第35話 テマ町士官学校

「オオナムチ、もう無理…おぶってくれよ」


「またかよムルさん、まだ出発したばかりだぜ?」


 神域の洞窟を出て、山の神オオヤマツミの依頼でテマ山に向かうオオナムチたちだが、走り出してすぐにムルはギブアップした。


「おまえらは異常なんだって…速すぎるんだよ」


 人に見られることが無い神域では普通に走ることにしたのだが、ムルはついてくることができなかった。オオナムチとナオヤの普通の走りは、普通ではないのだ。


 仕方がないので速度を落とした。

 山を降りて、川を渡り、さらに山を越えて降りると、テマ山がある平野に出た。


 あたり一面に水田が広がっていて、秋の収穫に向けて稲が青々と育っている。

 そこかしこに、草取りをしている農民たちの姿も見える。

 テマ山要塞があるこの地域は治安がよく、イズモ国の中でも安全な場所である。

 町には人が集まってきて、どんどんと発展しているのだ。


「あれがテマ山だよね?」


「そうだ」


 山の神オオヤマツミが住む神域の山には、はるかに及ばないが、山並みの中でひときわ高い山。それが目的地であるテマ山だった。


「あれ?頂上になにかあるね」


「ああ、軍の研究施設だ。元々は古い神殿があったらしいが、今は極秘の研究が行われているって噂だな」


「ムルさんも知らないの?」


「俺は武官だからな。研究施設のことは、まったくわからん。サクサなら知ってるかもな」


「ふぅん、ジジイが言ってたのは、それかなあ」


「わからんな。まあ、テマ山の下は町だ。そこで情報収集といこうや」


 しばらく歩くと、テマの町が見えてきた。

 テマ山のふもとに位置する町で、オウの町へ向かう街道の城下町でもある。

 環濠かんごうと壁に囲まれた城塞都市であり、背後にはテマ山要塞が控えている。

 有事の際は、テマ山要塞に逃れることもできるという安心感が、町のにぎわいの大きな理由となっていた。


「この通行証でいいですか?」


 町の入り口の門番に、アオハタサクサヒコからもらった通行証を見せると、あっさりと町に入ることができた。

 ヤガミ町に入ったときとは大違いである。


「アオハタサクサヒコ大臣より申し使っております。それと、宿が用意してありますので、まずはそちらへお入りください。街道をまっすぐ行って中央のサクサ亭です」


 しかも、アオハタサクサヒコの名で、ムルたちの宿まで手配してあった。

 サクサ亭という名前から言って、アオハタサクサヒコが経営しているのかもしれない。


「やっぱあいつはおそろしいやつだな。テマ町に寄るなんて一言も言ってないのに。むしろ、俺はこの町は飛ばそうと思ってたくらいだからな。山の神オオヤマツミ様に言われなきゃ来てないし」


 ムルは、アオハタサクサヒコの慧眼けいがんを、ひたすらおそろしいと再認識していた。


「あれだね。看板が出てる。でかいな」


 オオナムチたちは受付を済ませて、そのまま少し早い昼食にすることにした。

 サクサ亭の一階は、食堂になっていて、10名ほどの客が食事をしている。


「さて、どうするか。知り合いもいないことはないが…」


 現時点でわかっている情報は、山の神オオヤマツミの『テマ山がおかしい』という言葉だけである。

 はたして何がどうおかしいのか、オオナムチたちは、それをどう調べるのか話し合っていた。


「ヤガミ町のときみたいに酒場で情報収集かな?」


「それもありだな。でもまあ、それは夜だ」


 ムルはおにぎりを両手に持ちながら答えている。

 ムルの好物はおにぎりであり、テマの米はおいしいと評判なのだ。


「いやあ、うまかった」


「とりあえず町に出てみるか」


 オオナムチたちは宿を出て歩きだした。

 通りにはたくさんの人通りだ。


 すると、人のよさそうな初老の男性が話しかけてきた。


「おや、ムル君じゃないか?」


「ミチオ先生!?」


「卒業以来だね。たしか、君は東方方面軍だったかな?」


「いやまあ…」


 ミチオ先生は、ムルが士官学校に通っていた頃の恩師である。


「ムル君は優秀だったからね。さぞかし出世したのだろう?いや、そうだ。当ててみせよう」


 そう言うと、ミチオ先生は、ムルやオオナムチ、ナオヤのことをジロジロと見て、なにやら考え込んでいた。


「わかった。そういうことかね…」


「え?なにが?」


「ムル君は軍団長だね。そして、そちらの二人は、うちの学校に入れるつもりだね?」


「え?」


 ミチオ先生は、とてもよい人なのだが、思い込みが激しかった。


 まず、ムルは成績優秀だったので、軍団長くらいにはなっているだろうと推理した。

 そして、東方方面軍のムルが、このテマの町で軍人には見えない若者二人を連れている。それは、士官学校に若者二人を入れるためなのだと推理したのだ。

 近年、生徒不足に悩んでいるので、希望的観測が多分に混ざっている推理である。


「それならば早速、編入試験といこう。ついてきたまえ」


 そして、ミチオ先生は、ものすごく強引だった。

 さらにせっかちなのである。


「では、学校で待っているよ!」


 そう言うと、そそくさと歩いて行ってしまった。


「いや、まいったな…」


 ムルは困った顔でつぶやいた。

 ミチオ先生が言い出したら聞かないのは、よく知っていたからだ。


「オオナムチ、ナオヤ、すまんが、ちょっと付き合ってくれ。俺はミチオ先生には頭が上がらないんだ」


「学校に行くの?」


「ああ、そこで誤解を解こう。まあ、テマ山の情報収集もできるだろう」


「いいよ。学校に行ってみたかったし。ナオヤもいいよな?」


「はい」


「それと、すまないが俺の従者ってことにしといてくれ。おまえらの説明がややこしいから」


「いいよ」


 器の大きいオオナムチにとって、ムルの頼みは簡単なことなのだ。

 オオナムチたちは学校に向かって歩き出した。


「ムルさん、学校ってどんなところ?」


「豪族の子息が多いな。士官学校はエリート要請校だから。軍事、政治、帝王学なんかをおしえてもらえるところだ」


「こわいところじゃないですよね?」


 ナオヤがおどおどしながらムルに聞いた。


「名門だから、どちらかというとおとなしい学校だ」


「よかったです」


 ナオヤはほっとした表情で胸を撫で下ろしている。


「ムルさん、学校ってアレか?」


「そうだ。って、ん!?」


 ムルは驚愕きょうがくした。

 そこにはムルの知っていた名門の見る影もなかった。


「学校って戦場じゃん」


 オオナムチはつぶやいた。


 壁や校舎はボロボロで、ところどころ火の手が上がっている。

 敷地の中では、旗を掲げた軍勢が小競り合いをしているし、まさに戦場そのものなのだ。


「学校ってこんなところなんですか?こわいです」


 ナオヤは震えながら泣いている。


「いや、こんなところじゃないぞ!?」


 敷地に足を踏み入れたムルは、さらに驚いた。


 先に行ったミチオ先生が、血だらけで倒れている。

 そして、武装した生徒たちに囲まれていたのだ。


「いやあ、ムル君。ちょっと助けてくれないか?」


 テマ士官学校は、荒れていた。


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