第40話 復活再生

 起き上がったナオヤは、筋骨隆々の巨人となり、ナオビと名乗った。

 そして、邪神の前に堂々と立ちふさがっている。


「キャアアアアアアアアアアア」


 邪神が叫びながら、ナオビに向かって矢のように飛んできた。

 漆黒の穴のような目が大きく見開かれて、振り乱した髪は闇夜の海で漂う海藻のようだ。

 そして、細く筋張った腕をナオビに向けて突き出してきた。

 その両手の爪は鋭く尖っていて、それをナオビの肩に突き立てようとしてきた。


「弱い!」


 ナオビは、邪神の手首を無造作に掴んだ。

 そして、そのまま力任せに引きちぎったのだ。


「ギャアアアアアアアアア」


 邪神が絶叫する。

 ナオビは邪神の髪を掴んだ。

 そして、引きちぎった邪神の手を、邪神の口に突っ込んで、無理やりに食わせている。

 さらに、暴れまわる邪神の首を掴み、勢いよくへし折った。

 ナオビの強さは圧倒的だった。


みそはらおう」


 ナオビは、邪神の腕を、付け根から折りねじ切った。

 その邪神の下の地面が鳴動し、唐突に渦巻く水が現れた。

 水量は増えていき、うねりをあげて、ぐるぐると渦巻いている。


「海かよ!?」


 真水ではなく海水だ。潮の香り、そして海の魚が飛び跳ねている。

 ナオビは、ゴウゴウと音を立てる渦に、ねじ切った邪神の腕や足を放り込んでいる。

 胴体を放り込み、最後に残った頭を放り込むと、渦は閉じて、山に戻った。


 すると、ナオビの体も縮んで、元のナオヤに戻ったのだった。


「おいナオヤ!なんだよそれは?」


「よくわからないです。記憶がぼんやりしていて…。僕がやったんですよね?」


「おまえだよ。いつの間にこんなことできるようになったんだよ?」


「わからないです。ちょっと混乱していて…」


 ナオヤは頭を押さえてフラフラとしている。


「オオナムチさんは?」


「あそこだ。助けられなかった」


 ムルが指した場所には、焼け焦げてうつ伏せに倒れた、オオナムチの死体があった。

 まだブスブスとくすぶっていて、煙が出ている。


「そ、そんな!?どういうことですか?」


 ナオヤが激しく動揺して、オオナムチの死体に駆け寄った。


「赤猪を命がけで止めたんだ。あいつはテマの町を救うために命を投げ出したんだよ。馬鹿野郎が…」


 ムルは泣いていた。


 すると、オオナムチの体が水色に光輝いている。


「なんだ!?」


 正確には、オオナムチの体の下のほうから光が出ていた。

 ムルは駆け寄って、うつ伏せに倒れているオオナムチの体をひっくり返してみた。

 すると、光っているのは、オオナムチの首飾りの勾玉まがたまだった。


「これも神具かよ!?」


 赤猪の業火ごうかを受けて、そのままの形を残している勾玉まがたまは、紛れもない神具である。

 勾玉から水色の光がほとばしり、あたりが見えないほどのまぶしさだ。

 すると、光の中から三柱の女神が現れた。

 サシクニワカ姫、キサガイ姫、ウムギ姫である。


 呆然と成り行きを見守るムルとナオヤの前で、サシクニワカ姫はオオナムチの体を起こし、キサガイ姫とウムギ姫は、貝殻に入った軟膏薬なんこうやくを、焼け焦げた皮膚に塗りはじめた。

