それと、ここに勇者がいることは他言無用とするように」


「!」


 イリアが驚きを隠せない様子でリーンを見る。

 そんな彼女を無視して、リーンはクレイに話しかける。


「この件についてだが、僕が団長に上手く報告しておく。

 監視がつくかもしれないが、少なくとも強制的に連れ戻すことはしないように頼むつもりだ」


「小隊長・・・何を・・・言っているんですか・・・」


 イリアは裏切られた表情をしているが交渉は止まらない。


「それじゃ駄目だ。監視をつけるという事は俺達の行動できる場所に制限が出来てしまう。

 それをするぐらいなら、儀式に使用した魔法陣を見せろ」


「・・・それは出来ない。僕や団長の権限じゃどうしようもないし、既に魔法陣は消えている」


「じゃあ、不干渉・・・と言いたいところだが、それだと互いに無駄が生じるだろう。

 一ヶ月に一度、お前に俺達の動向を報告する。お前も他の勇者の動向を報告しろ」


「・・・これが落としどころか。

 分かった。それで行こう。僕が知る限りの情報で良ければ構わない」


 ・・・先程の出来事がまるで何事もなかったかのように、スムーズに交渉は進んでいく。

 リビングと廊下はボロボロで、部屋の中は焦げ臭いニオイがしているにも関わらず、全く気にしていない。


「リーン小隊長!なぜこんな事を・・・」


「これが互いの最善策だからだ」


 交渉が終わりそうな段階で、リーンが彼女に対してそれだけを言った。


「納得できません!」


「理由は後で説明する。今はお前に納得させる意味は無い」


「しかし・・・」


 そう口にしてイリアが反論しようとすると、リーンは彼女に剣を向ける。


「貴様は勇者に対し、あるいは守るべき弱者に対しての愚行を行った。

 貴様がそれでも騎士だと名乗るのであれば今すぐ首を断て!

 それとも、私に裁かせるつもりか!」


「!」


 イリアはその言葉を聞いて我に返った表情をする。


 今さら悔いて、何の意味があるんだろう?


 そう言って、リーンは私の所に寄ると、頭を下げた。


「先ほどは部下が失礼した。許されるとは思わないが謝罪する。

 僕の名はリーン・ハイヴァレー、王国騎士団の小隊長を任されている。

 僕の名と命に懸けて、この国での貴方の自由を約束しよう」


 ・・・何が起きているのか分からないが、一つだけ確かめる事がある。


「・・・私を連れ戻すんじゃなかったの?」


「事情が変わった。クレイが保護しているのであれば必要ないだろう。

 団長もこの事を知れば簡単には手を出さないはずだ」


「・・・そんなことを言って、明日には兵士が囲んでいたりしないでしょうね?」


「クレイを知る人物なら、そんな事をしない。

 彼を敵にすることがどういう事か身をもって知っているからね」


 ・・・それは先程の様子を見れば何となく分かる気がする。

 アイツはタダ物じゃない。

 ただのムカつく胡散臭い人間だと思っていたが、どうやら思ったより大物らしい。


 でも、アレを見て、一つだけ不安が残る。


「一つ教えて、あいつは信じていいの?

 ・・・アイツは私の味方なの?」


 正直言って、アイツが何を考えているのかわからない。


 どうして、私を助けるのか?

 何であそこまでするのか?


 私には全然わからない。


 ・・・クレイが怖い。


「クレイは善い人間とは言えないだろう。君にとってはね。

 だが、君にとって頼れる人間でもある」


「どういう意味よ?」


「そのうち分かる」


 リーンはそう言ってイリアを強引に連れていくと、何事もなかったかのようにこの家から出た。


「・・・サキ」


「な、何?」


「今日は疲れただろう。もう寝ろ。

 俺とロギアでここを片付けておくから」


 先程の表情は微塵も出さずに、彼はそう言った。


「・・・分かった」


 そう言って、クレイに連れられて私は自室ではなく、治療室の方へと案内された。


「・・・本当におかしな場所ね」


 あれだけの事があったのに、ここにいると安らぎと癒しが与えられる。


「・・・そうだ、忘れてた」


 アイツにお礼を言ってない。


 どうしてあそこまでして、私を助けたのかも聞かないと・・・


 そんな事を考えながら、私はいつの間にかベッドの上で意識を奪われていた。

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