第2話 展開についていけないんだけど!

 最初は何が何だかわからなかった。

 学校にいたはずの自分がいきなり豪華なお城の中にいて、周りには屈強そうな兵士が周囲を囲み、二階の離れたところからは見るからに豪華な服装をした貴族達が私たちを見つめていた。


 そして、正面の強さと賢さを兼ね備えている雰囲気を放つ気品の高そうな強面の王と、

 現実では見たこともないような美貌を持つ人形のような王女が私たちを迎えていた。


「・・・召喚に応じてくれて何よりです。

 世界を救う勇者よ、どうか我が国の危機を救ってください」


 頭がついて行かなかった。王や王女の話についていけなかった。

 ただ分かっているのは、このような状況に巻き込まれているのが私だけではないことだった。


「つまり勇者になって魔王を倒せばいいんだな?」

「私達が・・・勇者?」

「困っているのであれば見過ごせない!

 この力であなたたちを救おう!」


 ただ、彼らは状況の呑み込みが早くて、私を置いてけぼりにしながら勝手に話を進めていった。


 こうして、私は見ず知らずの人たちの為に命を懸けて、化け物を倒すことになった。


 訳が分からなかった。

 状況が理解できなかった。


 いきなり剣や鎧を渡されて、

 見たこともない化け物を見せられて、

 周りが私たちの事ばかり話して、


 それでも、置いて行かれるのが不安だった。

 何もわからず、何も知らない私は流れに身を任せるしかなかった。


「自分の命を引き換えに、この世界を救ってくれるなんて、勇者とは便利な道具だな」


 ただ、城でその言葉を偶然耳にして、逃げないといけないことだけは分かった。


「いたぞ!勇者だ!」

「絶対に逃がすな!」

「殺すなよ!手足を壊す程度に止めるんだ!」


 気がつけば、何もわからない状況で、逃げるのに必死だった。

 何も知らない場所で、どこに逃げればいいのか分からず、ただ走った。

 不安な気持ちを涙にして、恐怖を打ち消すために声を叫んで、

 転ぼうが、矢が腕に当たろうが、構わず走った。

 痛くとも、辛くとも、感じなくなるまで生きたいと願った。


 その先は覚えていない。


 ただ、分かったことがある。


 ここに、私の居場所などない。


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 再び目を覚めると、そこはどこかで見たことがある光景だった。


 柔らかな空間に、心が癒される音楽、暖かく包んでくれる布団と毛布


 そして、私を睨み付けるクレイという男がいた。


「・・・大丈夫か?」


「あれ・・・何で・・・ここに・・・」


 何でまたここに寝ているの?


 ここに居たら不味いはずなのに・・・


「この部屋は結界を設置している。

 敵意、殺意、恐怖、不安

 そう言ったストレスを和らげる術式を組み込んでいる。

 これで、やっと話が出来るな」


 訳が分からない。結界とか術式とか・・・まるで、映画で見た魔法の国みたいじゃない。


「・・・どういう事?」


 私が起き上がろうとすると、左腕に違和感があった。


「・・・これは?」


 左腕には腕輪が嵌められていた。


「今は気にしないでいい。後で説明する」


 そう言って、男は私の顔を見て、軽く息を吸った。


「・・・これから、サキの身に起きてしまった事を簡単に説明する。

 そして、それからどうしたいかを決めればいい」


 そして、クレイという男は説明した。

 私が異世界から召喚された勇者であること。

 勇者として特別な力が備わっている事、

 そして、その力で魔王を倒すのが使命とされている事。

 そう言ったゲームや小説なんかでよくある話。

 自分がそういうのをやったり、読んだりしたことは無いけど、そう言うモノがあることは知っている。

 弟がやっているのを近くで見ていたからだ。理解はできなかったが。


 その説明はお城でもされたと思う。

 勝手に進められたから何となくしか頭に入っていなかったが、肝心なのはそこではない。


「私は元の世界に帰れるの?」


 この世界が夢であるのならほっぺでつねれば簡単に戻るだろう。

 だが、認めたくないけども、ここは元いた場所とは完全に別世界なのだ。

 それは、この世界に来た初日に嫌というほど魅せられた。


 国の事や勇者の事を聞かされても、私にはよくわからない。そんなものに微塵の興味もない。

 だからこそ、肝心な事を尋ねないといけない。


 穏やかでこんなことに苦しまずに住んでいた場所へと戻る。


 私の平穏を取り戻すための方法を!


 私が男に尋ねると、悩んだ表情をしている。言いにくいことなのかもしれない。


 嫌な予感がしてならない。

 まさか、方法がないと言わないよね?


