第5話 はじめての村そして…

 オオナムチは神域を出たことがない。

 もちろん村に行ったこともない。

 ババ様におしえてもらったおぼろげな知識しかない。


「村ってどんなところだ?」


 オオナムチは川舟を漕ぎながら、座っているナオヤに聞いてみた。

 ここに来るまでの道のりで、二人はそれなりに馴染んでいて、年が近いこともあり、オオナムチの口調もくだけたものになっている。

 ナオヤのほうが少し年上のようだが、相手は神なのでこちらは敬語である。


「元気ですね…」


 ナオヤはトビウオのように船を漕ぐオオナムチを見て、返答を忘れてつぶやいた。

 洞窟を出てから森の中を走りっぱなしでここまで来たのだ。

 座っているのではなくて、立ち上がる余力がない。

 ナオヤが行きに一日以上かかった道のりを、オオナムチの先導により半日で駆けてきた。

 驚異的な速さだ。


 オオナムチの選ぶ道は、走りやすくて近道だった。

 ナオヤに合わせて、速度を落として先導してくれているのがわかったが、信じられない体力を見せつけられて、村一番の健脚けんきゃくのプライドは粉々にくだかれた。


 川が近くなったと思ったら置いていかれたのだが、ナオヤが川に着いたときにはオオナムチは船に乗っていた。

 なんと、ナオヤが来るまでの間に船を造っていたのだ。

 小さな丸木舟だが、ナオヤが遅れたと言ってもせいぜい30分やそこらだ。

 村で同じものを造るには、5人で一ヶ月はかかるだろう。

 どうやったのか聞きたかったが、遠慮がちなナオヤは聞くことができなかった。

 そして、今はその船で川を下っている。

 村はもうすぐそこだ。


「そうかな?で、ナオヤの村ってどんなところだ?」


 ナオヤは考え込んだ。

 村がどんなところかなんて、今まで考えたこともなかったのだ。


「どんなところというか…家がたくさんあって田畑があります」


「そうか」


 オオナムチは、なにごとか考え込んでいるようだったが、それ以上聞いてくることはなかった。


「すいません」


 ナオヤはうまく答えられなかったのが申し訳なくてあやまったが、オオナムチは気にしている様子はなかった。

 鼻歌まじりにいでいる。


 オオナムチの船は速い。

 なんの仕掛けもない小舟だが、川を下る流れを追い越して、飛ぶように進んでいく。

 海人族でも、これほど速く船を走らせることはできないだろう。

 まったく驚くことばかりだ。


 船から降りて30分ほど歩いて、村に着いた。

 ナオヤは走る力がもう残っていなかった。


「これが村か」


 オオナムチは目をキラキラさせて村に入った。

 ナオヤとオオナムチを見ると、村人が集まってきた。


 村人たちが一斉にひれ伏す。

 ナオヤも村人の中に入ってひれ伏した。


「神よ。よくぞお越しくだされた」


 整った身なりの初老の男は、村長むらおさだ。

 ナオヤは神を降ろして村につれてきた自分が誇らしかった。

 厳しい道程だったが、報われた気がした。


「いや、神じゃないし」


「なんですとー!??」


 村長がエビ反りで叫んだ。

 加齢で曲がりはじめている腰が逆に反った。

 村人はざわつき、ナオヤの心臓が止まった。


「か、神じゃないの・・・?」


「うん」


 ニコニコと笑うオオナムチ。


 村長は風切り音がするくらい激しく首を振って、右隣にひれ伏すナオヤを睨みつけた。


「どういうことだ?」


 震えるような、押し殺したような、なんとも言えない声でナオヤに問う。


「え?・・え?」


 村長の目は興奮で充血している。

 やっと迎え入れた神に挨拶をしたら、即否定なのだ。


 ナオヤは気が動転して答えることができない。

 平穏な暮らしにのほほんと生きてきたナオヤは、今日だけでどれほど追い込まれるというのか。厄日なんてもんじゃない。


「ジジイは山の神だが俺は違う。神なんて古ぼけた化石じゃないぜ」


 オオナムチが大威張りで言うが、村人たちはポカーンとしている。


「村をお救いくださるのですか!?」


 すかさず村長が尋ねた。

 村長は政治家だ。意味のわからないことは置いておいて、シンプルに要件を通す政治力を持っていた。


「うん」


「おおお!」


 村長が小さくガッツポーズ。

 村人たちから歓声かんせいが上がる。


 ナオヤもほっと胸を撫で下ろした。

 これでなんとかなる。


 オオナムチは、あっという間に川舟を造り、二日以上かかった道のりを半日ちょっとで村に帰ってきた。

 不可能と思えることを余裕でやってのけるすごい能力を持っている。

 村を救えるかという問いにも、気負いもなく自信に満ち溢れた堂々たる返答だ。

 オオナムチの指導で準備すれば、大王の軍勢に対してもきっとなんとかなるだろう。


 村を救うための神降ろしというナオヤの使命は果たせた。

 今夜はがんばった自分へのご褒美に、甘いものをたっぷり食べてゆっくり眠ろう。

 ナオヤは目を閉じてそう誓うのだった。


 すると、東の見張りをしていた村人が、すごい形相ぎょうそうで駆けてきた。


「大王軍が来ました!!」


「えっ!?もう来たの?」


 なんと、準備をする間もなく、大王の軍勢はやってきたのだった。

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