第25話 求婚の義

 オオナムチたちは食事をしていたが、求婚の義の時間が来たので王城の受付に行った。


 ムルはすでにルウのことは忘れていた。

 自分の利益と欲望にのみ忠実なムルは、ある意味、とても純粋だといえよう。

 純粋なゲスだけど…。


「求婚の義は広場で行われる」


 王城の前の広場の奥にやぐらが組んであり、広場のまわりを観客が取り囲んでいる。

 あまりににぎやかなので、ムルは驚いた。

 もっとこう静かな雰囲気での求婚を想像していたからだ。


 ヤガミ姫への求婚の義は、一般公開されている。

 ある意味、祭りである。大八洲おおやしまに轟く美姫びきに、男たちが求婚するというこの儀式は、イナバ国でもっとも人気のあるエンターテイメントショーなのだ。

 ちなみに今まで6万人もの男たちが求婚したが、全員が玉砕している。


「おいおい、屋台まで出てるじゃねーか!まるっきり見世物かよ!」


「ムルさん、がんばってね!」


「おまえもしっかり従者をしろよ!俺の足を引っ張るんじゃねーぞ!」


「わかった」


 オオナムチは、真面目である。

 仲間に頼まれたことは、全力で答えたいと思っている。

 しっかりと従者役をこなして、ムルの求婚を成功させたいと思った。


 ムルと荷物持ちのオオナムチは、広場の中央に進んだ。

 他にも50人くらいの候補者がいて、誰もが神妙な顔をしている。


「貢物を比べよ!」


 文官の合図で、それぞれの貢物が候補者の横に並べられた。

 ムルの貢物が載った巨大な荷車が、圧倒的に目立っている。


「よし!首位通過だろ!」


 財力はヤガミ姫の婿候補として重要なポイントである。

 ムルはここに全財産を賭けたのだ。


 貢物が多い順に、10名が残された。

 ムルは首位で通過した。

 全財産を使っても、ヤガミ姫に婿入りすれば勝ちだ。

 ムルは文字通りすべてを賭けたのだ。


 貢物はすべて国庫に入れられるわけだが、これらの貢物は、イナバ国の大きな収入源となっていた。

 ある意味、産業なのである。

 ヤガミ姫はそれほどの破格の魅力の持ち主だった。


 次に筆記試験である。

 ヤガミ姫の婿になるということは、イナバ国皇太子となり、やがてはイナバ国王になるということである。

 そのためには高い知力が求められるのだ。

 ここで5名が脱落するのだが、ムルはここでも首位で通過した。

 普段は悪事にしか使わないので評価が低いのだが、ムルの知能は高いのだ。


「ムルさん、すごいな」


「当たり前だろ。次が求婚権利獲得のための最終試験で、武力試しらしい。ここからヤガミ姫がお目見えするらしいぞ」


 今までのところでは、ヤガミ姫は会場に出てきていない。

 盛り上がる戦闘の段階になって、やっとお目見えするのだ。


 楽隊により、優雅な音楽が奏でられると、会場は静まり返った。

 ヤガミ姫の登場だ。


 6名の女戦士が先導して、ヤガミ姫が現れた。

 歩く姿も美しく、色とりどりの花がこぼれるようなオーラをまとっている。

 薄いベールのようなもので顔がよく見えないが、とてつもなく美しいのは間違いない。

 誰もが息をのんで、ヤガミ姫がやぐらの上の席に座るのを見守っていた。


 その美しさは、その場にいる者たちが想像していたものを、はるかに超えていた。


 観衆の感情が爆発した。

 大歓声で会場が割れそうだ。

 興奮のあまり失神して倒れているものもいる。


 ヤガミ姫の登場で、会場のボルテージは最高潮に達していた。


 続いてイナバ国王も現れて、ヤガミ姫の隣に座った。


「勝ち残った5名の諸君には、チズ族の勇士たちと戦ってもらう。生き残れば、ヤガミ姫への求婚の権利が与えられる」


 文官が宣言すると、広場の奥から屈強な男たちが現れた。

 候補者の前に並んでいく。


 チズ族は山人であり、勇猛果敢な部族である。

 歴代のイナバ国大将軍も、チズ族出身の者が多い。

 重装鎧に装飾のある戦斧せんぷをかつぎ、四角い盾を持っている。

 5人ともでかいが、ひときわ異様な気を放つ大男がムルの前に立っていた。


「おい、あれってサジ将軍じゃないか?」


「現役の大将軍が出るのかよ?相手は死んだな」


 観客席がざわついているが、ムルの相手は、どうもやばいヤツらしい。


 どちらかが降参するか、戦闘不能になったら勝負ありのルールだ。

 順番に戦うのだが、ムルは5番目で、つまり最後だった。


 一戦目はあっけなくチズ族の勇士が勝った。


 二戦目は拮抗きっこうしたいい勝負だったが、やはちチズ族の勇士が勝った。


 三戦目は候補者が勝ったが、四戦目はやはりチズ族の勇士が勝った。


 イナバ国の国威を見せる意味もあるのだろう。

 チズ族の勇士たちは選りすぐりであり強かった。


 最後の勝負がはじまる。

 ついに、ムルの出番がやってきた。

 サジ大将軍が立ち上がり、戦斧を振り回した。

 その風が、まだ離れたところにいるムルの頬に当たる。

 痛いほどの風は、その戦斧の計り知れない威力を示している。

 盾で地面を突き鳴らすと、地面が大きく揺れた。


「サジ大将軍の相手、あれはイズモ国兵士か?」


「かわいそうにな。よりによって相手が悪い」


「遠くから死にに来たんだな」


 観客達は好き放題なことを言っているが、誰もがサジ将軍の勝利を確信している。


(これは無理無理無理)

 他ならぬムルも悟っていた。

 このチズ族の大将軍には勝てないことを…。


(ジジイに似てるな)

 オオナムチは、サジ大将軍を見て、山の神オオヤマツミと似てると思った。

 どれくらい強いのだろうかと興味が湧いた。


「はじめ!」


 審判役の文官の声が響くと、サジ大将軍は、振りかぶった戦斧せんぷを振り下ろす勢いで突進してきた。


「グラアアアアアアアアアアオ!」


 雄叫おたけびが空気を揺らす。


 ムルは瞬時に自分の戦斧せんぷをオオナムチに渡し、勢いよく背中を押した。


「逝ってらっしゃい!」


「え?」


 サジ大将軍の先攻で、オオナムチ対サジ将軍の戦いがはじまったのだった。

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