第14話 万宝袋はいい袋
ヨドの港に着くと、ムルの部隊の兵士たちが集まっていた。
「ムル隊長、これでいいですか?」
副官のギソンが、ムルに聞いた。
ギソンの後ろには、大きな袋や木箱が置かれていた。
兵士たちはムルの指示で、イナバ国に持参するための貢物を運んできたのだ。
ムルはすべての袋や箱を開けて、欠品や破損が無いかひとつひとつ調べた。
なんと、これはムルの私財なのだ。
いくつか運搬時に破損があったようで、兵士たちを呼び出しては、給与引きだから、などと告げて、いやな顔をされている。
もちろん、兵士たちはタダ働きであり、軍務だと言い張って動員している。
ムルは余裕で公私混同ができる猛者だった。
「うむ、よかろう」
ムルが調べ終わったとき、港についてからすでに三時間が経過していた。
みんな呆れていたが、ムルが某鑑定団のごとき熱意で品を調べているので、誰も声をかけることができなかった。
ミナはお昼寝をしている。
「ムル殿、その量の荷物は詰めませんぞ?」
爺が、ムルの大量の荷物の積み込みを拒んだ。
「それは困る。金なら出す」
「金の問題ではありませんので」
爺はあっさり断った。
ムルは必殺の土下座を出そうと思ったが、爺には通じないことを感じ取り、さて、どうしたものかと思案に暮れた。
「ムルさん、俺が持とうか?」
待ちくたびれたオオナムチが言った。
「え?持てるのかよ?」
「持てるよ」
そう言うと、オオナムチは、貢物の入った袋や木箱を、
小さな袋に、大きな袋や木箱が、どんどんと吸い込まれていく。
「え?なにそれすごい」
ムルは信じられない光景に、棒読みでつぶやいた。
「
オオナムチは、なぜ知らないのかと不思議な顔で聞き返した。
「知らないって」
ムルやまわりの兵士たちが声を揃えて言った。
この
海人族であり、世界中を巡って見識の広い爺ですら、噂にしか聞いたことがない神具なのだ。
オオナムチは、
ジジイとオオナムチで
言い換えれば、全員が持っている状態なのだ。
だから、誰もが持っているものだと思っていた。
世間知らずのオオナムチに常識は無いのだ。
「入れたものを出せるのか?」
「出せるよ」
オオナムチが、木箱を出し入れしてみせると、ムルはやっと安心することができた。
「オオナムチ、ありがとう。本当に助かったよ」
ムルは表面上の感謝の言葉をかけながら、どうやってオオナムチから
本当にどうしようもないゲスである。
荷物を万宝袋に入れ終わると、全員が船に乗り込み出航した。
天気もよいし風もいい。
「最高の日和ですぞ」
爺はやっと出航できた爽快感からか、とてもいい顔をしている。
交易先への寄港予定日が近づくのに出航のめどが立たないストレスで、食事がのどを通らないくらい追い詰められていたのだ。
海人族たちも、テキパキとそれぞれの持場で働いている。
さすが海人族というだけあって、海の上が一番輝いているのだ。
ミナの船は、大型の交易船だ。
それも、かなり上等なものである。
帆で風を受けて進むが、左右15名ずつの
普通の海人族の船は、これほどしっかりしたものではないので、普通は20隻くらいの船団で、陸地沿いの航路を進むものだが、ミナの船は単独で外洋に向けて進路をとっていた。
「ちょっと待て!陸地が離れていくぞ!?」
普通の航海しか知らないムルが、爺に向かってあわてて聞いた。
外洋は波も荒く、風も強くて、頻繁に簡単に船が沈む。
そして、海竜など得体の知れないなにかが棲むという話も、一般的に信じられている。
海人族でも外洋を恐れている者が多いのだ。
ミナの船はその外洋に向けて、舵をとっていた。
「アマで補給しますからな」
爺はこともなげにそう言った。
アマはオキ島の港町で、海人族の拠点のひとつである。
町に住む者のほとんどすべてが海人族で、船の製造や修理も行われている。
交易を生業とする海人族の拠点なので、世界中からあらゆる品が集まっているが、海人族しか立ち入ることができない町で、商人からは憧れの場所なのだ。
「アマに行けるの!!??」
軍人だが心は商人のムルは、ときめきがあふれて甲高い声で叫んだ。
外洋への恐怖より、アマへの興味が勝ったのだ。
オオナムチは、船首に立っているミナのところへ歩いていった。
「なにしてるんだ?」
「師匠か。仕事だ」
「仕事?」
ミナは、船首に立って、じっと海を見つめている。
鉄兜で顔は見えないが、海風に吹かれているミナは、とても凛々しく格好よく見えた。
様になっているというか、仕事師って感じだ。
「ミナ様のおかげで海が凪ぐのだ」
近くにいる海人族が答えてくれた。
ミナの先祖は海神族と盟約を結んでいて、その血を引くミナが船首に立っていると、海はおだやかに凪ぎ、風は船を進め、海竜なども出てこないのだという。
あくまで伝承であり、真偽はわからないのだが、実際にミナの船は海で困難に出会ったことがない。
ミナの船が単独航海できるのは、これが大きな理由なのだった。
島影が見えてきた。
オオナムチは、はじめての島と町にワクワクしていた。
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