第9話 理不尽な鬼神
泥だらけの少女は、殺気全開だ。
背丈を越えるだろう大剣をオオナムチに突きつけて仁王立ちである。
「俺の名はオオナムチだけど、天下無双でもないし、雷神も殺していません」
オオナムチは率直に答えた。ババ様にまずは話し合えとおしえられて育ったからだ。
ちなみに山の神であるジジイは、
なので、目の前の少女に対して言葉を選び、なるべく丁寧に落ち着いて答えた。
「ミナを馬鹿にしてるのか!?ア!!?」
少女が怒りで震えると、気の弱い村人は失神して倒れた。
ナオヤもへたりこんでいる。
「雷神はミナの姉貴だぞ!?ミナが殺すつもりだったのに横取りか!許さん!早くミナと戦え!」
(やばい…話の通じないタイプだ)
オオナムチは困ってしまった。
勘違いを正そうにも、話を聞かないタイプだ。
目の前の少女は脳筋の武闘派だ。しかも、かなり生粋でクオリティの高い武闘派だ。
雷神が姉だということは、雷神の妹ということなのか?
そして、戦いを挑む理由がおそろしい。
姉の雷神を殺されたから戦えというのではなくて、自分が殺すつもりだったのに横取りされたから戦えという、戦闘バカ極まる理由を宣言している。
「自慢の海神の槍とやらを構えろ!ミナの
(そんな槍もってないし!誰だよ噂に尾ひれつけまくるのは!?)
オオナムチは棒立ちだった。
背丈を越える大剣を軽々とふるうように、この少女は強い。
そして、
いかにオオナムチといえども、苦戦は必至である。
しかし、オオナムチが困っている理由はそこではない。
実はオオナムチは女が苦手だった。
山奥の神域で育ったので、女性に対して免疫がないのだ。
なにせこの村に来るまで若い娘を見たことがなかったのだから。
美少年でおどろくほどモテるオオナムチが、村娘たちを遠ざけているのは、女嫌いというわけではない。単純に苦手だっただけなのだ。
飛んできた少女の衝撃で田に倒れていたムルは、やっと起き上がった。
そして、信じられない光景に絶句し、すぐに叫んだ。
「タ、タケミナカタ!!??」
「ン?ミナの名を呼ぶおまえは…」
タケミナカタと呼ばれた少女はムルを見た。
「敵だなッ!?」
叫ぶとともに超速で振り下ろされる大剣。
飛び退いたムル。
ムルがいた場所の田が剣圧で割れた。
泥と水が飛び散り、でかい穴が掘れている。
剣が当たっていないのに、剣圧だけでこれなのだから、当たっていたらムルは真っ二つというか粉々だろう。
避けるのだけは達人のムルは、心臓をバクバクさせながらその場にへたり込んだ。
「ほう。さすがミナの敵。よく避けたナァ。楽しませてくれるじゃねぇか!」
ミナの暴力が膨れ上がり、口調も荒くなっている。
「敵じゃない!敵じゃないです!」
「アン?ミナのこと知ってんなら敵だろ?」
理不尽そのものだ。
知っているなら敵というのは、関わるものすべてが敵になるということなのだろうか。
オオナムチはあっけにとられていた。
「アーもうめんどくせぇ!みんな
「まてまて!」
オオナムチもさすがに止めた。
めちゃくちゃである。
こんな生き方ならたしかに、まわりのすべてを敵にすることができるだろう。
ジジイも武闘派だが、ここまでめちゃくちゃではない。
若気の至りでは到達できない破格のバカさ加減である。
そして、実際にこの場で暴れられた場合、オオナムチしか生き残れないだろう。
平和な日々に突然の大ピンチなのだ。
「おまえからか!早く海神の槍を出せ!」
「家です」
「ア?」
「槍は家です」
もちろん嘘である。オオナムチの家にそんな槍は無い。
しかし、この場を切り抜けるための方便として、オオナムチはこの言い訳に賭けたのだ。
「槍を取りに行くので、
「ン?」
「お風呂も入らないと、泥で気持ちわるいでしょう?」
ミナは少し考え込んでから答えた。
「そうだな。行くぞ!」
「そっちじゃないですよ!」
オオナムチは賭けに勝ち、なんとか危機を脱した。
ミナは武力バカだった。
家を知らないはずなのに先頭を切って歩き出すミナを、オオナムチは慌てて追いかけるのだった。
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