第3話 ギアと言われても知っているわけがない

「ここが、今日からお前の部屋な」


 そうして案内された部屋は酷い場所だ。

 先ほど私が寝ていた部屋と打って変わって、狭く、汚く、薄暗い部屋・・・というより、荷物が一杯な所を考えると物置部屋なのだろう。


「・・・私、さっきの部屋が良いんだけど」


「あそこはケガ人や病人に提供する部屋だ。結界の維持に魔力を消費するしもったいない」


 相変わらず意味の分からないことばかり喋るが、要はあそこは治療室で部屋の維持に費用が掛かるという事だろう。

 確かにあそこは普通の部屋と違って居心地が良かったし、何かと仕掛けがあるのだろう。


「明日から仕事内容の説明をしてやるから、今日は自分の部屋を掃除しろ。

 手伝いにロギアをやるから」


「一緒に頑張るデス!」


 ロギアという少年が張り切った姿でいるところ悪いが・・・


「子供の出来る事なんてたかが知れてるわよ」


 まずは部屋の中にある荷物を別の場所に移さないといけない。

 子供の膂力りょりょくでは運べるかどうか怪し・・・


 そんな不安を余所にロギアは一気に二つの大きな木箱を軽々と持ち上げた。


「・・・いや、え?」


「こうみえて、そいつは大人顔負けの力の持ち主だ。大荷物何かを運ばせるのに便利だぞ。

 まあ、不器用だから、細かい事は出来ないけどな」


 クレイはそう言って、私の顔をじっと見る。「お前はこんな子供にさせておいて何もしないのか?」って言っている目をしていた。


「・・・やればいいんでしょ。わかってるわよ」


 私も部屋の中に入り、荷物を持ちあげる。


 荷物はビクともしなかった。

 箱の中身が凄く重くて、ギックリ腰になりそうになった。


「・・・弱」


「当たり前でしょ!こっちはか弱い女子校生なのよ!

 荷物運びぐらい手伝いなさいよ!」


 結局、ロギア一人ですべての荷物を別の部屋に移すと、私はようやく掃除を開始することにした。


「ここって暗いわね。ねえ、この世界って電気はないわけ?」


 先ほどの部屋では気にならなかったが、この家に電灯らしきものがない。

 この部屋は物置だから灯りらしきものがないのかもしれないが・・・


 そんなことを考えていると一緒に掃除していたロギアが思い出したように何かを取り出した。


「サキ、心配しないでいいデス!

 光のギアならここにあるデス!」


「・・・ギア?」


 ロギアが取り出したものを見ると、どう見てもただの小さな杖のようにしか見えない。


「ギアはこの世界になくてはならない必要な動力デス。

 これに魔力を流すと・・・」


 そう言って、ロギアが念を込めるような動作をして、


「!」


 突如、閃光が煌いて私の視界を奪った。


 そして、次の瞬間『パリーン!』と割れる何かの音が聞こえる。


「・・・あ・・・しまったデス!また、ギアを壊しちゃったデス!」


 まだ目がチカチカして様子が分からないが、どうやら壊れてしまったらしい。


「・・・これが、ギア?」


 杖の先端に付いていた石のような何かが突如光りだして、壊れた瞬間に光を失った。


「師匠に怒られるデス!どうしようデス!」


「何が起きたのかさっぱり理解できないけど、素直に謝るしかないんじゃない?」


「素直に謝って許せるほど、大した価値がないのならそれもいいがな」


 クレイが不機嫌な顔して部屋に入ってくると、足元にある杖だったものを見る。


「クレイ、何しに来たのよ?」


「煩く騒いでいたから様子を見に来たんだ。

 そしたら案の定、こいつがギアをぶっ壊していやがった」


 クレイはロギアの頭を掴み力を入れて、ロギアは「ギャーデス!」と叫んでいる。


 コイツ、子供相手に暴力とかマジ!?


