第5話 甘いものがないとかあり得ない
「・・・売り上げが金貨五十枚を超えているだと!」
「一ヶ月分の売り上げを半日で売れるなんてすごいデス!」
クレイとロギアが帳簿を見て驚いている頃、私は店の裏側で倒れていた。
「・・・嘘つき、お客が来ないって言ったのに!」
すごく不安だった。
客の視線が私にばかり向けて、何か感づかれたんじゃないのかと怖かった。
ごつい男の人が鋭い目で睨みつけられたときはミスしないように意識して手が震えてた。
・・・誰も頼れる人間がいなくて、どうすればいいのか分からなくて頭がパニックになった。
もうやだ!帰りたい!スマホいじりたい!
最低だ!嘘をついた!あの男を許せない!
「いや、こんなに客が来るとは思わなかった。本当に悪かったよ。
しかし、よくやってくれた。品数と売り上げを確認したところ、計算に過不足は無かった」
「お店も見違えるほどに綺麗になっているデス!」
クレイとロギアが私を褒めているが嬉しくない。
これはあれだ。パワハラと言うやつだ!仕事に見せかけて、私を追い込むつもりなんだ!
そんなことを思っていると、クレイは棚の中に入っていた商品を一つ取り出し、私に渡した。
「回復薬だ。体力を回復してくれる。飲め」
差し出された小瓶の蓋を開いてみると、さわやかなハーブの香りがして、一口飲んでみた。
「・・・苦っ!」
お茶とは違う苦さ!そして、レモンの香りとミントのような爽快感が鼻を突きささる。
「良薬は口に苦しだ。二十分位経てば体力は全快するだろう」
そう言って、クレイも回復薬を一口で飲み干した。
・・・あいつの味覚と鼻は壊れているのだろうか?
「これって、ハチミツとか入れたらどうなの?」
紅茶とは香りが違うが、この香りならハチミツを入れるとかなり飲み易くなるだろう。
「・・・サキの国では蜂すら家畜にしているのか!」
「え、無いの?ハチミツが?」
「蜜を手に入れる為にはベテランの冒険者が命を懸けて手に入れるものだ。
需要は高いが、供給量は圧倒的に不足している。
そもそも、糖類など嗜好品は貴族しか嗜まない」
私の世界ではそんな命を懸けた仕事じゃない。いや、素人が出来るようなモノじゃないだろうけどさ。
と、その言葉に私は衝撃の事実に気づいてしまった。
「・・・最悪、ここにはパンケーキもないの?」
元の世界のパンケーキを食べたい。
バターの香りが漂うメレンゲのようなふわふわパンケーキが二層に重なって、層の間には生クリームと三種のベリーソース、柑橘系の酸味を含ませたアイスと一緒に紅茶を飲みながら食べた日を思い出す。
しかし、この世界にはハチミツどころか砂糖すらないとすれば、それを口にすることは叶わない。
ああ、私はもうあれを食べられないかもしれないの!
「黒パンならあるぞ。それでケーキを作るのか?」
「あんまり美味しそうじゃないデス」
「そんなわけないでしょ!」
こいつらは料理の概念を理解していないのだろうか?
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そのころ、王国の城の中にある庭園でお茶会が開かれていた。
「なるほど、つまりこの国では魔物によって村が襲われて食糧難に陥ろうとしていると」
背丈が高く、爽やかな雰囲気を醸し出す青年が紅茶を飲んで、正面にいる王女の話を聞いていた。
「ええ、その通りです、ヒロヤ様。あなた方が近くの村々を守ってくれたおかげで、こうして何とか食料が回っているのが現状です」
このお茶会に参加しているのは四人だけである。勇者として呼ばれる三人とこの国の王女一人だ。
勇者の一人であるレンは目の前にあるバームクーヘンを大きく口を開けて一口で食べる。
「でも、魔物は危険だって言うけどさー、手合わせをしてみたら、意外とあっけなかったねー。
シューヤは途中で手を抜いていたしー、最後まで真面目に討伐してたのってヒロヤだけだったもーん」
その言葉に何も口に入れず、ただ三人を眺めていたシューヤが反応して同意する。
「全くつまらん敵だった。レンの言う通り、歯ごたえがなさ過ぎて実感がわかない」
三人の勇者はそれぞれが圧倒な実力を持っていた。
勇者としてこの国に現れた時には、既に三人には特別な力を授かっていた。
国王から魔王を倒してほしいとお願いされた時は困惑したが、彼らは自分達が勇者の力を持っていることに気付くと快く引き受けたのだ。
「俺達の実力がどれくらいかはまだ分からないけど、この国には騎士だけじゃなくて、冒険者もいるんだろ?
