第15話 海人族の島

 港町アマのあるオキ島は、ミナが拠点としているミホ岬の北50kmにある諸島だ。

 4つの島と、180を数える小島で構成される群島で、北東の島には200mもある断崖絶壁や、マニ山という霊山もある。

 ナイフや矢じりの原料である黒曜石の産地であり、金属を加工する技術がなかった時代に、とくに重宝された。その交易と日本海の島であるという立地、入り組んだ入江に船を停泊しやすいという地形が揃っていることで、オキ島は海人族の拠点として栄えているのだ。


 アマは南東の3つの島のひとつにあり、200隻の船と1万人が滞在するオキ島唯一の町だ。オキ国王の居城もこのアマにある。


 海人族とひとまとめにされることが多いのだが、海人族はひとつの部族ではない。アズミ族とムナカタ族が主流だが、その下にも無数の氏族や派閥があり複雑な力関係があって、さらにしきたりや慣行が氏族ごとに違っている。

 海人族の多くは荒くれ者であり武闘派なこともあって、このアマの町では日常的に犯罪やトラブルが発生している。

 オキ国王の居城がアマにあるのは、そういった犯罪やトラブルを抑止し、取り締まり裁くためでもあるのだ。


「オオナムチ様、上陸したら姫からけして離れないでください」


 爺はオオナムチに念入りに言い含めた。


 爺とミナの家臣団は、北向き航路のための食料品などの補給を行うのだが、オオナムチとムル、ナオヤの三人は、ミナについてアマの町を見て回ることになったのだ。

 アマの町は観光地ではないし、原則として海人族しか入れないのだが、ムルがどうしても行きたいとすがりついたのと、オオナムチもはじめての島と町を見てみたかったのだ。


 ミナは、『ミナにまかせておけば問題ない』と言ったが、爺は『むしろ問題がなかった試しがないので、十二分にお気をつけください』と、オオナムチに耳打ちしてくれた。


 船が港に近づくと、ミナの船だとわかったのだろう、海人族たちがそそくさと整列している。


「タケミナカタ様が来たぞぉー!」


 銅鐸どうたくが鳴らされタケミナカタの来航を知らされると、海人族たちがぞろぞろと集まってきた。


 船がつき、ミナを先頭に桟橋に降りていく。


「ミナがきたぉ!」


 鉄兜の下からのぞく口元は笑っている。

 ミナが海人族たちにかわいらしく挨拶をした。


「はぁああああ!タケミナカタ様ようこそおいでくださりましたぁああ!」


 絶叫に近い大声が港に響く。

 色黒で全身にイレズミの入った屈強な海人族たちが、整列してひざまずいているが、その顔は、恐怖と焦りで引きつっていた。


「激しい出迎えですね」


 大きな声に驚いてナオヤは少し泣いてしまった。


「うちの部隊より怖いぞこれは…」


 ムルも気圧けおされているが、いつの間にか300人近く集まってきている海人族の荒くれ者たちが全力で声を出しているのだから、それはもうものすごい迫力なのだ。

 山の神ジジイに育てられたオオナムチだけが平然としていた。


 ミナはひざまずく海人族の前を、軽やかにスタスタと歩いていく。

 海人族たちは、衛兵らしき者ですら槍を後ろに置いている。ミナに敵意が無いことを示すのに必死なのだ。


 ミホの岬を拠点とするミナが、アマに立ち寄るのはこれで三度目でしかない。

 一度目は、何も知らずに普通に出迎えた海人族たちに壊滅的な被害が出て、二度目も対応がまずかったのか、大きな被害が出た。

 鬼神対策検討会議が立ち上げられ、ミホの岬から専門家も呼んで対策を協議した結果、敵意を徹底的に排除し、服従を全力で示すマニュアルが制定された。そして、年に二回の鬼神対応訓練を続けて、今があるのだ。

 ちなみに、なんらかの原因でミナが暴れた場合の避難経路や手順まで定めてある。それくらい徹底した対策をとらざるを得ないのが、災害指定されている鬼神タケミナカタなのだ。


「おい!」


 不意にミナが海人族に話しかけたが、その海人族は白目を剥いて倒れてしまった。

 豪胆な海人族が、声をかけられただけで倒れるとは、海人族に与えているミナの恐怖がどれほどのものなのか。

 すかさず、隣の海人族が立ち上がる。


「タケミナカタ様、なんでしょうか!?」


「町はどっちだ?」


「あちらです!」


 腕が折れそうないきおいで、町の方角を指差す海人族。


(ていうか、どう見ても一本道だよなこれ?)

