第37話 あやしげな研究所

「研究所までは、俺が案内するっすよ!」


 すっかり従順になったタカヒコは、オオナムチたちの道案内を志願した。

 とくに断る理由もなかったので、申し出どおりタカヒコに案内してもらうことになった。


「なんだか悪いね」


「オオナムチさん、いいっすよ!なんでもするっす!」


 こうして素直だと、年相応の子供に見える。

 士官学校をめちゃくちゃにしている素行の悪い生徒には見えないのだが、すれ違う人たちはタカヒコを恐れているのがよくわかった。


「ここが研究所入り口っす」


 町のはずれ、テマ山のふもとに、研究所入口はあった。

 ひと目見ただけでわかる強固な門に、衛兵が立ってこちらを睨んでいる。


「君たち、ここは立ち入り禁止だ」


「この通行証で入れませんか?」


 オオナムチは、アオハタサクサヒコからもらった通行証を見せた。


「どうぞお入りください」


 衛兵は通行証を見るなり態度を変えて、あっさりと通してくれたのだ。


「やっぱサクサのやつすげえな」


 ムルは、アオハタサクサヒコの通行証の威力に再び驚いていた。


「すごい警備だな」


 研究所までは6重の壁と衛兵が固めているとのことで、普通の警備体制ではない。

 40分ほど登って、やっと研究所の建物に着いた。


「ふぅ、足が折れるぜ」


 ムルは肩で息をしている。

 研究所は石造りの建物で、山頂をおおうほど大きなものだった。


「研究所内はわたしが案内させていただきます。中ではくれぐれもモノにれたり騒いだりしないでくださいね」


 研究所の中は研究員が案内してくれるということで、オオナムチを先頭に中に入った。


「ここでは地霊が大地に与える影響を研究しています」


 最初に案内された部屋では、20名ほどの研究員がよくわからない機材を使って研究をしていた。


「こちらは地霊が生物に与える影響を研究する部屋です」


 次の部屋では、やはり20名ほどの研究員が、魚の水槽やねずみ、犬、さまざまな生物の入った檻の前で、なにやら研究をしている。


 次の部屋では地霊が植物に与える影響を研究しているとのことで、やはり20名ほどの研究員が真剣に研究をしている。


「このテマ山は、地霊の力が強く、古くは神殿の神官たちが地霊と交信して鎮めていたようです。我々はそれをさらに進めて研究しているのですよ」


「それは危険な研究ではないのですか?」


「危険がまったく無いとは言い切れませんが、我々は危ない研究だとは思っていません」


 ここまでに見た研究内容に問題はなく、案内してくれた研究員の対応もおだやかで丁寧だ。

 どちらも完璧なのである。

 しかし、オオナムチは、そのことが逆に引っかかっていた。

 完璧すぎるのである。

 そこで、ストレートに問題をぶつけてみることにした。


「テマ山を噴火させる研究だという噂を聞いたのですが?」


「どちらでそのような噂を?悪質な噂を流す者がいて、我々も困っているのです。ご覧になられたとおり、そのようなことはありませんよ?」


「オオナムチ、なにもないんじゃないか?」


 案内の研究員の対応に、ムルは研究所には何もないと判断をした。

 これ以上聞く意味は無いとオオナムチに提案したのだ。


「では、質問を変えます。今まで案内していただいた研究室は、この建物の外周の通路沿いにあったと思うのですが、この建物の中心はどうなっているのですか?」


 オオナムチは、案内を受けながら、この研究所の間取りについて考えていた。

 通路は建物の外側をぐるりと一周する形で、その途中に研究室があり、中央部には足を踏み入れていないのだ。

 オオナムチは、研究員の態度に変化が無いか注意深く見つめた。


「よく気づかれましたね。この建物の中央部は神殿跡でして、使っていないのですよ。今は入れなくなっています」


「わかりました。では、最後に。所長さんと会わせてもらうことはできますか?」


「所長ですか?ただいま外出しております。それでは、そろそろよいでしょうか?わたしも研究がありますので」


「わかりました」


 オオナムチたちは案内の礼を言って研究所を出た。

 下山して、最初の門を出る。


「オオナムチ、ちょっとしつこかったんじゃないか?」


 ムルがオオナムチをたしなめる。


「いや、ムルさん。やはりあそこにはなにかあるよ。中央の部屋について聞いたときと、所長に会わせてくれって言ったとき、わずかに動揺していたからね。それに、中央から人ではない邪悪な気配がしていた。もし、それが所長だとしたら、これはかなり大変なことだと思う」


 オオナムチは、あっさりと引き下がったが、研究所でおかしなことをしていることに確信を持ったので、一旦引き下がったのだ。


「僕もそんな気がします。なにもしていないのに涙が出てきました。あそこはおかしいです」


 ナオヤもなにかを感じていたという。


「もう一度行っても、これ以上は見せてもらえないだろうな」


 オオナムチは、どうやって調査しようか考え込んでいた。

 アオハタサクサヒコの通行証の威力で一度は入れたものの、二度目はさすがにむずかしいと考えたからだ。


「もう一度行くっすか!オオナムチさん、俺についてきてくださいっす」


「ん?」


「この町は俺の庭っす。正門がダメでも抜け道があるっすよ!」


 この町で生まれ育ったタカヒコにとって、テマ山山頂は遊び場だった。

 そのため、山頂への抜け道を知っているというのだ。


「ここから入るっす」


 来た道を少し戻り、小川の横の塀のでっぱりを慎重に歩いて進んでいくと、要塞の壁が崩れている場所があった。

 タカヒコ、オオナムチ、ムル、ナオヤの順番で、壁の穴をくぐって要塞の中に侵入した。


「ここからは登山っすよ!」


 足を滑らせないように注意しながら、斜面をよじ登っていく。

 途中に高さ4メートルほどの壁が三箇所あったが、タカヒコがそれぞれの抜け道をおしえてくれた。


「うーん、この壁おかしいよな」


「どこが?」


「わかんないけど、なんかおかしいんだよ」


 オオナムチは壁に違和感を感じたが、それがなんなのかはわからなかった。


「この壁を抜けると、さっきの研究所の裏側っすよ」


 そして、ついに山頂の研究所の裏までやってきたのだった。

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