彼らの力があれば、近くに潜む魔物から村を護ることぐらいは出来るんじゃないのか?」
勇者の一人であるヒロヤが王女に訊ねると、王女は暗い顔をしてしまった。
「・・・それが、この付近には冒険者があまりいないのです。
冒険者ギルドの本部がある商業都市ケルクはここから遠いですし、なによりあそこにいる人々は私達の事を敵対しております」
その言葉を聞いて、レンはチョコレートを頬張りながらもイラつきを隠せなかった。
「・・・世界が大変な時にどうして協力しないんだろー?
もっと協力しあえば魔王なんか簡単に倒せるはずなのにー・・・」
「レン様、彼らも彼らの事情があります。
私たちが国の為に魔物を退治するなら、彼らは彼らの為に魔物を退治します」
「・・・それって要するに、お金の為に動いてるって事ー?
その為だけに動いても、世界が滅んだら意味がないのにねー?」
「同感だ。余り冒険者を当てにしない方がよさそうだな。
そういう輩は巨大な敵が現れたらあっさり逃げる。
ここを去った勇者モドキのようにな」
「シューヤ、そういう事は・・・」
「ヒロヤ、事実だろ。神から恩恵を貰って、第二の人生を歩めるようになったというのに、あの女は元の世界にこだわっている様子だった」
「シューヤはそうかもしれないが・・・」
ヒロヤがなだめようとするが、シューヤの勢いは止まらない。
「大体、勇者として呼び出され、様々な恩恵を貰っているはずだ。
なのに、それを他者のために使わず、自分の為だけに使うなどふざけてる。
世界を混乱させる前にとっとと処分した方がいいだろう」
その言葉にヒロヤは黙っていられなかった。
「それは駄目だ!
彼女がどんな理由でここを去ったのかは知らないが、話し合いで事は収まるかもしれないだろ!」
ヒロヤとシューヤが睨む中、のほほんとクッキーをつまむレンが思い出したように尋ねた。
「・・・で、逃げたしたあの子はまだ見つかったのー? ヒロヤから保護するように頼まれてたんでしょー?」
王女は残念そうな顔で首を横に振る。
「現在、国の兵士が捜索をしております。城門からそれらしき人物が通ったという報告は受けておりませんのでまだ王都の外には出ていないでしょう」
「既に王都のどこかでくたばっているかもな」
「シューヤ!」
「・・・彼女らしき姿を見かけたという報告はありませんが、玉座の間にある灯に何らかの影響はありません。
生きているのは確実でしょう。
必ず、私たちが無事に見つけ出し、保護したいと思っています」
彼女がそういうと、ヒロヤは安堵し力が抜けた。
「・・・わざわざ探してくれてすまないと思ってる。
でも、彼女も大事な仲間なんだ。きっと話せばわかってくれると思う。
だから、王女には迷惑をかけるが見つけ出してほしい」
「いえ、謝る事ではありません。
勇者様の身の安全を優先するのは当然のことですから」
そう言って、王女は美しい笑顔で笑った。
「ええ、絶対に見つけ出します。
勇者が簡単に死んでしまっては困りますもの」
誰にも聞こえないくらいの小さな声で王女はそう呟いた。
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「・・・このままじゃ、死ぬわ」
私の目の前に置いてあるのはまたしてもあの劇物だった。
紫色をベースに緑や青、赤色が混ざっている
「どうした?食べないのか?」
一気に飲み干すクレイに尋ねてみたいことがあった。
「待って、ねえ、これしかないの?」
お昼は回復薬を飲んだ後、またお客が来てすぐに仕事に移らなきゃいけなかったため、ここに来てからまともな食事を何も口していない。
夕食こそしっかり食べようと思ったら、これの登場である。
「これがあれば十分だ。これ一杯で・・・」
「栄養価の事を言っていないの!人間らしさについて問いかけているの!」
ここで匿ってもらう以上、私の自由は制限されるだろう。
だったら、せめて料理くらいはまともなものを食べたい。
しかし、目の前のふたりが料理をまともに作れるとは思えない。となると、私に残された手段はこれだろう。
「・・・私がご飯を作るわ。厨房を借りるわよ」
「料理を出来るのデスか!」
ロギアが目を光らせて私を見ている。
「少なくとも、これより美味しい料理なら出来るわよ」
「ぜひお願いするデス!」
ロギアが大喜びしている隣で、クレイはため息を吐いていた。
「冷暗室にある食材は使ってもいいが、無駄遣いするなよ」
クレイは何も期待していない顔でそう言った。
その顔が非常に私をイラつかせた!