「結論から言えば不可能ではない。方法が二つある。

 だが、どちらも時間とリスクが掛かりすぎる」


 私はホッとしていた。もしないと答えられた場合、自分がどうなっていたのかわからない。

 だが、表情からして直ぐに解決する訳じゃないのだろう。


「・・・方法って?」


「一つは城に戻り、勇者召喚の儀式を反転させる方法だ。

 だけど、きちんと帰れる保証は出来ないし、それ以前にさせてくれないだろう」


 儀式のハンテンとかよくわからないことを言っているが、要は帰れる可能性が低く、妨害されるという事なのだろう。


「・・・もう一つは?」


「俺が一から魔術を作って、サキを元の世界に帰す。

 ただし、儀式の準備に最低でも三年はかかるし・・・何より必要なものが欠けている」


 三年という単語ワードも気がかりだが、欠けている物とは何かを尋ねる。


「欠けているモノ・・・それは代価」


「え?」


 代価って・・・


「恐らくこの勇者召喚には莫大な代償を払って行われたものだ。

 膨大な魔力や高価な触媒を使っているだろう。

 同じようにするのであれば、ここにある設備や資金では圧倒的に足りない」


 彼の言っている言葉が理解できない。

 私は何もしていないはずだ。なのに、何でこんなことになっているのだろう。


「・・・何が言いたいの?

 私に帰るのは諦めろっていうわけ?」


 勇者召喚がどれほどの事か分からないが、要するに言いたいのはこういう事だろう。

 諦めて、お城に帰れと言うつもりなのだろう。


 ・・・ふざけてる。

 この世界のやつらは狂っている。


「ここで働け」


「え?」


 予想外の言葉だった。

 何でそんな言葉を簡単に口にするのだろう。


「お前の能力を俺がこき使う。

 俺は儀式の準備をしてやるから、その間にお前が必要なものを用意してもらう」


 ・・・つまり、元に戻してやるから私を利用するという事なのだ。

 馬鹿じゃないのか?


「・・・ふざけないで」


 私はそう言ってベッドから立ち上がると、男の胸ぐらを掴んだ。


「何で私がそんなことをしなきゃいけないのよ!

 私を勝手に呼び寄せたのはあんた達でしょ!」


 この世界に来るまで、私は普通の高校生をしていた。

 なのに、いきなり勇者になって世界を救えと命令されて、それが嫌ならここで働けと脅迫してくる。


 何で望んでいないことをこうやって強要されないといけないのだ!


「私が何か悪い事をした?

 罰を受けなくちゃいけないことでもしたの!?

 こんな目に遭うような事をした覚えなんてないわ!」


「・・・すまない」


 男は私の言い分を聞くとただ一言、それだけを言った。


「だが、他にどうするつもりなんだ?」


「え?」


 先ほどの申し訳無さそうな表情はすでに消えて、直ぐに無表情に戻った。


「仮にここを離れたとして、王都から奇跡的に逃げ延びたとしてだ、どこかに当てはあるのか?」


「それは・・・」


 私は思い出す。この部屋で目覚めるまで、国の兵士に追われていたのだ。

 しかも、あんな苦しくて、痛い思いをした。アレを思い出すと震えが止まらない。


「公に公表されてないとはいえ、人の住む町には大抵の場所には国の兵士が潜んでいる。たとえ、君が兵士のいない場所に潜伏しようとしても、そういった場所は大抵が無法地帯だ。

 見るからに自分を護る力のないか弱い小娘が安全に、確実に帰れる方法を探すなんて出来るとは到底思えないけどな」


「・・・・・・」


 分かっている。自分はただの女子高生で特別な力は何もない。

 勇者としての力もどんなものかわからないし、そのような実感もない。


 何も知らない世界で私が平穏に過ごせるとは思えない。ましてや、帰る方法が見つかるとも思えない。


「ここにいるのが嫌なら勝手に出ていけばいい。

 一応言っておくが、一宿一飯の恩は提供しても、タダ飯ぐらいを匿うほど善良な人間じゃない」


 正直言って、嫌だ。こんな人間と傍にいなくてはいけないなんてありえない。

 だが、私の選択肢はもうこれ一つしかなかった。


「・・・分かったわよ。働けばいいんでしょ!」


 私が観念してそう言うと、男は笑う。


「じゃあ、契約成立だな」


 男は懐から一枚の紙を取り出して私に渡すと、それは私の中に入っていった。


「・・・へ?何?何をしたの!」


「契約術だ。言った言わないで問題が起きないようにな」


 私が驚いていると男は私の腕を掴み、どこかへと連れていく。


 私を連れて行った場所は、先ほどのリビングとは内観がかけ離れていた。

 そこには見たこともない代物ばかりがそろっているお店だった。


「魔道具専門店『ブレッシド・レイン』の従業員として、これからよろしく」


 そうして、私はこの店の従業員として働くことになった。

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