第4話 仕事にたいして、何の説明もないし!

 翌日、私は店内に呼び出された。


 今日から目の前にいる男の元で働くことになる。

 普通であれば、今頃私は学校に行っているはずなのだが、学校どころか家に帰る事すらできない。


 ・・・何度起きても、私の部屋で目が覚めることは無い。


「眠れなかったようだな」


「うるさい、早く仕事を教えなさい」


 私の立場を知っていて、分かり切った事を聞くクレイに腹が立つ。

 クレイもそれ以上余計な事を言うことは無かった。


「・・・では、仕事の内容を説明していく」


「ねえ、その前に国の兵士がここに来たりしないんでしょうね」


 仕事をする前に肝心な質問だ。

 私は国の兵士に追われている。

 捜索を諦めているかもしれないが、油断は出来ない。

 勇者という存在はこの国では知らないものはいないらしいし、見つからないことに越したことは無い。


「安心しろ、こちらの入り口から兵士が来ることは無い」


 クレイのこちらからという言葉が気になった。


「どういう事よ?」


「・・・ここから外へ出てみろ」


「?」


 私は疑問に持ちながらも、店の出入り口から外に出てみる。


「・・・え?」


 そこは見知らぬ光景だった。


「ここが・・・王都なの?」


 この世界の風景をマジマジと見た覚えはないが、私が呼ばれた街とは全然違う。

 王都と呼ばれる場所は何というか私たちの世界だとヨーロッパのようなレンガで作られた上品な建物が多く、地面も石畳で綺麗に整備された場所だった。


 しかし、ここはその光景からかけ離れている。

 上品な雰囲気だった王都とは違い、ここは朝にもかかわらず、人の声が飛び交っている。

 建物も木で作られた建造物が多く、地面も更地で整備されてはいない。


「ここはギルド都市『ケルク』、民間が立ち上げたギルドが集合して出来た商業都市だ」


「ギルドって、組合の事よね?」


「そうだ、この国では王都に続く第二の都市で実力主義が売りの街だ。

 治安は王都に比べて良いとは言えないが、国の兵士の代わりにギルドの人間が治安を仕切っている。

 だから、ここにいる国の兵士はごく僅かな人数だし、仕事の内容もお飾りに近い。

 大きな揉め事を起こしたり、巻き込まれたりしなければ見つかることは無いだろう」


「・・・ここは王都の外れにあるって言っていなかった?」


 昨日は確かにそう言っていた。


「あるさ、裏の玄関から通れば王都だ」


 そう言って、店の裏側にある家の玄関を見てみると、そこは初めて見た光景と同じ街並みだった。

 白くて品がある町並みだ。


「・・・どういう事?」


「難しい事じゃない。空間を接続、融合させれば転移術など容易だ」


 全く容易そうには思えない。

 訳の分からないことを言っているが、店の向こうはここから遠くの場所らしい。


 ・・・ここから家を通らず、裏に回れば先程の光景が見られるのだろうか?

 いや、無駄だろう。

 確かにあの場所は王都ではなかった。空気が違う。


「と言う訳だ。仕事はケルクでしてもらう。

 大人しく働いてくれれば兵士に捕まることは無いだろう」


 クレイの言いたいことは分かった。

 元の世界では信じられないことで頭が一杯だが、とにかく私の安全は考えてくれているらしい。

 今はそれが分かればそれでいい。


「・・・分かったわよ。具体的に何をすればいいわけ?」


「今日は色々と外に用事があるからその間の店番をしてくれればいい」


 店に戻って尋ねると、クレイは簡単な仕事のようにそう言った。


「あ、師匠、準備出来たデス!」


 ロギアは店の外で荷車に荷物を入れていた。

 その量は大人でも運ぶのは無理だろうと思うくらい大量に積まれていた。

 明らかに荷物は重量制限超えていそうだし、ロープで結んでいないと崩れるほどに詰め込んだ量はパンパンだ。


「・・・幼児虐待の趣味でもあんの?」


「言っただろう、ロギアは力があると。

 ああ見えて、怪力なんだ」


 それは知ってる。昨日の荷物運びでそれは証明されている。


「・・・物理学の法則はどこ行ったのよ」


 確か力学的エネルギーは重さも重要な要素だった気がする。

 あんな細い体であんな荷物を運べるなんて、まるで魔法ではないか。

 いや、魔法の世界なんだけどさ!科学とか常識が通用しないのだろうか?


