第8話 鬼神の襲来
成り行きで
村人には歓迎されたし、
さすが
村人はみんな仲良く、近隣の村とも良好な関係を築いていた。
平和な村の暮らしは、毎日が同じような日々の繰り返しであり、刺激もなく退屈なものだったが、神域で神と暮らしてきたオオナムチには、発見や学びが存分にあった。
オオナムチは村に溶け込み、平穏な二ヶ月が過ぎた。
今日は田植えの日だ。
村の西のはずれの田。ムルとイズモ国東方方面軍第13侵略部隊に開墾してもらった新田だ。村人総出で田に稲を植えている。
手作業の重労働だが、みんなで同じ作業をするというのは、オオナムチにとっては新鮮で楽しいものだった。
「ほんと、ムルさんのおかげだよ」
稲を植えながらそう言ったオオナムチの隣にはムルがいた。
ムルとイズモ国東方方面軍第十三侵略部隊は、田植えの手伝いに来ているのだ。
治水と3町もの広さの新田開発を行い、こうして田植えの手伝いにまで来ている。
「いやいや、たいしたことないですって」
ムルは額の汗をぬぐいながらにこやかに答えた。
「ムルさんって本当にいい人ですよね」
ムルの隣で稲を植えているナオヤは、心の底から感心してつぶやいた。
最初はムルに対してよい印象がなかった。
むしろ、警戒していた。
ムルはイズモ国の部隊長であり、ムルの軍勢は、近隣の村のいくつかもを攻め滅ぼしていると元村長に聞いていたからだ。
あの日以降、ムルは頻繁に村を訪れている。
最初に一人で現れたときは驚いたものだ。なにせ、攻めてきた次の日だったし、護衛も連れずにただ一人でやって来たからだ。
元村長が一人で来た意図を尋ねると、軍勢を連れてくるとおそれられるからだと笑っていた。
肉や魚なんかのご馳走を、村への手土産だと持ってきた。
子どもたちには木のおもちゃを配っていた。
時折悪い顔を見せるムルを、村人たちも警戒していた。しかし、頻繁に訪れるムルに、その感情は薄らいでいった。
村人たちがムルに馴染むにつれて、少しずつ配下の兵士たちも連れてくるようになった。
田植えの前には
3町もの新しい田の田植えをどうするかで悩んでいた元村長は、深い疑念をひっくり返して一気にムル派に鞍替えした。
ムルとイズモ国東方方面軍第13侵略部隊の兵士たちは、村と村人に対してひたすら献身的だった。
こうして、ムルは村からの信頼を勝ち取ったのだった。
(愚かな村人どもめ・・・)
ナオヤの隣で稲を植えているギソンは、心の中でつぶやいた。
そして、あらためて上司であるムルをおそろしいと思った。
あの日、新田開墾を終えてイズモ国へ帰る兵士たちからは不満が噴出した。
ムルから一応の説明は受けていたのだが、部隊には豪族出身の武闘派が多く、納得できない者も多かったのだ。
武闘派兵士は侵略部隊に必要だ。さらに、脳筋であり、ムルにとっては御しやすい。また、金を巻き上げるのも容易であり、積極的にそういう人材を集めていたのだが、それが仇になった形だ。
「我々は兵士であり農民ではない」
「なぜ、剣を握るための手で
金と弱みを握られている絶対者のムルには直接聞くことができないものだから、副官であるギソンに問いただしてくる者が多かった。しかし、ギソンもまたムルの真意が読めなかったので、言葉を
翌日、ムルは一人であの村に出かけていった。持ちきれないほどの手土産を携えてだ。
そして、帰ってくると部隊に向けて『アオキ村無血征服作戦』を発表したのだ。
1, 贈与に通う
2, 信頼を得る
3, 村を乗っ取る
ムルのプレゼンは鮮やかだった。
まず、ムルはアオキ村攻略がいかにむずかしいかを説いた。
アオキ村は、反イズモ国である。その理由を潜入調査したところ、村の山にババ様と呼ばれる神が住んでいて、その神が反イズモ国であるということが判明した。村人が神託に逆らえないのは常識である。神を背にした村人を武力で屈服させることは不可能だ。だから、アオキ村をイズモ国に併合するのがむずかしいのだと。
次に
老獪な政治家であり、イズモ国にまつろわない村長が、少年に代替わりしていた。少年はおよそ老人より素直であり、操りやすいものである。だからこそ、先日攻めたときに、少年村長を見て考え直した。アオキ村を無益に攻め滅ぼして血を見ることもない。村ごと懐柔したほうが得策だと、瞬時に戦略を変えたのだと力説したのだ。
ここまで聞いて、すでに反対する兵士たちはいなくなっていた。
彼らはムルにとってカモなのだ。
そして、具体的な戦術の話だ。
まずはムル一人で贈り物を持参して通い、村人の信頼を得てから、経験の浅い少年村長を懐柔して取り込み、やがて、村を併合するという計画だった。
無血で征服は好ましい。そして、秋までまったりできる。殺伐とした日々に疲れていた兵士たちはムルの作戦に賛同した。
そして、ムルはその計画を着々と実行に移していった。
苗作りまで手伝うというのは反対意見も出たが、村人たちからの好意と信頼がぐんぐん上がっていくのを体感して、兵士たちもムルの策略に感服していったのだった。
そんな日々の中、いつの間にか、村は有名になっていた。
「イズモ国正規軍を退けた最強の村」
「対イズモ国最終砦」
「武神の住む村」
村にいかつい二つ名がついたのだ。
それほどのことをしたわけではないのだが、もとよりイズモ国にまつろわぬ村として、それなりに有名だったので、さらにパワーアップした感じだ。
オオナムチのことも噂になっていた。
攻めてきたイズモ国の軍勢2万に単騎でつっこみ、将軍の首を挙げた槍使いとか、鬼道の炎で千人を焼いたとか、話に尾ひれがつきまくっていた。
軍勢は200だし、戦ってもいない。
槍なんて使っていない。
鬼道はババ様から習っているので使えるが、そもそもムルの軍とは戦っていないのだ。
現実とはかけ離れた噂が広まっているらしいのだ。
「いやあ、人の噂ってものはおそろしいっすね」
ムルはおどけた表情で、オオナムチに言った。
「そもそも戦ってないし」
オオナムチは笑った。ナオヤも村人たちも笑った。
「オオナムチさーん」
「ん?」
声がする方向を見ると、田の外の兵士がこちらを指さしているのが見えた。
(誰だあれは?)
誰かが兵士と話しているが、水田の照り返しでよく見えない。
「お客さんですー」
兵士の声とともに、その人影が飛んだ。
こちらに向けて飛んだのだ。
20メートルを一足飛びで田に着地すると、水と泥が爆ぜ、ナオヤやまわりの村人たちは衝撃で飛ばされた。
そして、ぬかるみに足を取られて泥の中に豪快にこけた。
「え?」
泥だらけの人影が、ゆらりと立ち上がる。
それは、ツノの生えた鉄兜をかぶり、身に余るほどの大剣を掲げ、海人族のような文様の服を来た
泥だらけだが、まったく気にならないらしい。
そして、叫ぶ。
「天下無双の雷神殺しオオナムチとはおまえか?オレと戦え!」
(雷神殺してないし…噂に尾ひれつきすぎだろ)
オオナムチは笑えない展開にひきつっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます