第7話 新村長の初手柄

 村の西のはずれ、イズモ国東方方面軍第13侵略部隊は攻め込む前の布陣を整えていた。

 今まさに村に突入しようとしているその時、村人の集団がやってきた。

 オオナムチを先頭にした村人総勢136人である。


 部隊長ムルは戦慄におののき、手にした戦斧せんぷを落とした。

 村人の集団を畏れたわけではない。

 ムルの部隊は、武装したイズモ国精兵200名、対する村人は布の服で、武器すら持っていない。数の上でも戦力でもあきらかに圧倒している。

 では、なにがムルを畏れさせたのか。


 先頭を歩くオオナムチである。


 ムルの部隊は常勝だ。

 兵士の練度は高く武装は超一流、統率も取れているが、それが常勝の理由ではない。

 ムルは勝てる勝負しかしないのだ。


 守銭奴でケチなムルが部隊の装備に金をかけるのは、強兵で勝つことがさらなる富を生むことを知っているからだ。

 勝つことにこだわるムルは、負ける要素を徹底的に排除する。

 事前に綿密な情報収集をして、必ず勝てる戦を仕掛けて圧倒的に勝つのがムルのやり方だ。


 このアオキ村に対しても、半年間調べ尽くした。

 火神岳の西、この周辺の村すべてをイズモ国に併合したのだが、最後に残ったのがこの村だ。


 武力も同盟もない、もちろん武人や勇者がいるわけでもない。

 平凡な農村が、なぜイズモ国にまつろわぬのか。

 そこは不思議だったが、飛び地として残すわけにはいかない。

 得体の知れないところはあったが、攻めて負ける要素はないと判断したのだ。


 イズモ国に降らぬのなら攻める、そう通告して一週間。

 返答が無いことは予想どおりであり、戦になって当然のごとく勝ち、大きな利益を生むと判断したからこそ、今こうしてこの場に立っている。


 しかし、そのムルの予測をすべてひっくり返したのが先頭を歩くオオナムチである。


 勝ちにこだわるムルは、強者の匂いに敏感だ。

 だからこそムルにはわかったのだ。

 先頭を歩いてくる少年、オオナムチは圧倒的な強者だと。

 ムルが率いる精兵200名ですら、この少年一人に簡単に全滅させられるだろうと…

 これほどの強者は、イズモ国にすらそうはいない。

 ここからどうやって勝つのか、いや、勝つことはあきらめよう。どうやったら負けを避けられるのか、なんとか無難に切り抜けられないのだろうか。

 ムルの頭脳は答えを求めて超高速で回転し、集中するあまり戦斧せんぷを落としてしまったのだ。

 狡猾こうかつな常勝のムルが、矮小わいしょうな負け犬の思考になっていた。


 右手を上げて、全軍を静止した。

 少しでも遭遇そうぐうまでの時間を稼ぐためだ。

 背中にいやな汗が流れている。

 寒気がして体毛が逆だっているが、部下たちに動揺を悟られるわけにはいかない。

 人望の無いムルにとって、敗北はすべてを失うことになりかねないからだ。

 なにがあっても負けることだけは避けなければならないのだ。


 少年との距離は500メートルほど。

 この軍勢を前にして、臆する素振りもなく歩みも変わらない。

 少年はなんだかにこやかですらあり、散歩のような軽快さで、こちらに近づいてくる。

 後ろの村人たちも、堂々として見える。

 異常事態で非常事態だ。


 この少年は、一人でイズモ国東方方面軍第13侵略部隊を殲滅せんめつするさまを、村人たちに見せつけようということなのか。

 そんなことをされたら、たとえ生き残ったとしても、もはやムルに居場所はない。

 むしろ、イズモ国そのものの威信と沽券にかかわる問題である。

 スサノオ大王はその部隊長を許さないだろう。


 悪い予感と場面がひたすらに頭に浮かぶ。


 ムルに残された時間はごくわずかだが、最適解を導き出さねばならない。

 これ以上、村人たちとの距離が近づくと、部下が暴走して攻撃をはじめるかもしれない。

 それまでにどうにかしなければ。

 ムルの焦りは加速していた。


 一方のオオナムチであるが…


 オオナムチも焦っていた。


 想定よりちゃんとした部隊だった。

 武装もよく士気も高い。

 統率もよく取れている。


 こんな小さな村を攻めるには、あきらかに過剰な武力だ。