「子供のやった事でしょ?許してやる器量もないの?」


「壊れて当然のように扱ってたまるか。

 これ一つを売れば一ヶ月は生活できる程の貴重なものだぞ」


 ・・・なんとまあ、光を放つ道具一つでそんな大金が生まれるのか!

 と、驚く前に馬鹿じゃないのかと思ってしまう。


「そんなに貴重なら、持たせなきゃいいだけでしょ!」


「こいつが勝手に持ち出していたんだよ。俺がロギアに易々とギアを持たせるわけ無いだろ」


 先程の発言から察するに、ロギアという少年がギアというものを壊したのはこれが初めてではないのだろう。

 だったら、子供の手の届かない場所に画すべきだと思うのだが・・・それより聞きたいことがある。


「そのギアって言うモノは何なのよ?」


「ギアは太古の魔術師が残したと謂われている動力変換装置だ」


「・・・はい?」


 そんな説明で分かってしまうほど、私の脳内はファンタジーやらSFやらに染まっていない。

 もっとわかりやすくいってほしい。

 それを察してくれたのかクレイは一から説明をする。


「・・・エネルギー保存の法則は知っているのか?」


「それぐらいは・・・授業で習った・・・何となく」


 高校の授業はきちんとノートにとっているから、それぐらいの事は分かる。

 というより、私達より科学の文明が乏しそうなこの世界でもそれを知っていることに驚いた。


「なら話が早い。この世界は全てが魔力で出来ている。

 元素も、熱も、力も、概念も、全ての大元となるのが魔力だ」


「・・・何が言いたいわけ?」


「要はこの世界では物事の全ての根源が魔力だという事だ。

 逆説的に言えば、魔力があれば何でも出来るって事になる。

 そして、その何でもできるようにしてくれるのが魔力変換装置、通称:ギアだ」


 そう言って、クレイは三つの石を取り出すと、それぞれから火、水、蒸気が発生した。


「火を生み出すギアに魔力を送れば火を発火する。

 水を生み出すギアなら水が生まれる。

 二つの性質を持つギアであれば熱湯や蒸気を放出する。

 このように、魔力を何かに変換させて生み出すのがギア。魔術が使えない人間でも使える魔法だ」


 クレイがそう説明するとある疑問が生まれる。


「・・・つまり、そのギアがこの世界の生活を支えているって事?

 私たちの世界で言う科学の代わりにこのギアが文明の発展を支えているって事?

 電気や水道とか通っていないの?」


「ギアを頼らなくても、電気を発電し、水道やガスを使い、科学で文明を発展させようという試みもあるにはあったがな・・・」


「じゃあ、何で?

 一ヶ月分の稼ぎになるような貴重な物で文明を支えるより、私たちの世界のように科学を使えばいいじゃない」


 この世界は・・・少なくともこの男は科学の存在を知っている口ぶりだ。

 ギアが無くても、普通に電気を発電させる方法があるし、それを知っている様子でもある。

 にもかかわらず、なぜこんなもので代用しなくてはならないのだろうか?

 普通に電気や水道を通した方が明らかに便利なのに・・・


「魔物」


「は?」


「よく考えてみろ、電気を発電するにしても、ガスを使うにしても、何が必要になる?」


「それは・・・石油でしょ?」


 日本では石油を元にガソリンやらプロパンガスやらを作っていると聞いている。

 電気だって火力発電所がほとんどだから石油はどうしても必要となる。


「そうだ。その石油や石炭をどうやって工面する?」


「そういうのがたくさんある場所からとればいいんじゃ・・・」


 そう言って、あることに気付いた。ここは私のいるような世界とは違う事に。

 日本では自国では石油を採れる量が物凄く少ないから輸入に頼っている。

 つまり、他の場所から資源を頂いているわけだが・・・


「お前が今思っている通りだ。そういう場所は凶暴な魔物が住み着いている。

 言っただろ?『魔力は全ての大元』だ。

 エネルギーとして純度の高い石油を魔力のエサにしている魔物がいたらそいつを討伐しないといけない。

 だが、そういう魔物は軍団相手でも歯が立たない。

 それに、魔物を強引に倒そうとすれば、資源もろとも消える可能性があるから、どうしようもない。

 風力発電や地熱だけじゃどうやっても賄えることが出来ないからな」


 つまり、資源の確保すら難しいのだ。ギアで文明を支えているのは手にいれられる資源が魔力しかないからなのだろう。


「・・・だから、ギアにしか頼ることが出来ないというのが現状なのね」


「サキのいる世界はそういう問題が起きていないのだな」


「そうね、別の問題はあるけど・・・」


 資源の問題や環境の問題があるが、この世界ではそもそも資源を確保すること自体が難しい。

 科学の文明が発展していないのは、それが出来る環境じゃなかったから。

 ・・・なるほど、化学も私のように、この世界ではお呼びではないらしい。


「とにかく、ギアの重要性は分かったわ。

 でも、それなら何でこれ一つでそんな価値がするの?」


 ギアが文明を支えているのであれば、それをたくさん作成して、安い金額で供給するべきだろう。

 文明の支えとなるものがそう高価に売られるなんて馬鹿ではないのだろうか?


「理由は二つある。

 一つ目はギアは物理的に壊さない限り、半永久的に使用することが出来るものだ。

 何度使おうと、何年使おうと、壊れることはそうそうない」


「いや、壊れたところを間近で見てるんだけど・・・」


「だから、怒っているんだ。過剰に魔力を流しすぎたり、間違った使い方をすると壊れる。

 だが、きちんと使えばギアに予備などそうそう必要がないんだ」


 つまり、一度手にすればずっと使えるわけだから買いなおす必要がないという事なのだろう。

 何世代にもわたって使えるのだから、安くして供給量を増やす必要がないのだ。

 ・・・一理あるとも言えるが、それだけであんなに高額なのだろうか?


「もう一つの理由は?」


「太古の技術だと言っただろ。

 ギアの作成、複製は今の魔術師じゃ単調で燃費の悪いものしか出来ないんだ」


 要は文明が衰退しているというのだろうか?簡単に作れるものじゃないから、そもそも供給量が少ないと言いたいのだろうか?


「それにしては、物凄く光っていたけど・・・」


「当たり前だ。俺が作ったものだ。最高級品に決まっているだろ」


 ・・・は?


 当然のように言うが、先程の説明は何だったんだろうか?


「そのギアが一ヶ月分の生活費になりうるのも俺が作ったものだからだ。

 普通のギアであれば蛍の光程度の奴が二束三文でたくさん売ってある」


「・・・馬鹿でしょ。あなた、賢い振りした馬鹿でしょ!」


 そんな高価なものをどうして子供の手の届くところに置くのだろうか!

 警戒心が全くない!


「ロギアは不器用だから、そこら辺のギアだと魔力を流しすぎて壊しまくるんだ。

 ・・・もっとも、俺のギアですらぶち壊すとは思わなかったがな」


 そういって、クレイはロギアを睨みつける。

 もしかして、クレイが怒っている理由って、家計の問題なんかではなくて、ロギアが簡単に壊してしまった事にプライドが傷ついているだけじゃないだろうか?


「ご、ごめんなさいデス、師匠」


「安心しろ、俺は器量の大きい男だからな。

 明日の荷物運びを一人でやってもらう事でチャラにしてやろう」


「し、師匠、ありがとうデス!」


 いや、子供に責任を負わせている時点で器がすでに小さいんだけど。


 クレイはロギアを連れてどこかへ行き、結局一人で掃除を再開することになった。


「・・・あんな奴の元で働くとかあり得ない」


 現実を受け入れたつもりだが、諦めたわけではない。

 こんなところ、帰る手がかりを掴めたら、すぐに出て行ってやる!

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