第33話 ヤシマジヌミ将軍の襲撃

 オオナムチたちは、海から少し内陸に入った平地を、西に向かって歩いていた。

 道なき道だ。

 時折、田畑を見かけるが、多くは荒れ地か湿地だ。


「走らないんですか?」


 ナオヤは隣で歩いているオオナムチに聞いた。


「ゆっくり景色を楽しもう」


 オオナムチは、はじめての景色を楽しんでいた。

 時折、農作業をしている者や、海に漁に向かう者を見かけるが、ほとんど人には合わない道のりだ。

 夏のからっとした風が吹き抜けていく。

 かすかに海の香りがした。


 すでにイナバ国を出てイズモ国の勢力圏内せいりょくけんないである。

 海に近いところと山沿いには点々と集落があるが、このあたりは、イナバ国とイズモ国のどちらかに属する村、どちらにも属さない村があるらしい。


 つまり、どこにイズモ国の目があるのかわからない。

 見つかると、厄介なことになりかねないとオオナムチは考えていた。

 行き交う者も少ないこの場所で急いでいると、あやしまれるおそれがある。

 そこで、目立たないように、あえてゆっくりと歩いて来たのだ。

 また、時間をずらすことで、待ち伏せを防ぐ狙いもあった。

 ちなみに、ムルが走るのを嫌がったという理由もある。


「オオナムチ、今夜はどうする?次の町で宿をとるか?」


「いや、そろそろ山に入りましょう。イズモ国の追手の裏をかきましょう」


 オオナムチは、次の港町を前にして、山に入ることを提案した。

 カロ港を出たヤシマジヌミ皇子が、次の港から平地を探すだろうと考えたからだ。

 ムルは山での野宿を嫌がったが、ヤシマジヌミ皇子とイズモ国兵士と出会うのはもっと嫌なので、渋々ながら山に入ることを了承した。


 ここでもオオナムチの読みは当たっていた。

 ヤシマジヌミ皇子と兵士たちは平地で待ち伏せをしたのだが、オオナムチたちは現れず、またしても空振りに終わったのだ。



 夜になった。

 オオナムチたちは焚き火を囲んでスープを飲んでいる。

 岩がくぼんでいるところに木で囲いを作って、まわりから見えにくくして火を焚いている。

 スープは、オオナムチが万宝袋まんぽうぶくろから道具や材料を出して作ったものだ。


「その袋、食い物も入ってるのかよ!?」


 ムルは、ますます万宝袋まんぽうぶくろがほしくなった。

 ナオヤは静かにスープを飲んでいる。


 すると、オオナムチが立ち上がって、神剣ハバキリを抜いた。


「しまったな。どうやらヤシマジヌミ将軍とやらをなめていたようだ」


 次の瞬間、矢が雨のように降り注いだ。


「せいっ」


 オオナムチが神剣ハバキリを振り回して、飛んでくる矢を斬り落とした。

 万宝袋から大盾を出して、ナオヤに渡す。

 ナオヤが大盾を持つと、そこに何本もの矢が当たって弾かれた。


「ふう、間に合った」


 オオナムチは次々に降り注ぐ矢を斬り落としている。


「おい!俺の盾は!?」


「ひとつしかないから、ムルさんは自分でなんとかして」


「マジかよ!ちくしょう」


 ムルは戦斧を盾にして矢を防ぐと、そのまま回転しながら飛び出した。


「ヘイヘイホー!」


 ムルはまわりの木を戦斧で切り倒して、バリケードを築いたのだ。


「やるなムルさん。ナオヤ、退くぞ!」


 矢は、正確にこちらを狙って打ち込まれている。

 相手からはこちらが見えているが、こちらは相手の人数もわからない状態だ。

 オオナムチは、一度退いて、相手を見極みきわめることにした。


「そうはいかぬ!」


 ヤシマジヌミ将軍の棍棒こんぼうが、ムルが作った倒木のバリケードを吹き飛ばした。

 飛んできた倒木がナオヤを大盾ごと跳ね飛ばし、ナオヤは三回転して岩に当たって意識を失った。


 ヤシマジヌミ将軍の棍棒は、神木を削り出した神話級武器ミシカルぶきである。

 その棍棒は、硬くて粘りがあり、金属の武器では刃が立たないものとされていた。


 ヤシマジヌミ将軍の背後には、20名ほどの精兵が控えていたが、それらは弓の構えを解いた。

 ヤシマジヌミ将軍の戦いを邪魔しないためにである。

 こと戦いにおいて、ヤシマジヌミ将軍に全幅の信頼を置いているのだ。

 それは、信仰に近いほどのものだった。


