第24話 ルウとイナバ王

 ルウのイナバ国王謁見の手続きはスムーズだった。

 町に入るときに取り調べをしてきた文官たちは、イナバ国の重鎮だったのだ。


「ルウ殿、王がお待ちです」


 王への謁見が許されたのはルウだけで、オオナムチたちは王城の外の待合小屋で待つことになった。


(やっとここまで来たわ)

 ルウは期待と不安が入り混じった気持ちで、先導する兵士の後を歩いていた。


 幼い頃に母を亡くしてから、血族と会ったことはない。

 いつか母に聞いた『遠く海を超えた東の島に、同族の国がある』という言葉だけを信じて、やっとここまで辿り着いたのだ。


 ルウが大陸からの使者だというのは嘘であり、ここから先、王との対話は出たとこ勝負である。さすがのルウも緊張していた。


 王がいる広間に入った。

 左右に槍を持った兵士が並んで立っている。

 その間を歩いていくその先に、玉座があり、イナバ国王が座っている。

 兵士たちは、ルウの一挙手一投足を伺っていて、威圧がすごい。

 しかし、ルウは威厳を持って、王をしっかりと見ながら歩いていった。


(あやしいのう)

 イナバ国王は、ルウのことをあやしんでいた。


 イナバ国は豊かな国である。

 そして、傾国の美姫であるヤガミ姫の名は大八洲おおやしまに轟いている。

 多くの人がイナバ国王の元を訪れるが、残念ながらそれらのすべてが正しき者ではない。

 むしろ、策略や陰謀を持つ来訪者も多いのである。


 大陸からの使者が訪れる場合、先触さきぶれとして事前に通告があるものだ。

 何人来るのか、何を持ってくるのかなどを事前に知らされることで、こちらとしてもきちんとした対応と接待ができるのである。

 今回のルウの来訪は、その先触さきぶれが無いのだ。このようなことは近年あまり無いことなので、イナバ国王は不審に思ったのだった。

 しかし、海人族に裏をとったところ、実際に船が沈んでいて、そこから助けられたのがルウだという。

 イナバ国王は判断に迷っていた。


「よくお越しくだされたルウ殿」


 イナバ国王は、心の中の疑念をまったく感じさせることのない、屈託くったくのない笑顔でルウに話しかけた。

 大陸との関係は重要であり、ルウが本物の使者だった場合、あやしむ素振りを見せて心象を悪くすることはよくないからだ。

 イナバ国王は外交の得意な政治家なのだ。


「お目にかかれて光栄です」


 ルウは深々とお辞儀をした。


(装束、姿、所作、言葉、たしかに大陸の者なのは間違いないな)

 イナバ国王は、ルウを間近で見て、大陸から来た者だということは理解した。


「して、どのような義にて来られたのかな?」


(さて、なんと答える?)

 イナバ国王は、ルウをじっと見つめた。


「この度、わたしくは国の勅使ちょくしとして参ったわけではありません」


(国の勅使ちょくしではない使者とはなんなのだ?)

 イナバ国王はルウの返答に困惑した。


国の代表・・・・として参ったのです」


(奇っ怪なことを言う…)

 イナバ国王はさらに混乱した。

 国の勅使ではなく国の代表とはなんなのだろうか。


「それは個人的なことでもあるのです」


 意味がわからない、多くの者がイナバ国王の元に訪れるが、これほど意味不明なやり取りは無い。

 国の勅使ではなく代表であり、そして個人的なことだとは、支離滅裂しりめつれつである。

 国は公であり、個人は私である。ルウの言うことは公私混同こうしこんどうそのものということなのだろうか?

 イナバ国王は理解できずに聞き返した。


「どういう意味ですかな?」


「おそれながらイナバ国王様は、夏王朝の後裔だと聞き及んでおります」


 夏王朝とは何千年も前の伝説の古代王朝であり、今は存在していない。

 唐突に先祖の話が出たことで、イナバ国王のルウに対する警戒レベルが上がった。


「たしかに王家の伝承では、イナバ国開祖は大陸の夏王朝の末裔だと伝わっておりますが、どこで聞き及んだものですかな?」


「幼き日に亡くした母からです。我が名は流兎ルウ。夏王朝始祖、大兎王だいうおうの末裔です。今は没落し、流浪の身ながら、血族であるイナバ国王に助力を願いたく、この場に参ったのです」


「うむぅ…」


 イナバ国王は目を閉じて考え込んだ。

 大兎王だいうおうとは伝説の大王である。

 ルウの言うことが本当なら、ルウはイナバ国王朝に対しての本家当主のようなものだ。

 しかし、これほどのことを言葉だけで信じるわけにはいかない。

 そんなに簡単に人を信用していては、国政を司ることなどできないのだ。


「して、当然ながら大兎王だいうおうに連なる血統の証はお持ちでしょうな?」


 ルウに証拠を見せろということである。

 至極しごく、当然の要求なのだが、それを想定していなかったルウは焦った。

 こういう大事なところが抜けているのがルウの欠点であり、失敗が多い原因であった。

 幼い頃から独りだったルウは、血族に対して過大な期待を抱いていた。

 自分が名乗るだけで、あたたかく迎えてもらえるものだと、本気で信じ込んでいたのだ。

 だが、その期待は間違いだった。


 ルウは慌てて対策を考えた。


「宝剣を従者に持たせてありますので、取って参ります」


 ルウは賭けに出た。

 オオナムチの神剣を貸してもらえば、あとはなんとかしてみせる自信があった。


「それには及びませぬ。こちらの手の者に取りに行かせますゆえ」


 イナバ国王は、ルウの焦りを見抜いていた。

 これは逃亡するかもしれないと思ったので、ルウが自分で取りに行くことを止めたのだ。

 これがもし嘘だったら、先祖の名をかたったものだとしたら許せないことだ。

 見せしめに処刑する必要があるとイナバ国王は考えた。


「わかりました」


 ルウは祈る気持ちで待った。

 宝剣の話はしてあったし、それなりの剣を渡してくれるはずだ。

 今のルウには信じることしかできないのだ。


 剣を取りに行った兵士が戻ってきた。

 手ぶらだ、嫌な予感がする。

 王に駆け寄り、耳打ちをしている。


「ルウ殿とやら」


 イナバ国王の態度が変わった。


「従者は逃げましたぞ?待合小屋はもぬけのからとのこと。どうなされる?」


「え?」


 オオナムチたちは、腹が減って昼飯を食べに出かけていた。

 本物の従者ではないので、主人を待つという感覚が無かったのだ。

 結果として、イナバ国王はルウが偽物であり、その一味が逃げたのだと判断したのだ。


「出かけているのだと思います」


 ルウは必死に食い下がった。

 事実なのだが、従者とは主人が王と謁見えっけんしている間、出かけたりはしない。

 付き従うから従者なのであり、主人の許しなく自由に出歩ける従者などいない。


「夕刻まで待ちましょう。それまでは拘束させていただく」


 王は冷酷れいこくに言い放ち、ルウは兵士に別室に連れて行かれた。

 窓の無い小部屋の外には、逃げられないように兵士が監視している。

 このままオオナムチたちが帰ってこなかったら、証の宝剣が無かったら、ルウは見せしめに処刑されてしまうのだ。


(お願いだから早く帰ってきて)

 同族に会えると思ってイナバ国を訪れたルウだったが、思わぬピンチが訪れていた。

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