 オオナムチは、ミナがなぜ道がわからないのかよくわからなかったが、あえてそこには触れずにおいた。村での暮らしで、オオナムチは急激に成長していた。かなり、空気が読めるようになったと自分では思っていた。

 実際はまだまだなのだが…。


 町への門が見えてきた。

 石造りの頑丈そうな門だ。

 扉は木でできているが、鉄で補強されている。

 門番が壊れそうな勢いで、扉を開けて、すぐさま左右に飛び退いた。

 ミナが来ることは、すでに町に知れ渡っているのだ。


 町の中は閑散としていた。


「あれ?あまり人いないな」


 オオナムチはつぶやいた。

 ムルも当てがはずれたのか、不思議そうにキョロキョロしている。


「村より人が少ないですね」


 ナオヤも答えた。


 門から入ったところが広場になっているのだが、人影が見当たらない。

 露天があるのだが、店番がいない。

 そこかしこに人の気配はするので、倉庫や建物の奥に隠れているのだろうか。


「アマってこんなに人が少ないのか?」


 オオナムチは、ミナに聞いてみた。


「たくさんいる」


 ミナは答えるが、どう見ても人がいない。


「不思議だな〜?」


 オオナムチは、露天の商品を盗もうとするムルを止めながらつぶやいた。


 交易拠点の町の広場に人がいないのはなぜか。鬼神対策として、人々は家に閉じこもっているからにほかならない。

 鬼神の被害を防ぐのに有効な手段として、まずは出会わないことが重要なのだ。


「ほしいものはあるか?」


 ミナが聞いてきた。


「あるあるある!いっぱいある!」


 ムルがジャンプしながら叫ぶのを、オオナムチは制止する。


「ムルさんのモノは万宝袋まんぽうぶくろにたくさん入ってるでしょ。ナオヤはどう?」


 オオナムチはナオヤに聞いた。


「武器…ですかね?」


 ナオヤは小声で申し訳なさそうに答えた。

 オオナムチから武術を学んでいるナオヤだが、自分の武器を持っていなかった。

 ミナとの試合は木剣同士だが、それはナオヤが武器を持っていないからでもある。

 自分の武器でミナの宝剣雷斬ほうけんらいきりと試合うのはナオヤの夢なのだ。

 ただ、これは武術の向上心などではない。

 ドMのナオヤは、もっと強くミナに痛めつけられたいのだ。


「武器を持つということは、自分も傷つくこと、死ぬ覚悟を持つということだぞ?」


 オオナムチはナオヤに聞いた。

 武器を帯びるということは、戦いの中に身を置くということ。

 相手を傷つける武器を持つということは、相手の武器で傷つけられる可能性に踏み込むということなのだ。


「はい。望むところです」


 ナオヤはオオナムチの目をまっすぐに見て、きっぱりと答えた。

 ナオヤが望んでいるのはミナからの激しい暴力、つまりご褒美であり、純粋なド変態である。


(気の弱い男だと思っていたが、なんて勇気のある男だ)

 オオナムチは感動していた。

 もちろん、大きな勘違いである。

 心を読むかぎりでも、ナオヤは痛みをまったく恐れていない。

 むしろ、痛みを望んでいるほどだ。

 どれだけ戦いに貪欲なのだ、武力はまだまだ低いが、心は武人極まるものだ。


(今は弱いが、ナオヤは強くなる)

 オオナムチは、ナオヤをしっかり鍛え育てようと心に誓ったのだった。


「じゃあ、あそこかな」


 ミナが宝剣雷斬ほうけんらいきりで指し示す先には、大きく『武器屋』と書いた看板があった。

 近づくと、おもむろに扉が開いて、誰かが出てきた。


「お客様ァ〜〜!」


「イッ○ーさんじゃねーか!?」


 ムルが時代をすっ飛ばしたツッコミを入れるほどインパクトのある男のおばさん・・・・・だ。


 あ然とするオオナムチ。

 こんな生物がいるのか、ある意味、戦慄せんりつしていた。


「イ○コーさんじゃないわよ!カワイキュン〜〜♪」


 すべすべのよく手入れされた肌、派手目の化粧に輝くボブヘアー、体にぴっちりしたタイトなワンピース。

 くねくねと現れたおばさんの性別は男だ。

 むしろ、骨太でがっちりしている。

 海人族の勇者すら、軽くひねってしまいそうなオーラを放っている。

 まあ、実際にあらゆる意味で餌食えじきにしているわけだが…。


「ウホッ!いい男!」


 カワイキュンは、そう言うと、すかさず、ナオヤの手を引いて武器屋の扉の中に入っていったのだった。

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