第32話 裏の裏が表

 イズモ国からの使者アオハタサクサヒコが訪れた翌日、オオナムチたちはイナバ国を出発することになった。

 旅支度をしたオオナムチ、ムル、ナオヤの三人が、町はずれの門で、見送りの人々と挨拶を交わしている。

 見送りの列には、イナバ国王や大臣の顔もあった。


 この旅が長くなるだろうことは、誰もが口に出さないが感じているようだった。


「ヤガミちゃんは来ないって…」


「そっか」


 ルウの言葉に、オオナムチは寂しく返事をした。

 出発の前に挨拶あいさつをしたかったからだ。

 ヤガミ姫は、オオナムチとの別れを深く悲しみ、部屋に閉じこもっていた。


 オオナムチは女性が苦手だ。

 しかし、そのオオナムチが話しかけたくなるほどの魅力が、ヤガミ姫にはあったのだ。

 ヤガミ姫もイナバ国王に溺愛された超箱入り娘であり、恋愛禁止のスーパーアイドルとして育てられたので、どうしていいかわからず、遠くからそっとオオナムチを見ているだけのことが多かった。


 ルウは、そんな二人を見てじれったかったのだが、そっとすることにしていた。

 あきらめないといけないと思いながらも、オオナムチへの好意は消えてはいないし、ヤガミ姫のことは大切な親友だと考えていたからだ。


「オオナムチくんが帰ってくるまでに、もっといい国にしておくね」


「ああ、俺も世界を学んでくるよ」


「あんまりいろんな女の子を泣かしたらダメだからね」


「そ、そんなことしないよ」


 オオナムチとルウは笑顔で固い握手をした。

 ムルはルウと握手をしようと手を差し出したが、軽く無視されて悪態をついている。

 イナバ国王に頼んで解放してもらったナオヤは、それを見てほほえんでいた。


「いろんなことがあったな」


 オオナムチは、イナバ国の王城に滞在したこの期間に、大きく成長していた。

 イナバ国王や、国を動かしている人々と過ごすことで、人々の暮らしや国について考える場面が多かったからだ。


 イナバ国には、世界中からたくさんの人が集まっている。

 神域の山で育ったオオナムチは、これほど多くの人が暮らしているのを見たのは、はじめてだった。

 王都であるヤガミの町では、人々の職業や暮らしぶりは多様だ。

 皆が同じような暮らしをしているアオキ村とは大きく違っていた。

 オオナムチは、人々のそれぞれに個性があり、価値観があり、その人なりの暮らしと理想の生き方があるということを、実態として感じることができた。

 これが、国という単位で考えると、もっと複雑になるのだろう。

 オオナムチはそう考えたが、なぜだかそこにもワクワクしていた。

 そして、もっと世界を知りたくなったのだ。


「イナバ国はイズモ国と敵対することはない。くれぐれもよろしく伝えていただきたい」


 イナバ国王は、オオナムチたちに念入りにそう繰り返した。

 王城に務める者たちも、皆がオオナムチとの別れを惜しんでいた。

 オオナムチの大きな器は、自然と人々を魅了してしまうのである。


 オオナムチたちが出発しようとすると、アオハタサクサヒコが声をかけてきた。


「わたしはあと半日滞在しようと思う。オオナムチ殿、オウ国庁で会えるのを楽しみにしているよ」


 アオハタサクサヒコは、カロ港で待ち構えるヤシマジヌミ皇子と兵たちに、オオナムチたちの出発の時間を悟らせまいと、遅れて戻るつもりなのだ。


「いろいろとありがとうございます」


 オオナムチは、その心遣こころづかいを察して、アオハタサクサヒコに深く頭を下げた。


「オオナムチ、行くぞ!」


 先導のムルが歩き出した。


「みなさん、また戻ってきます」


 オオナムチは、集まる見送りの面々に手を振ると、振り返ってムルの後を歩き出した。


(末恐ろしい器だ。次代の覇王と噂されるのも納得する。ヤシマジヌミや武官がおそれるはずだ…。まあ、だからこそイズモ国に欲しいのだけどね)

 アオハタサクサヒコは、オオナムチの背中を見送りながら、そんなことを考えていた。



「ムルさん、ここで海に向かってルートを変えよう」


「なぜだ?サクサが海ルートはよくないって言うから山ルートで来てるんじゃねーか?なぜ待ち伏せがある海に戻るんだ?」


 ムルは、ヤシマジヌミ皇子と兵の待ち伏せや、海人族に気をつけろという忠告を受けて、山越えルートでイズモ国を目指そうとしていた。

 しかし、歩き出して30分ほどで、オオナムチはルートを変えようと言ってきた。


「海沿いの平野を行こう。裏の裏をかくのさ。海で待ち伏せしてるってことは、山ルートにも待ち伏せしている可能性が高いと思うんだ」


「まあ、おまえがそう言うなら、それでいいわ。平地なら敵がいても見えるしな。その代り、敵はおまえが倒せよ」


「うん」


 オオナムチたちは、山越えルートからはずれて、海沿いの平地に向けて歩いて行った。


 オオナムチの予想は当たっていた。

 ヤシマジヌミ将軍は、アオハタサクサヒコがカロ海岸での待ち伏せを、オオナムチたちにばらすことを見込んで、兵を二手に分け、自身は山越えルートで待ち伏せていたのだ。

 しかし、この待ち伏せは失敗に終わり、ヤシマジヌミ将軍は、悔しがることになったのだった。


 ヤシマジヌミ将軍が待ち伏せをあきらめてカロ港に戻ると、ちょうどアオハタサクサヒコがイナバ国から帰ってきたところだった。


「おい!オオナムチはどこだ?」


 ヤシマジヌミ将軍がアオハタサクサヒコに怒鳴るが、アオハタサクサヒコは動じていない。


「半日も前に町を出ていたよ。君のところに来なかったのかい?」


「山には現れなかったぞ!?どこへ行った?」


「さあ、僕にはわからないね。では、疲れているので休ませてもらうよ」


 アオハタサクサヒコは、オオナムチの慧眼けいがんに感心していた。

 カロ港で待ち伏せしていると伝えたのは、正解の半分なのだ。

 もう一方の兵が山で待ち伏せすることは、あえて伝えていなかった。

 オオナムチがイズモ国庁に辿り着けるかどうかは、試験の意味もあるのだ。


 しかし、はじめから山での待ち伏せを伝えないつもりはなかった。

 会って言葉を交わし、思っていた以上にオオナムチが聡明なことを感じて、試してみたくなったのだ。

 そして、思ったとおり、オオナムチはその試験を越えてきた。


「面白くなるね。オウ国庁で会えるかな?」


 アオハタサクサヒコは自分用の船室に入って一人になると、誰ともなくそうつぶやいて笑った。

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