第6話 脅威の侵略部隊

 オオナムチが村に着いた途端に、大王の軍勢が攻めてきた。

 まあ、大王の軍勢が攻めてくると聞いて、ナオヤが村の代表として神降ろしに出発し、すでに三日が経っているのだから、むしろ遅かったと言えるのかもしれない。


「まあ、想定内だよ」


 オオナムチは微笑ほほえんだが、実は何も想定していない。

 出たとこ勝負に圧倒的な自信を持っているだけだった。


 そうとは知らない村長むらおさや村人たちは、オオナムチの余裕の態度にいくらか安堵あんどした。リーダーが自信満々だと、まわりは安心できるのだ。


「武器を出しましょうか?」


 村長がオオナムチに恐る恐る訪ねた。

 神ではないが村を救ってくれる人を超えた存在。

 この状況で落ち着いていられる胆力、器の大きさは、見た目が少年とはいえ素直に屈服させられるものだった。

 武器と言っても農具くらいしかないが、素手よりはマシだろう。

 ここは農村なのだから、クワやスキは大量にある。


「いらないよ。戦になっちゃうだろ」


 オオナムチの言葉は、村長むらおさには理解できないものだった。

 スサノオ大王の軍勢、精兵たちがすでに攻めてきているのだ。

 戦になるもなにも、戦そのものだと思うのだが、そこは村長むらおさ、村を治めてきた政治家である。

 わからなすぎるときは口を閉ざすのだ。

 待っていれば、誰かが次に進めてくれる。

 まわりの知を引き出すために、己は口を閉ざすのだ。


「まあ、みんな俺の後をついてきて。大丈夫だから」


 オオナムチは人懐ひとなつっこい笑顔で、まるで野遊びに行くかのように楽しげに言った。

 そして、東の見張りの村人の案内で、大王の軍勢が攻めてきたという方角に歩きだしたのだった。



 ムルは、イズモ国東方方面軍第13侵略部隊の部隊長だ。

 イズモ国は、東への侵攻しんこうを強めており、その最前線の精兵200名からなる部隊である。

 最前線の部隊であるが、それゆえに軍の中では消耗率の高い下位の部隊だ。

 ここで功を上げた者は、出世して抜けていく、そのスタートラインとなる最初の部隊であった。


 ムルはその部隊を率いて、この3年で50の村をイズモ国に併合し、従わなかった12の村を滅ぼした。

 イズモ国正規軍の中でも突出した成果を上げている部隊のひとつである。

 ムルは従軍してすぐに部隊長になり、それからずっと部隊長のままだ。

 これは珍しいことである。

 上位の部隊への昇進の話が何度もあったが、それらのすべてを断って、最前線で戦い続けているのだ。


「俺はおまえらと共に戦いたいのさ」


 ことあるごとにムルは言った。

 自分の出世よりも、共に戦う兵士たちのために残るというのか。

 義の男ムル。


 そんなムルのことを兵士たちは…


 大嫌いだった。


 ムルは金に汚かった。

 イカサマ賭博、インチキ商法、恐喝きょうかつ、ありとあらゆる手段で、部下の金を奪うのだ。

 併合へいごうした村からも賄賂わいろを集めている。


 ムルは兵士たちから蛇蝎だかつのごとく嫌われていた。


 ムルが最前線の部隊長にとどまっているのは、中央からの目が届きにくく、旨味うまみが大きいからである。

 権力とパワハラ、金、弱みを握る、あらゆる手段を駆使して兵士を掌握しょうあくしているため、こわいものもない。


 中央に密告しようとした兵士もいたのだが、事前にすべて潰されてきた。


 そう、ムルは人の心が読めるのだ。

 心が読めるのだから、ギャンブルに勝つのは当たり前、交渉や戦に強いのは当たり前なのだ。


 しかし、この能力には制約があって、自分よりかなり弱い者か、一定期間、一緒に過ごした者が相手でなければならない。そして、複雑な感情などはわからないが、それでも圧倒的な能力である。


 ムルはギャンブルが好きなのではない。

 勝てるギャンブルが大好きなのだ。


 けして強くはない、むしろ弱者が多い村人相手に交渉や戦をするこの最前線の部隊は、ムルにとってもっとも活躍できる場所、いや、むしろ安全に勝ちを積み上げられる唯一の場所かもしれない。


 昇進などして、強者の集う大きな戦場に駆り出されるのはまっぴらごめんだ。

 弱者から安全に金を巻き上げて、財を成す。

 金こそ力だと、心の底から信じきっていた。

 ムルは武人ではない。

 最前線の侵略部隊長でありながら、心は商人のそれだったのだ。


「ムル隊長、村人たちが来ます」


「おう。祭りだ」


 ムルは巨大な背中の戦斧せんぷを抜いて構えたが、村人の先頭を歩く少年を見て、驚いて戦斧を落としてしまった。

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