 村人たちが農具を持ったところで、まったく勝負になるわけもない。

 戦意を示さないためにも、武装させなかったのは正解だった。


 オオナムチは、この軍勢を一人で壊滅かいめつできる自信はあった。

 山の神である巨神に鍛えられ、野の神であるババ様に理を説かれて育ったのだ。

 この程度の軍勢、余裕で勝てるのは、わかっている。


 では、なぜオオナムチが焦っているのか。


 村人たちを連れてきてしまったことである。


 敵の軍勢は200名、村人に犠牲を出さないで立ち回ることは、さすがにむずかしい。

 兵士が全員、オオナムチに向かってきてくれれば問題ないのだが、オオナムチの武力を見た兵士の多くは、オオナムチを避けて村人たちを狙うだろう。


 山奥の神域で育ち、多くの人とともにコトをなすことに対しての経験不足が、こうした不測の自体を招いてしまったのだ。

 弱者とともになにかを行うのはむずかしい。

 オオナムチは、今まさにそれを学んでいた。


 そして先頭に立つ部隊長らしき男の存在だ。

 心が読めるオオナムチだが、その男は読めないのだ。


 黒い。ただひたすら黒いのだ。


 こんな人間ははじめて見る。

 武力はたいしたことなさそうだが、なんとも言えず不気味だ。

 

 オオナムチが脅威に感じているムルだが、ギャンブルを続けてきたことで、自分の思考を読ませない術を身につけていたのだ。

 そして姑息で狡猾な策略を続けてきたことで、黒いイメージを身にまとっていた。

 それ自体、戦いにはあまり意味を持たないのだが、読めるものが読めないということで、オオナムチは不気味に感じて焦っていたのだ。


 オオナムチは焦っていたが、まあなんとかなるだろうと、そのまま歩みを進めていた。

 出たとこ勝負には自信があるのだ。


「ムル部隊長、攻撃しますか?」


 イズモ国東方方面軍第13部隊副官のギソンは、いつもと違う様子の部隊長に声をかけたが、ムルの返事はなかった。


 ムルと同郷で、兄弟のように育った男。

 ムルが心を許しているただ一人の腹心だ。

 イカサマ賭博でもムルをアシストしているし、あらゆる意味で腹心の男なのだ。

 幼い頃よりムルを見てきたギソン。

 そのギソンが見たこともない焦りの表情。

 どんなときも余裕に満ちた狡猾な常勝の部隊長ムルが、そんな焦りの表情を浮かべている。


 近づいてくる村人の群れ。

 とくに戦意も感じられない。

 ムル部隊長がこんな表情を見せる理由がわからない。


「ムル部隊長、攻撃しますか?」


 ギソンは声を大きくして、もう一度聞いてみた。


「ま、待て!」


 ムルは、我に帰って慌てて止めた。

 攻撃したら、間違いなく返り討ちに合うだろう。

 短時間だが熟考したムルは、そう結論を出したのだ。

 戦って勝てる要素がない。

 どうあっても戦闘は避けねばならない。


 つまり、ムルは戦わないことを決断したのだった。


 そうしているうちに、ムルの前にオオナムチが到達した。


 (対峙してあらためてわかったが勝ち目はない)

 ムルは戦慄していたが、兵士たちはそんなことは知るよしもない。

 兵士たちから見ると、軍勢に対して無礼な少年と村人たちでしかないのだ。


「何だ貴様は!?」


 副官のギソンがオオナムチにすごんだのも当然と言える。


「やめないか!」


 ムルは慌てて止めた。

 心臓が飛び跳ねる。

 自殺行為はやめてくれ。

 眼の前の少年がその気になれば、部隊ごと瞬殺されてしまうのだ。


 オオナムチは迷っていた。

 なんだと言われても、俺ってなんだっけ?

 助っ人?いや、それもおかしいよなと、返答に困ってしまった。

 村について話もしていないから、そもそも何が起こっているかすら知らなかったのだ。


「新しき村長むらおさです」


 村長むらおさがすかさず一歩出て、オオナムチの代わりに答えた。

 そして、すっと下がる。

 これでオオナムチが村長だ。全責任をオオナムチに託すことができたのだ。

 さすが村長むらおさは政治家である。

 ああ、すでに元村長になったのか。


 (え?俺って村長なの?)

