第11話 噂はあなどれない

 鬼神騒動の翌朝、オオナムチと弟子たち・・・・は、村の西のはずれの広場に集まっていた。

 抜けるような青空の下で、春の爽やかな風が冬を越えて伸びはじめた草を揺らして吹き抜けていく。


「えー、コホン。第一回の稽古をはじめる」


 オオナムチが、少し緊張しながら宣言をした。


「はい!」


 3人の弟子たちが元気よく返事をする。


 3人…???


 弟子になったのはミナだけなのだが、オオナムチは女子と二人きりがきついので、ナオヤを呼び出したのだ。


「で、なんでムルさんもいるの!!?」


「やだなぁ師匠。あっしが一番弟子って約束だったでしょう?」


「え?そだっけ?」


「忘れてもらっちゃ困りますよ」


 そして、3人目はムルである。

 この悪い顔をして笑っている男の言うことは、もちろん嘘である。

 呼ばれていないのに、勝手に混ざっているだけだ。


 ムルは武術を学びたいわけではない。

 タケミナカタのことはトラウマであり、視界にすら入れたくないし入りたくない。

 それらを差し置いても、ムルには達成したいふたつの目的があるのだ。


 ひとつめの目的は、少しでもオオナムチとの距離を縮めること。これは、オオナムチ村長を懐柔かいじゅうし、村を手に入れるためだ。

 ふたつめの目的は、イズモ国屈指の武力を誇るタケミナカタに近づくことである。


 強きものに媚びへつらい、弱きものは支配する。顔色を伺い、スキあらば弱みを握り、ゆすりたかる。ゲス道を極めているムルは、どんな形であれ、タケミナカタの武力を手に入れたいと思っている。


 ムル理論では最後は武力。富を得るための交渉が理屈や道理で行き詰まったとき、それをひっくり返すための武力は強ければ強いほどよい。

 金のために手段を選ばないムルは、そのためにはタケミナカタの形式上の配下になることすら構わないと考えていた。


 すがすがしいほどのゲスである。


「まあ、いっか。では、まず稽古の心得こころえです。守れない人は破門です」


「おい、破門はもんってなんだ?」


 ミナが手を挙げて質問をした。

 

 ミナは生まれてこの方、誰かになにかをおしえてもらったことがない。

 自分より優れた者がいなかったからなのだが、オオナムチにはじめて負けた。

 しかも、一番得意な戦闘でである。

 そのため、オオナムチに対しては、かなり従順になっていた。


 師弟関係についてはよくわかっていないのだが、なんとなく師匠から武術をおそわることに憧れがあった。なので、ミナのワクワクは止まらない状態である。


「破門というのは弟子をやめさせることです。つまり、今から言う心得こころえを守れなかったら、弟子をやめてもらいます」


「はい」


 ミナは真剣な声で返事をした。

 はじめての師弟関係を終わらせたくないのだ。


「心得その一 誰も殺さないこと」


「えーーー!??」


 ミナが驚いて立ち上がった。


「殺さずに戦うのか!?こいつろうと思ってたのに!」


 ミナの宝剣雷斬ほうけんらいきりの切っ先がムルに向けられ、ムルが飛び退いて尻もちをついた。


「ミナくん、落ち着いてください!」


 オオナムチはあわてて止めた。


「ムルさんは兄弟弟子になります。共に学ぶ仲間ですから、殺してはいけません」


 オオナムチはなるべく冷静を装いながらミナに告げた。

 ムルには、ミナから距離をとるように目配せをした。

 ナオヤはモブ的にきょどっている。

 なおも不満そうなミナに、さとすように告げた。


「ミナくんの攻撃が俺に当たらないのがなぜかわかりますか?」


「わからん!」


「攻撃が単調だからです。強、強、強、で攻撃に強弱がありません。殺さない攻撃を訓練することで、強弱とフェイントを学ぶのです。それだけで今の10倍強くなれますよ」


「10倍になるのか!?」


「なります」


「ミナは殺さない」


(殺さなければ強さ10倍)

 ミナの理解はこの程度だが、オオナムチはミナに不殺を約束させることに成功した。


 ムルとナオヤはほっとしていた。


「まずはヨドの港までランニングです。強靭きょうじんな足腰は攻撃の土台です。ついてきてください」


「わかった!ヨドだな!」


 ミナはそう言うと走っていってしまった。ついてきてくださいの意味をまったく理解していない。


 ヨドの港までは15キロある。村一番の健脚であるナオヤは、オオナムチの後をついてきていたが、酒とギャンブルの不健康な生活を送っているムルは、死にそうな顔でやっとついてきた。


「師匠、もう無理っす。慈悲を・・・どうかお慈悲を…」


 ムルはすぐにギブアップした。仕方ないのでオオナムチはムルをおぶって走った。


 ヨドの港に着いた。

 なにか騒がしい。

 海人族の立派な船がついている桟橋さんばしに人だかりができている。

 人混みをかきわけて近づいてみた。


「なにしてんだよ!?」


 やはり、ミナだった。血まみれの海人族が30名ほど折り重なった山の上で、一番上に横たわる老人の白髪をつかんで座っている。


「殺してないぞ!」


「い、医者を呼んでくれ…」


 海人族はかろうじて生きているようだが、今にも死にそうだ。


 オオナムチは腰の袋から薬を取り出してナオヤとムルに渡し、海人族たちの傷に塗るように指示した。薬の効き目はすばらしく、海人族たちはすぐにしゃばれるくらいには回復した。


「姫、わしらは家臣ですぞ!?」


 一番上で白髪を引っ張られていた老人が、ミナに怒っている。


「ああ、爺か。見たことあるヤツだから敵だと思ったぞ!」


「姫が生まれたときから15年お仕えしてますぞ!いい加減に覚えてくだされ!」


 ミナは笑っている。

 ミナは船でヨドの港に入り、そこから走って村に行ったのだ。

 そして、それを忘れていたらしい。

 オオナムチは家臣団が不憫ふびんでならなかった。


「薬をかたじけない。あなた様は?」


 爺と呼ばれた老人は、うやうやしくオオナムチに聞いた。

 家臣団は常識人じょうしきじんっぽいので、オオナムチは安心した。


「オオナムチです。アオキ村の村長をしています」


「なんと!?あなた様が海神の槍使い天下無双のオオナムチ様なのですか?」


「いや、それは違うけど…」


「ミナの師匠だ!雷神殺しの師匠!」


「いや、雷神も殺してないから」


「姫、姉上は生きておられますぞ。昨日も一緒に朝食をとっておられたではないですか」


「あ、そっか。師匠が殺したのは風神か?」


「いやいやいや、誰も殺してないっての」


 ギャラリーから、『アオキ村のオオナムチが、雷神と風神を殺して鬼神を配下にしたらしいぞ…』などと、とんでもない話が聞こえてくる。

 こうして噂話に尾ひれがついていくものなのかと、オオナムチは戦慄せんりつしていた。


 しかし、その情報操作をしているのが、オオナムチの影響力を強めようとたくらんだムルだということには気づいていなかった。ムルの狙いはオオナムチを懐柔かいじゅうしたときに、その影響力を自分のものとして使うためである。


「うわあ、大きな船」


 つぶやいたのは、モブと化しているナオヤだ。


 ざわつく港に、海神族の船の5倍はある巨大な船が近づいてきていた。

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