「気付いていないなら言っておくが、今のロギアは魔力を質量変換して筋肉の密度を上げている。

 今のあいつの体重は通常の三倍はあるぞ」


「・・・何言っているか分からないけど、とにかく魔術で肉体を強化されているのね」


「身体能力の強化だけが今の取り柄だからな」


 そう言って、クレイは何枚かの紙を私に渡す。


「四則演算位は出来るだろ?

 料金や貨幣の種類、価値等はここに書いてある。

 お客が来たら笑顔で対応して、商品の内容が分からなければここに書いてあるから調べてくれ」


 そう言って、投げやりに言うと店の外に出ようとした。


 だが、一つだけ問題がある。


「文字が読めないんだけど」


 その言葉でクレイが足を止めて唖然とする。

 そこは想定外だったみたいで、急いで新たな紙に文字を書き加える。


「・・・左から0で右が9だ。

 念のために聞くが元の世界は十進法だったか?」


「・・・そうだけど」


「ともかく、金の計算だけ出来ればいい。

 客も常連しか来ないだろうから、何とかなるだろう。

 昼までに戻るから後は任せた」


 そういって、クレイは逃げるように店を出て行った。


「え、ちょっと、嘘でしょ!

 待ちなさいよ!」


 慌てて追おうと店を出ると、クレイとロギアは既に見えなかった。遠くで大きな荷台が動いているところを見ると、追いつけないだろう。


「・・・どうなっても知らないわよ!」


 イラついた私は紙を地面に投げ捨てると、店の中に戻った。


 こうして、何もかもわからない状況で私の初仕事が始まった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 日が昇り、向かいや隣の建物が営業を始めて、客が賑わっている。


 隣で販売しているのは衣料品の様だ。

 ただし販売しているのはオシャレな衣服ではなく、分厚く、頑丈そうで・・・地味な衣服というより、防具である。

 向かいの店では剣や弓など銃刀法違反で捕まりそうなものが堂々と売ってある。


 客層もむさいおっさんが多く、オシャレに気を使っている人は見かけない。

 つまり、この辺りの店はそういう職業の人物をターゲットにしているのだろう。


「ここには全然客が来ないのだけど」


 まあ、分からなくもない。私だったらこんな店に来ようとは思わない。

 店内が物凄く汚いし、商品にホコリが被っている。

 店の前には何の目立つ物もないから何の店なのか分かりにくいだろう。


 お客が全く来てない証拠でもあり、あの男が全くこの店の営業努力をしていない証拠だ。


「・・・ここにいても暇だし、店内を綺麗にしておきますか」


 何もないのはある意味苦痛である。それ以前に、こんな汚い場所にいることが耐えられない。

 私は箒と乾いた布を持って、店の掃除をすることにした。

 商品を布で綺麗に吹いて、散らばっているゴミを箒で掃く。

 壁についていた汚れは、近くにあった井戸の水を汲み、その水で布を濡らして取り除く。


 そうして、掃除を開始して二時間程経過した頃には、先程とは全然内観が変わっていた。


「・・・これで少しはマシになったわね」


 ここに来る客は一人もいないが、満足感が充実していた。


 バラバラに並べられていた商品も綺麗に列にして並べたり、通路を通りやすくするために商品が置いてあった台を移動させたりしてみた。


「コンビニのバイトの経験が生きたわね」


 リフォームと言っていいほどの大掃除が完了して、私は満足げになって・・・


「何でこんなことをしているんだろう?」


 ふと、そんな当たり前の疑問を思ってしまった。


「・・・というより、これってチャンスじゃないの?」


 周りには誰もいない。お城の兵士も、あの男もどこかに行って見張りもいない。

 逃げ出すとしたら大きなチャンスだった。


「そうよ、律儀にあいつを待つ必要なんてないわ!」


 お金とか使えるものをくすんでここから逃げれば・・・


「・・・って、出来るわけない。

 逃げ場なんてないし、だからどうなるって話よね。

 この街の事すら知らないのに無謀よ」


 仮に金目のものを奪ってここを出たとしよう。

 何も知らない世界。少なくともニホンの文字は使えない。


 どこへ向かえば安全なのか、何をすれば帰れるのか全く分からない中、無謀に逃げるのは駄目だ。


 お城から逃げた時とは状況が違う。あの時は逃げるしかなかった。

 でも、今は状況が違う。あんな警戒心が全くない人間相手ならいつでも逃げ出せる。


 ・・・だから、ここを出ていくならあいつから色々と盗みつくしてからだ。

 街の事、世界の事、勇者の事、なによりも帰るための手がかり!