「勝負だオオナムチ!」


 丸太のような足を地面に打ち込み、地響きを起こしながらヤシマジヌミ将軍がオオナムチを襲う。

 右から五撃、左から三撃の打撃が刹那の間に飛来する。オオナムチは神剣ハバキリを合わせるが、ことごとく打ち負けて下がらされていた。


「いや、厳しいな」


 打撃の圧力に口の中を噛んだのか、オオナムチの口から血が流れている。


「どうしたオオナムチ!こんなものではなかろう!?」


 ヤシマジヌミ将軍は怖い顔で笑っている。


「次は加減なしだ。生きてみよ!」


 さらに二撃、逆に振りかぶっての一撃は、受け流そうとするも、その方向に棍棒を切り替えされて、無防備な腹に直撃を受けてしまった。

 オオナムチは大きく吹き飛ばされて、尻餅しりもちをついた。


「死んだな」


 ヤシマジヌミ将軍は勝利を確信して追撃しなかったが、オオナムチはゆらゆらと立ち上がった。


「強いな!おっさん」


 オオナムチは口の中の血を吐き出した。

 今度は口の中を噛んだとか、そういうレベルではない。

 オオナムチの内蔵は損傷し、立っているのが奇跡のような状態だった。


「貴様こそ我が一撃に立つとはおそるべし」


 ヤシマジヌミ将軍は、本当に驚いていた。

 この手応えの打撃を受けて、まさか立ち上がってくるとは思わなかった。

 棍棒の一撃を受けて絶命しなかったものはいないからだ。

 しかし、同時に、やはりここで討ち取るべきだと確信した。


 神剣ハバキリを杖のようにして、かろうじて立っているだけの瀕死のオオナムチの目は、まだ闘志を失ってはいない。

 この状況でどうなるものでもないと思うのだが、自分の勝利を信じて疑わない男の目だ。


 ヤシマジヌミ将軍は、その目を、ほんの一瞬だがおそれてしまった。

 ヤシマジヌミ将軍は怒った。

 おそれた自分が許せなくて、激昂げきこうした。


 そして、オオナムチへのとどめの一撃を振りかぶったとき、突然にあたりが爆発した。


 なにか巨大なものが遠くから飛んできて爆発したのだ。


「間に合ったか…」


 オオナムチは、糸が切れた人形のように座り込んだ。

 そのオオナムチの前には、岩のような筋肉に覆われた巨神が立っていた。


「わしの山を騒がすは、アメノコヤネか!?」


 巨神は首を鳴らして、ヤシマジヌミ将軍をにらみつけた。

 スキンヘッドに濃い眉毛、その下には見る者をすくませる眼光。

 への字にむすんだ口と、針山のようなヒゲ。

 立っているだけで暴力と呼べる存在。


 山の神のジジイオオヤマツミである。


 オオナムチは、ヤシマジヌミ将軍が追ってきたときの保険として、神域の山で野宿をしていたのだ。

 この神域で騒ぎを起こせば、山の神オオヤマツミが飛んでくることを、オオナムチは計算していたのだ。

 そして、その計算が功を奏した。


「そ、祖神オオヤマツミ様!?」


 ヤシマジヌミ将軍は、三歩下がった。

 ヤシマジヌミ将軍はスサノオ大王の御子神であるが、母神であるクシナダ姫の親、テナヅチ、アシナヅチはオオヤマツミの子である。

 つまり、オオヤマツミは、ヤシマジヌミ将軍の曾祖父に当たるのだ。


「おや?国津神か?クシナダの子か?」


「は、はい」


 さしものヤシマジヌミ将軍も冷や汗をかいている。

 オオナムチはジジイと呼んでいるが、山の神オオヤマツミとは、それほどの大神なのである。


「それと、オオナムチか。なんだ?負けたのか?」


「負けてねーよ!ジジイ!これから逆転するところだっての!」


 山の神オオヤマツミは、オオナムチのへらず口に笑っている。


「クシナダの子よ。オオナムチはわしが育てた子だ」


「そ、そうなのですか?」


「戦うのも殺すのも構わんが、よそでやれ。今日はわしに免じて退け」


「わ、わかりました。者共、退くぞ」


 ヤシマジヌミ将軍は、悔しげな表情を浮かべながらも、兵をまとめて退散した。


「いやあ、死ぬかと思ったわ」


 オオナムチは血だらけの顔で笑った。


 ムルとナオヤも気絶しているが、オオナムチたちはなんとか生き残ったのだった。

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