第36話 謎の計画

「誰だおっさん!?」


 武装した生徒たちの中のリーダー格らしき少年が、勢いよく怒鳴りつけてきた。

 さすがに豪族の子息が多いというだけあって、生徒たちの装備はよいものなのだが、その中でもひときわ目立つ重装鎧の少年だ。

 生意気を絵に描いたような顔をしている。


「タカヒコ君、君たちの先輩にあたるムル君だよ」


 ミチオ先生が立ち上がって、生徒たちにムルを紹介した。


「ムルって誰だよミチオ!知らねーよ!」


「ムル君は、東方方面軍軍団長なのだよ」


(いや、違うけどな…)

 ムルは苦笑しながら前に出た。

 ムルは軍団長ではなく、そのはるかに格下である部隊長である。

 しかし、これだけ派手に紹介されてしまうと、訂正するのも恥ずかしい。


 生徒たちも、ムルが軍団長ではないことに気づいているようだ。


「嘘だろ。なんの軍団長だよ。村人軍団か?そっちのやつは泣いてるぞ!」


 タカヒコと生徒たちは、ムルたちをバカにして笑っている。

 それもそうだろう。

 部隊長としては装備がいいムルだが、軍団長ほどではない。

 そして、両隣に控えているのは村人っぽい軽装の二人なのだ。

 豪族の子息たちなので、そのくらいの見分けがつくのである。


 すると、オオナムチが一歩前に出た。


「人を見た目で判断するものじゃないな」


 オオナムチが軽く威圧すると、タカヒコは気圧されて下がった。


「なんだよ!?村人のくせに俺らに逆らうのか?」


「やめとけ!オオナムチ」


 ムルが制止すると、タカヒコの顔色が変わった。


「オオナムチって?鬼神を配下にしたオオナムチさんっすか!?」


「ん?鬼神ってミナのこと?」


 タカヒコや生徒たちの態度がガラリと変わった。


「おい、本物だよ!」


「鬼神を呼び捨てって、どんだけ大鬼なんだよ」


「サルダヒコ元帥と引き分けたあのオオナムチさんかよ?」


「海人族の船団を一人で殲滅せんめつしたって聞いたぞ」


「イナバ国の大将軍を一騎打ちで倒したらしいな」


「イナバ国といえばアレだろ。あのヤガミ姫と婚約したんだよな」


「たしかにイケメンだわ」


 オオナムチの噂は、この町にも届いていたのだ。

 生徒たちは整列して、かしこまっている。


「オオナムチさん、すいませんっした!自分、オオナムチさんを尊敬してるっす」


 タカヒコはキラキラした目でオオナムチに言った。


「え?ああ、そうなの?」


「ムルさんでしたか?オオナムチさんの仲間なんすよね?失礼なこと言ってすいませんっした!」


「わかればいいんだよ」


 タカヒコの変わり身に、さすがのムルも苦笑している。

 この妙な空気を変えようと、テマ山のことを聞いてみることにした。


「ああ、そうだ。ミチオ先生。俺たちは調べ物をしてるんだけど、聞いてもいいか?」


「いいとも。ムルくんなにかね?」


「俺たちは、テマ山の調査に来ている。最近なにか変わったことはないか?」


「わたしはとくにないが、みなさんは何かありますか?」


 ミチオ先生は、生徒たちに聞いた。


「おい!おまえら、何か知らないか?オオナムチさんに協力しろや!」


 タカヒコが生徒たちに言うと、一人の生徒がオオナムチの前に出てきた。


「うちの親がテマ山の研究所で働いていますけど、最近おかしいです」


「詳しく聞くことはできるかな?」


「いいですよ。ちょうど家にいるので、来ますか?」


「じゃあ頼むよ」


 オオナムチたちは、生徒の一人に連れられて、研究所で働いているという人に話を聞きに行くことになった。

 生徒の父親は、三ヶ月前に研究所に入ったらしいのだが、ここ一ヶ月は休んで家に閉じこもっているらしい。

 何かに怯えているようなのだが、家族にも話してくれないということだった。


「軍の者に話すことなどない。帰ってくれないか?」


 家に着いて話を聞こうとしたが、研究所で働いているその男は、ムルが軍の者だと聞いて動揺どうようし、おびえて何も語ろうとしない。


(かなり怯えているな…)

 オオナムチは心を読もうとしたが、強い警戒で心を閉ざしている。

 しかし、軍に怯えているだけでなく、研究所にも強い嫌悪感けんおかんを持っていることはわかった。

 そこで、聞き方を変えてみることにした。


「わたしたちは山の神オオヤマツミの依頼で、このテマ山の調査に来たのです。研究所でなにかよからぬことが行われているのではないですか?」


「そ、それは…。あなたたちは軍の者ではないのか?」


 山の神オオヤマツミの名を聞いて、男の態度があきらかに変わった。そこで、オオナムチはさらに問いただした。


「あなたが休んでいるのは、そのよからぬことに反対しているからではないのですか?話していただければ、協力できることがあると思います」


「わかった。とりあえず家に入ってくれ」


 家に入ると、男はせきが切れたように早口でしゃべりはじめた。

 本当は、抱えている悩みを誰かに話したかったのだろう。


 男の話によると、テマ山山頂にある研究所は、軍が作った施設らしい。

 最初は、古代の神殿跡地を使って、地霊や神霊の研究をしていたそうだ。

 それは悪霊をしずめ、地力を高めるための研究であり、一定の成果は出ていたという。


 しかし、新しく来た女所長が指揮するようになって、研究内容が変わってきたのだという。

 現在、研究所で行われている赤猪レッドボア計画は、軍の依頼している研究からは、かけ離れたものになっていて、今は軍からも不審に思われているらしい。


「あれは悪魔の計画なのです」


 男は頭をかきむしりながら苦悩くのうの表情で続けた。


赤猪レッドボア計画とは、地霊を操って地脈を暴走させて、テマ山の噴火ふんかによって、このテマの町を滅ぼすという研究なのです。わたしはおそろしい…」


 男はそこまで一気にしゃべると、水を飲んで震えている。


「その女所長は、なぜそんなことをしようとしているのですか?」


 オオナムチは不思議に思って聞いてみた。

 イズモ国の研究所が、国内の町であるテマ町を滅ぼそうとするのは、どういう目的や意味があるのか、まったく考えつかなかったからだ。


「わかりません。わからないからおそろしいのです。あの女…所長は狂っている」


「その女所長に会うことはできますか?」


「わかりません。わたしにはわかりません…」


 男は怯えきってしまい、それ以上どうにもならないようなので、オオナムチたちは、自分たちだけで研究所に行ってみることにした。

 もちろん、どうにかなるだろうという楽観的観測である。


「ま、行ってみよう」


 オオナムチたちはテマ山山頂の研究所に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る