 理解できるかはともかく、奪ってでも見つけるしかない!

 こんな世界に数年も過ごさないといけないなんて馬鹿げている!


「絶対に・・・私の居場所を・・・」


「クレイの兄貴、入るぜ〜」


 そんなことを考えると一人の人間が訪れた。

 恐らくクレイの言っていた常連客なのだろう。


「・・・あれ、何か店が綺麗になって・・・誰?」


 客は私に怪訝な目を向けていた。


「は、はい、レジ係のサキです!」


 私は慌てて仕事に戻って、バイト仕込みの笑顔で対応する。


「レジ?」


 ・・・この世界にはレジスターがない事に気が付いた。

 怪しそうに私を見ている客にビクビクするなと、私の心に平常心を訴える。


「いえ、何でもないです」


「・・・クレイの兄貴はいないのか?」


「えっと、クレイは外に用事があるって行きました。

 お店の勘定は代わりに私がやれと・・・」


「・・・へー」


 客は怪訝な目で私を睨んでくる。視線が私の顔ではなく、手や足、全身へと移る。

 あれ?私って何か不味い事でもしたのだろうか?

 ・・・まさか、勇者だと疑われてる!?


「・・・あそこにあるギアとこの回復薬、それとこの魔術書を買う」


「は、はい」


 私は奥の棚にあるギアをとり、回復薬と魔術書(本)を受け取ると、手元にある資料で金額を計算しようと・・・


「・・・今時、ソロバンってないわよ」


 簡単な足し算と引き算くらいしか出来ないんだけど!

 しかも、何なの?銅貨四六枚で銀貨一枚?

 通貨の価値が中途半端だし、計算(わかり)にくい!この国って馬鹿じゃないの!?

 銅貨四十六枚を銀貨に直して、銀貨十三枚を金貨一枚に直して計算する。


「き、金貨四枚と銀貨三枚、銅貨十八枚になります」


「・・・金貨五枚で」


「あ、ありがとうございます。えっと・・・」


 金貨を銀貨と銅貨に直すと、えっと・・・ああ、もう、面倒くさい!

 そうだ!金貨一枚を銀貨十二枚と銅貨四十六枚に直せばそれをそのまま引けば・・・


「お釣りが銀貨九枚と銅貨二十八枚です」


「・・・・・・あ、ありがとう」


 男はキョトンとした表情で私の顔を見つめていた。


「ど、どうかなさいましたか?」


「い、いや、何でもない」


 男はそう言って、品物を腰に着けていたポーチに入れて立ち去っていく。


「ありがとうございました!」


 私がそう言うと、男は振り返ってお辞儀をしてその場を去った。

 ・・・大丈夫だったかしら?変なことをしちゃってないよね?

 まさか、兵士が来るようなやらかしたことをしていないわよね?

 やっぱりこんなの無理!神様お願いです!客がこれ以上来ないようにしてください!


 そんな願いを込めて、手元の金貨五枚を会計箱の中に入れた。


 しかし、私は忘れていた。

 私の願いを叶えるような神様がいたなら、こんな世界に呼ばれていないことを。


 先ほどの客が帰られて凡そ二十分後、いきなり大勢の客が現れた。


「うわ、確かに穴場だ。あいつの言ったとおりだ」

「なあ、この回復薬と魔術書をくれよ」


「え、え?」


 突然来た客の対応に大慌てで立ち向かう。

 商品の内容が分からず、とにかく会計だけは間違えないように、丁寧かつ迅速に計算をする。


「ねえ、いつから働いているの?名前は?」

「これって、どういう効果があるか教えてくれる?」

「この薬草をまとめて買うから安くしてくれよ」


「す、すみません、私も務めたばかりであまり知らなくて・・・」


 店員として情けない返事をしながらも手を緩めるわけにはいかず、答えられることだけ答えては商品を渡してお金を受け取っていく。


「えっと、それは金貨三枚と銅貨三二枚で、お釣りが・・・」

「そんなことよりここから抜け出さない?

 美味しいご飯があるところに連れてってやるから」

「いえ、仕事があるので・・・あ、それは・・・えっと、金貨二枚になります!」


 ・・・助けて!誰か助けて!


 一人じゃ回せないこの状況に、私は涙目になりながらも、働く者の矜持として、最後まで客と相手した。


 クレイとロギアが現れたのはそれから二時間後の事だった。

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