 乳白色の軟膏薬なんこうやくが塗られた皮膚は金色に輝き、やけどが消えて、元のみずみずしい皮膚へとみるみる再生していった。


 そして、奇跡が起こった。


 死んでいたオオナムチが、目を開けたのだ。


「うぅ、よく寝た。ってあれ?」


 腕を伸ばし、寄り添う三柱の女神に驚くオオナムチ。


「生きてたのかよ!?」


「そうみたい」


 駆け寄るムルとナオヤに、笑顔で手を挙げるオオナムチ。

 三柱の女神たちは、輪郭がぼやけて消えかかっているようだ。


 サシクニワカ姫は、オオナムチに語りかけた。


「オオナムチよ。あなたは死を超えて再生したのです。大きな変化がわかりますか?」


「そういえばなんかみなぎってるな」


 オオナムチは、全身に力がみなぎるのを感じていた。


「その変化には意味があり、あなたは成すべきことを成さねばなりません」


「成すべきこと?」


「時間がありません。オオナムチよ、オオヤビコの助言を持ちてスサノオノミコトに会うのです」


「オオヤビコ?」


「南に行けば会えるでしょう。今すぐ行くのです」


 そう言うと三柱の女神は、スーッと消えてしまった。


「なんだったんだいったい!?」


「わかんないけど、なんとかなった感じ?」


「オオナムチさーん、大丈夫っすか!」


 タカヒコも駆けてきた。

 無事だったようだ。


 研究所はまだ火に包まれている。

 建物はほとんど焼け落ちていて、再建はかなり大変なことだろう。

 近くに行ってみたが、中央の神殿跡地も崩壊していた。

 邪悪なエネルギーもなにも感じなくなっている。

 問題は解決したと見てよいだろう。


「地霊を赤猪として暴走させたのか。完全に暴走していたらやばかっただろうな」


 オオナムチは、赤猪の猛威を思い出して、身震いした。


「そういえば邪神はどうなった?」


「ナオヤがバラバラにちぎって倒したぞ」


「えっ?ナオヤが?」


「うぅ、すいません。よく覚えていないんです」


「まあ、結果オーライでいっか。さてと…」


 すると、大勢の兵士が下から駆け上がってきた。

 その先頭には、ヤシマジヌミ将軍と、研究所で案内してくれたあの研究員がいた。


「研究所を襲撃したのはあの者たちです!」


「ほう、まさかとは思ったがやはり貴様らか!また会えたなオオナムチよ」


 ヤシマジヌミ将軍は、獲物を前にした鷹のように眼光を強め、唇の端を釣り上げた。


 研究員は、オオナムチたちの襲撃によって研究所が破壊されたと思い込み、下山してイズモ国軍に通報したのだ。

 オオナムチが町に入ったと聞いて、慌てて戻ってきていたヤシマジヌミ将軍がその場に居合わせて、こうしてすぐにテマ山山頂に駆け上ってきたのである。


「あまり会いたくなかったんだけど…。絶好調だからまいっか」


 そこでヤシマジヌミ将軍は、オオナムチたちと一緒にいるタカヒコに気づいた。

 矢を射掛けようとしていた兵士たちを制止した。


「む、そこにいるのはタカヒコか!?貴様オオナムチ、人質を取るとは下劣な!」


 ヤシマジヌミ将軍は、タカヒコを人質と勘違いし、武人にあるまじき卑劣な行為だと激昂したのだ。


「ちが…」


「待ってほしいっす!」


 オオナムチが否定しようとすると、タカヒコがそれを止めた。


「ああなった将軍は会話が通じないっす。俺が人質のフリをしますから、南に逃げるっす」


「わかった。恩に着る」


「タカヒコを引き渡せ!そうすれば楽に殺してやる」


「よし、受け取れ将軍!」


 そういうと、オオナムチはタカヒコを掴んでヤシマジヌミ将軍に放り投げた。


「ムルさん、ナオヤ、走れ!」


 オオナムチは、ヤシマジヌミ将軍と兵士を足止めするため鬼道の炎を撃ち出した。

 巨大な炎が研究所と山頂を広範囲に吹き飛ばし、炎と爆風が吹き荒れた。

 ヤシマジヌミ将軍と兵士たちは炎に焼かれて、後退せざるをえなかった。


「あれ、威力強くね?」


 思っていたより、はるかに巨大な炎が出たため、オオナムチは驚いた。

 足止めというレベルではない殺戮の炎が出たのだ。

 死と再生により、オオナムチの力は飛躍的に向上していた。


「おのれオオナムチ」


 ヤシマジヌミ将軍は、傷ついた兵士たちが多いため、追撃を断念し、テマの町まで撤退した。


 オオナムチは、イズモ国庁へ向かうのをあきらめ、サシクニワカ姫の言葉どおり、オオヤビコの助言を受けに行くことにしたのだった。


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