第10話 鬼神との対決

「あいつはまじで洒落にならないっすよ」


 ムルは小声でオオナムチに告げるが、その声は恐怖で震えていた。


 ミナが風呂で泥を落としている間、オオナムチとムルは作戦会議をしていた。

 村人や兵士たちは田植えの続きをしてもらっている。

 ミナと戦闘になった場合、村人や兵士は足手まといになる。オオナムチ一人のほうが戦いやすいからだ。

 ミナのことを知っているムルだけは、情報を得るために連れてきている。


 ムルの情報によると、ミナはタケミナカタという名の国津神くにつかみで、戦闘狂の武神であり、ツノの生えた鉄兜をかぶっていることから『鬼神きじん』と呼ばれて畏れられている。

 その行動パターンは、極端に暴力と破壊にかたよっていて、些細ささいなことでキレやすく、敵味方に関係なく理不尽りふじんに暴れることが多い。そのため、イズモ国の多くの町では災害に認定されていて、町への立ち入りを禁止されているほどだ。


 四年前ムルが駆け出しの頃だ。イズモ国建国史上最悪の戦いとされるサンノウジの戦いでは、敵味方合わせて五千人以上が戦死したが、その多くは、ただ通りがかっただけのタケミナカタの手によるものだと言われている。

 通りがかりに戦に乱入し、両軍を壊滅させるほど暴れたというのだ。


 ムルは遠目で見てすぐに戦場から逃げ出して、なんとか命をつないだ。


 タケミナカタの母親は北国の女神ヌナガワヒメであり海人族の有力者だという。しかし、タケミナカタは国やらそういうことには興味がなく、好き放題に暴れまわっているらしい。


「知ってることはこれくらいっす。部下が心配なので戻るっす」


 ムルは早口で語った後、逃げるように出ていった。

 というか、部下をダシに逃げたのだ。部下を心配する気持ちなどムルにはかけらもなかった。


「ミナの悪口を言ってたな!殺すぞ!」


 ミナが風呂から出てきた。


「言ってないよ!って、な!?」


 ミナは鉄兜だけはかぶっているが、服をまとっていなかった。

 そのくせ右手には宝剣雷斬ほうけんらいきりを握っている。

 女性耐性が低いオオナムチは、焦って背中を向けた。


どろは落としたぞ!早く海神の槍を構えろ!」


「待て!服を着ろ!とりあえずそれからだ」


「めんどくさいヤツだな。これでいいか?」


 ミナが服を着たようなので、オオナムチは振り返った。


「さぁ!殺るか!」


「待て!外に出ろ!ここは家の中だぞ!」


「関係無い!」


「外のほうが存分に戦える!」


「ン?わかった」


 ミナはすごすごと外に出ていった。

 続いてオオナムチも外に出た。


「よし!殺るか!」


「待て!槍を忘れた」


「なんだと!?いい加減にしろ!」


 ミナは肩を怒らせ、宝剣雷斬ほうけんらいきりの柄をギリギリと握りしめている。


 『ブチッ』


 ミナの中で何かがキレた音がした。

 ミナの低い限界を超えたのだ。

 音速を超えた切っ先がオオナムチの頭を狙って飛んできた。


「おっと」


 オオナムチがギリギリでかわす。

 ミナは避けられたことのない一撃をかわされたことに驚いたが、桁外れの膂力りょりょくで剣の軌道きどうを変えて、オオナムチの胴に向けて切り返した。


(なにコイツすげえ!)

 オオナムチは切り返しを避けながら、感動していた。

 ミナの飛び抜けた武力にである。

 これほどのレベルのためらいのない殺意に襲われるのははじめてだ。

 研ぎ澄まされた歴戦の殺意に当てられ、心の底から感動していた。

 その間にも、三発目の斬撃が、オオナムチの足を狙ってきている。


「すごいな」


 後ろに小さく飛んで避けたオオナムチはつぶやいた。


「なにがだ!?」


 距離を開けられたことで大剣を止めたミナが、くやしさ全開の表情で言った。


「すさまじいだ」


「うるさい!ちょこまか動くな!」


 一足飛びに踏み込んできたミナが斬りかかる。

 避けるオオナムチに向けてV字に切り返すが、それもまた避けられる。

 しかし、さらに切り替えして斬りかかる。

 大剣である宝剣雷斬ほうけんらいきりが、まるで蜂が羽を振るように空気を切り裂いている。

 しかし、オオナムチはそれらのすべてを避けている。


「ゆーるーさん!」


(許さん許さん許さん許さん…)

 ミナにとってこんなことは、はじめてだった。

 ミナにとって戦闘とはほぼ一撃で終わるものだ。

 なのに、これだけ攻撃して倒せない。

 剣をかすらせることすらできないのだ。

 こんなことは許さない。鬼神きじんとして許すことはできない。


「殺ス!」


 大きく振りかぶったミナは、大地を割りそうなほどの斬撃を繰り出してきた。

 まあ、大振りなので避けやすいのだが…


 しかし、


「オオナムチさん、田植え終わりましたよ」


「なにっ!?」


 空気の読めないナオヤが、オオナムチの後ろにやってきていた。

 そこはミナの斬撃の軌道だ。

 オオナムチが避ければナオヤが両断されてしまう。


「チィ」


 はじめてオオナムチが踏み込んだ。

 右に踏み込んでミナの左脇腹に掌打しょうだを入れた。


「ガウッ」


ミナは吹っ飛んだが、宝剣雷斬ほうけんらいきりは離していない。

しかし、気絶しているようだった。


「しまった!」


 ナオヤを救うため、ついつい攻撃してしまった。

 女は苦手だし殴りたくなかったのだが、そのままだとナオヤが死んでいた。

 ミナの殺気があまりに見事なこともあり、とっさの反応の結果こうなってしまったのだ。


 山の神に鍛えられて育ったオオナムチは強い。

 そして、山の神と一対一の戦いで鍛えられたため、こうした戦いには慣れている。

 言うなればミナは戦場の剣、オオナムチはタイマン特化というところだろうか。


 ミナの武力は飛び抜けたものだが、ムルに対して振るった最初の太刀筋を見て、自分のほうが強いことはわかっていた。

 疲れるかあきらめるまで避けてやろうと考えていたが、ナオヤの出現で予定が狂ってしまったのだ。

 まあ、あのまま続けていたとしても、ミナはあきらめなかっただろうから、これでよかったのかもしれない。


 気がついたミナは泣いていた。

 あたりもはばからない号泣だ。

 鉄兜で表情はわからないが、慟哭どうこくってやつだ。


 オオナムチはオロオロしていた。


「ご、ごめん…」


 オオナムチはどうしていいかわからなかったが、とりあえず謝った。


「はじめて負けた…」


 ミナは泣いてかすれた声でつぶやいた。


「責任をとれ!」


「えっ!?」


(責任ってなに!?)

 オオナムチは予想外の言葉に、後ろにいたナオヤを振り返ったが、ナオヤは目をそらした。


「弟子にしろ!」


「は、はい」


(しまった!よく考えずに返事をしてしまった)

 女の涙にイエスマンなオオナムチだ。わけもわからないまま承諾しょうだくしてしまった。


 こうしてオオナムチに、鬼神の弟子ができたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る