「・・・ギャフンと言わせてやるわ!」
私は席を立ち、台所の隣にある冷暗室に向かった。
「・・・何よ、食材も調味料もまともそうなものがいっぱいあるじゃない。
何であんな劇物が完成するのかしら?」
元の世界と似た食材があり、匂いで確認する。
トマトに似た食材を洗って、軽く咀嚼すると、味はトマトそのものだった。
これならば失敗せずに作れるだろう。
鶏肉とカブやセロリに似た野菜で
痛めたトマトにフォンを注ぎ足して、大豆のような豆を入れて煮込む。
締めくくりに調味料である岩塩と入れて、ここにあった調味料を舐めて確認し、合いそうな調味料を入れて味を調節して・・・
「出来たわよ、ロギアも食べたいなら食べなさい」
私が出したトマトスープをロギアはまじまじと見る。
「匂いは美味しそうデス」
そして、恐る恐るスプーンでスープを救い、口に入れると・・・
ロギアは唖然とした顔で泣き出した。
「・・・神様デス」
「へ?」
「これを作った人は神様デス!
サキは神様デス!」
「ちょっ、大げさよ!」
そんなにおいしく出来たか試しに自分も一口食べてみる。
・・・不味くはないが、物足りない。香辛料を入れてないせいだろう。
味のアクセントがないから旨味が上手くまとまっていない。
「・・・胡椒が欲しいわね」
そう言うと、クレイは立ち上がって、自室に入り、すぐに戻っては私に何かが入った瓶を投げた。
慌てて受け取った私は中身を確認すると、それは胡椒に似た白い粒だった。
「・・・何でそんなところにあるのよ」
私は胡椒を木の棒で潰し、スープに入れて混ぜて食べてみる。
・・・うん、故障の辛みが味を引き締めて先程より美味しくなった。
「香辛料は触媒に使うからな。
ペッパーは一粒で銀貨一枚するから大切に扱え」
・・・銀貨一枚がどれくらいの値段なのか分からないが、銀自体にどれくらいの価値があるか分からない私ではない。
「それを早く言ってよ!」
普通に何粒も使ってしまった。もしかしたら、あそこにあった食材も実は高価なものだったりするのかもしれない。
そこでふと考える。
なぜそんなものを使わせたのか?
私はある想像をする。
「・・・まさか、さっき使った食材を私に請求するつもりじゃないでしょうね」
「・・・そうした方が良いかもな」
「!」
やはりだ!やはりコイツには裏があった!
それはそうだろう!私はか弱い女性だ!始めから私を襲うために匿ったのだ!
コイツみたいな根暗な人間が女性にモテるわけがないし、私みたいなかわいい女子と話し掛ける度胸もあるわけない!
私を甘い罠で油断させてここに置いたのは全てはこの時の・・・
「冗談だ。生憎と子供に興味はない」
そう言って、私のある部分を見て同情するような目で言われた。
相手にしてない目でからかわれたことで顔が真っ赤になっているのが分かる。
やばい、思いっきり殴ってやりたい!
というより殺したい!!!
「そうですか!死ね!」
私は引き続きスープを口にいれる。ついでに黒パンという固いパンも拝借して、スープに浸して口にしていると、ロギアが真似していた。
それにしても、ロギアは喜んで食べているのに、クレイは私の料理に見向きもせずにジョッキを片付けた後、リビングのソファに倒れるように座っていた。
「・・・あんたは食べないの?」
いや、食べていいとは言っていないけどね。
食べるって言ったら土下座させてから食べさせないと許すつもりないし。
「必要な量の栄養素は摂取した。
これ以上は必要ない」
実に面白くない理由でクレイは断った。
「・・・あっそ!」
余計にイライラしてしまった。
こんな時はスマホを弄ってオモシロ動画でも見ながらストレスを発散させるのに、生憎スマホは圏外なため、意味をなさない。
というより、コイツは何が楽しくて生きているのだろうか?
そんなことを考えていると、家の中に甲高い音が響いた。
「師匠、王都の方から客が来たようデス」
どうやらインターホンのようだ。原理は知らないが、コイツみたいな人間にも知り合いはいるらしい。
「・・・面倒くさいな」
そう言って、クレイはソファから立ち上がり、私の腕を掴んだ。
「ちょ、まだ食べてるでしょ!」
「食事は良いから、さっさと自室に隠れてい
ろ。国の兵士が来た。」
「・・・え」
・・・忘れていた。
私は国に終われているんだった!
突然の仕事に苦悩していて忘れていたが、料理を勤しんでいる余裕なんてないのだ。
「・・・こっちデス。なるべく静かに移動するデス」
「・・・」
私はロギアに連れていかれ、近くに存在した見覚えのない狭い部屋に隠れていた。
「この中は他人に気づかれる事がないデス。
ロギアと一緒にじっとするデス」
そう言って、静かにするジェスチャーをした。
・・・なんで、私はこんなところにいるんだろう。
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