 オオナムチはびっくりしたが、おう、と小さく答えておいた。


 ムルは戦慄した。

 先日までこんな少年はいなかった。

 なのに、村長になったというのか?

 つまり、ここ二日の間に村を訪れて、すぐさま村長になったということだ。

 見た目は少年だが、それがさらにおそろしい。

 村長とは年長者の職である。

 少年でありながらいきなり村長になるとは、なんらかの圧倒的な実力を示したということだと考えたからだ。

 ムルの中で、オオナムチがどんどん大きくなっていた。

 なまじ賢いがために、想像をふくらませてしまったのだ。

 実はオオナムチも焦っているなんてことには、まったく気づいていないのだった。


 (さて、どうしよっかな)

 オオナムチが考えあぐねていると、ムルがおもむろに一歩前に出た。


「治水工事に来ました」


「えっ!?」


 ギソンはムルの思わぬ言葉に、声が出た。

 我々は村を制圧に来たのだ。工事の業者じゃないぞと…


 ムルは下卑たひくつな笑いを浮かべながら続ける。


「田植え前ですよね。新しい田も整備させていただきます。秋には収穫が増えますぜ!」


「な、部隊長!?」


 ギソンは意味がわからずムルに詰め寄った。

 兵士たちにも動揺が広がっている。

 ムルが睨んでギソンの胸を押し返す。


「そうなの?」


 オオナムチも驚いていた。

 眼の前の真っ黒な男、実はいいやつなのか。

 治水工事とか開墾は、相当に大変な作業だ。

 やってもらえれば助かるが、なぜそんなことをしてくれるのだろう?

 ムルの提案の意味がわからない。

 まあ、いっか。宣言どおり戦にならないのだから、結果オーライである。


「じゃあ、お願いします」


「つきましては、農具を貸していただきたい。村人のみなさん、持ってきていただけますか?」


「みなの者、村から農具を持ってくるのじゃ!」


 元村長が喜び勇んで指示を出した。

 手柄はできる限り派手に横取りするのだ。

 どこまでも政治家である。


 ムルはニコニコと揉み手をしている。


「じゃあ、俺も帰るよ?」


「どうぞどうぞ!」


 オオナムチは村に向かい、ムルは大きく手を振って見送った。


 オオナムチと村人の背中が小さくなると、ムルは大きく息を吐いた。

 (助かった)

 安堵のため息である。

 こんなピンチは生まれてはじめてだった。

 しかし、なんとかくぐり抜けた。


「どういうことですか!?」


 ギソンは興奮して、ムルに詰め寄った。


「なにがだ?」


「なにがって、我々が治水工事をするのですか?」


「そうだ」


「なぜですか?」


「よく聞けギソン。そして兵士たちよ!」


 ムルはさきほどまでと打って変わって威厳に満ちて話しはじめた。


「村人を全滅させたところで、得るものは少ない。無駄に死者を出す意味もない。おまえたちにケガをさせたくもないしな」


 ムルが人道的なことを言うのは珍しいが、ギソンも兵士も反論は思いつかなかった。


「それよりも、こうして田を増やして生産を増やしてから、秋の収穫に合わせてあらためて村を併合すればよかろう」


 兵士たちが、納得した声を上げている。

 側近でありムルのどす黒いところを見続けてきたギソンは半信半疑だったが、正論なので反論できない。


 (よし!もう一押しだ)

 ムルはでまかせの言い訳のダメ押しに入った。


「それに、この村がこのあたりで最後のまつろわぬ村だ。ここを制圧すれば、次は激戦区に転戦することになる。急いで危険な戦地におまえたちを連れて行くつもりはない」


「なんと…」


 兵士たちは感動していた。

 泣いている者もいた。

 兵士たちは非道な守銭奴だと思っていたムル部隊長を見直していた。

 もちろん、ムルにとっては、すべてとりつくろうためのでまかせだが、兵士たちはそこまでわからない。


 ムルは最大のピンチを乗り切ったのだ。


 ムルと兵士たちは、村人たちが道具を持ってくると、川の護岸整備をし、用水を引いて、3町もの田を開墾して帰った。


 結果として、オオナムチは戦から村を救ったし、ムルも全滅の危機を未然に防ぎ、あまつさえ人望を上げることになった。

 村人たちはイズモ国に対して、よい感情を持った。


 こうして、オオナムチは最初の伝説を作ったのだった。

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