第38話 神殿跡の邪神

 オオナムチたちは、タカヒコの案内で、抜け道から研究所の裏に辿り着くことができた。


「ここから見る景色は最高っすよ!」


 タカヒコが下界を指さしながら得意げに言った。

 たしかに、テマ山山頂から見下ろす眺めは素晴らしかった。

 テマの町はもちろんだが、天気がよいので遠くの海まで見えるのだ。

 ミホ岬やヨドの港も見えている。


「そういうことか!」


「なにがだ?」


「壁の違和感だよ」


 景色を見ていたオオナムチは、壁の違和感の理由に気づいた。


「テマ山要塞の裏側のこの壁、逆なんだよ」


「逆ってなんですか?」


 ナオヤが不思議そうな顔で尋ねる。


「普通は、要塞の壁って、下から攻めてくる敵を防ぐためにあるだろ。だけど、このテマ山要塞の壁は、上から降りてくるのを防ぐようにできてるんだ」


 オオナムチの指摘どおり、このテマ山要塞の壁は逆向きに作られていた。

 壁に登るための階段が、下側にあるのだ。

 逆に山頂側からは壁に登ることができない。

 下から攻めてくる敵を防ごうと思ったら、この逆であるはずだ。

 これでは、下からの敵が簡単に壁に登ることができてしまう。


「ホントっすね。気づかなかったっす」


 この町で生まれ育ったタカヒコですら気づいていなかったようだ。

 表側の壁は普通だったので、この裏側の壁がおかしいということになる。


「タカヒコ、この壁は古いのか?」


「表側は新しいけど、こっちはかなり古いっす!研究所ができる前からあるっすよ」


「どういうことだ?昔は山頂からの何かを防いでいたんだろうか?」


「そういえば昔話は聞いたことがあるっす。テマ山には禍々まがまがしい赤猪が住んでいて、それを封じ込めていたのが神殿だっていう話っす」


「赤猪?それだ。赤猪レッドボア計画とも符号する。やはり、研究所の中央にある神殿跡に答えがありそうだ」


「どうやって入る?こっち側には入り口は無いぞ?」


 ムルはあたりを見回したが、入り口らしきものはない。


「よじ登ろう。みんな少し離れておいてくれ」


 オオナムチは、万宝袋まんぽうぶくろから鉤爪かぎづめのついたロープを出した。

 それを勢いよく振り回して、研究所の壁の上に放り投げた。

 鉤爪が壁の裏に引っかかったのを確認して、他のみんなを呼び寄せた。


「俺とムルさんで行ってくる。ナオヤとタカヒコは、そこの影に隠れて待っておいてくれ」


「ええっ!俺もかよ?」


 ムルはあきらかにびびりまくっていた。


「俺もいくっす!神殿跡に行ったことがあるのは俺だけっす!」


「そうか、じゃあタカヒコが行ってムルさんは待機しておいてくれ」


「お、おう。待機はまかせとけ!」


 ムルはほっとした表情で、ナオヤと一緒に壁の影に隠れた。


「手を滑らせるなよ」


「わかってるっす!」


 オオナムチとタカヒコは、ロープを伝いながら壁をよじ登っていく。

 石造りの壁は、ざらざらしていて登りやすかったが、崩れそうなので慎重に登っていった。

 壁の上に着くと、通路と部屋の大きさに天井があるが、中央は吹き抜けの中庭のようになっていた。

 覗いてみると、朽ちた神殿跡がある。

 そして、その神殿跡で、黒いローブをまとった女が、あやしげな祝詞のりとを唱えているところだった。

 女の前には、赤黒い巨大な炎が燃えさかっている。


「あれが女所長か?とんでもないな…」


 オオナムチの目の色が変わった。

 女の発する邪悪すぎる気に、オオナムチの顔がこわばった。

 女とはまだ距離があるが、見ているだけで気を失いそうだ。

 タカヒコは邪気にあてられて泡を吹いて痙攣けいれんしている。

 そして、倒れて大きな音が響いた。


「チッ」


 オオナムチは、慌ててタカヒコを引っ張って隠れようとした。

 しかし、一瞬遅かった。


 女が振り向いたのだ。


「おわっ」


 女が振り向いただけで壁が崩れた。

 瞳の無い黒い穴のような目がオオナムチを見据えている。

 表情はなく、感情は読めない。

 黒い髪が風も無いのに、ゆらゆらと宙を舞っている。

 ただひたすらに邪悪で、たたひたすらにやばいナニかだ。

 邪悪な気はどんどん膨れ上がっている。


「キャアアアアアアアアアア」


 女が絶叫した。

 壁が壊れてすべて吹き飛んだ。

 石塊が津波のように広がり、研究所の外周の半分が吹き飛んだのだ。


「あぶねえ、ってか、ひたすらピンチか!」


 オオナムチは前に飛んだので無事だった。

 後ろに逃げていたら、石塊でズタボロにされていただろう。

 瞬時にそう判断して、女のほうに向けて中庭に飛び降りたのだ。

 そして、タカヒコをその場に降ろし、逆側の神殿跡に走る。

 神殿の柱を盾にして、女と向き合う形になった。


「こんな柱、意味はないよな」


 万宝袋まんぽうぶくろから、真剣ハバキリを抜き放つ。

 対処は思いつかないが、できることからやるのだ。

 石塊くらいなら真剣ハバキリがあればどうとでもなる。

 しかし、目の前の女からは、どうしようない絶望を突きつけられていた。


 そう、目の前の女は邪神なのである。


「女所長は邪神かよ。おかしいなんてレベルじゃねーだろジジイ」


 『テマ山がおかしい』という山の神ジジイオオヤマツミの言葉を思い出したが、これはおかしいなんてレベルではない。

 いや、原初の神の一柱ひとはしらである山の神オオヤマツミほどの大神が、おかしいと感じるということは、これほどのことだったのだ。


 邪神は宙に浮いたまま、オオナムチに向かってゆっくりと移動してくる。

 黒い穴のような目と口は、深い闇への入り口のようだ。

 オオナムチは、邪神に押されてジリジリと下がる。

 これ以上、研究所に被害を出さないように、崩壊している場所を背にして下がっていった。


「まいったな…」


 オオナムチは、折れそうな心を保つのに必死であった。



 外で待機していたムルとナオヤは、飛び上がるほど驚いた。

 突然に研究所が半分吹き飛んだのだ。

 すぐ横の壁も、飛んできた石塊で破壊された。


 ムルが何事かと立ち上がると、崩壊した研究所から、剣を構えたオオナムチが、後退りをして出てくるところだった。

 そのオオナムチの剣の先には、邪神が宙に浮いていた。

 心の底から沸き上がる恐怖。

 ムルの隣のナオヤは、白目を剥いてガタガタと震えている。


 研究所からは火の手が上がり、研究員たちが続々と逃げ出している。


「どうなるんだよ…!?」


 ムルは震える声でつぶやいたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る