第4話 長い旅のはじまり
目を覚ましたナオヤは、あらためて巨神と向き合っていた。
怖い。怖すぎる。
長老の話で、神とは
「わしに用か?」
腕など、ナオヤの腰くらいの太さがあるのではなかろうか。
ナオヤは震えた。
短い言葉のひとつひとつが極度の威厳に満ちていて、生きた心地がしない。
怒鳴っているわけではない。
むしろ、静かに軽く問いかけてきているのだが、心臓を直接叩かれているような衝撃におののく。
ナオヤは信心深く、神を
気を失わないようにするのがやっとなのだ。
「ジジイ、
オオナムチが巨神の足を
軽いそぶりの小さな蹴りなのに、高い崖の上から大きな岩が落ちてきたような轟音が洞窟に響いた。
しかし、巨神はびくともしない。
なんとも思っていないようだ。
「神よ!村をお助けください」
ナオヤは勇気を
もともと勇気があるほうではない。
むしろ、臆病で慎重だ。
村一番のビビリなのだ。
すごく簡単な問題でも、検討に検討を重ねた結果、行動するのをやめることも多い。
しかし、今回の神降ろしは、
信頼を裏切るわけにはいかない。
そして、険しい道のりを、
ここまで来たのだからやるしかない。
そして、できるだけ早くこの場から解放されたい。
正直に言うと、やるべきことをさっさと終わらせて、今すぐにでもどこかに逃げ出したいのだ。
ナオヤの精神の限界はすぐそこまできている。
巨神は目を閉じて考え込んでいる。
ただそれだけでナオヤはひたすら怖かった。
オオナムチはとくに何も考えていない感じだ。
気楽そうでうらやましくなる。
ナオヤの背中にはよくわからない汗が流れていた。
一瞬か、それとも数分たったのか。
緊張しすぎて時間の感覚がよくわからなくなっている。
口が乾いてカラカラだ。
ナオヤは、返答を待ちきれずに口を開いた。
「大王が攻めてくるのです。村をお助けください」
イズモ国スサノオ大王の軍が村を攻める。
それは、村が消えることと同意だ。
この十年でスサノオ大王に消された村は100を軽く越える。
毎月どこかの村が攻められているのだ。
きっかけはどれも些細なことだ。
難題を吹っかけられて、少しでも逆らうと、すぐさまやつらが攻めてくる。
ろくに武器も持たない村人の抵抗はなんの意味も持たない。
それでも抵抗する者は殺され、村は焼かれ、従うものは連れて行かれる。
連れて行かれた者たちは、別の土地に移され、男は奴隷として
しかしだ。
100を越える村が消えたが、村を凌ぐ町が
平和な暮らしは過去のものとなったが、国力は上がっている。
これがイズモ国の現状だ。
賢者と呼ばれる者たちの中には、スサノオ大王のもたらす破壊は改革を進める国造りであり、社会が発展するための必要悪だという意見も多い。
スサノオ大王は神なのだから、神国の
しかし、村人のナオヤにはそんなむずかしいことはわからない。
ただ、村が攻められることが怖いのだ。
「
巨神が身を乗り出した。
これはよい
よい答えが聞けるのではないかと、思わずナオヤも身を乗り出した。
「お助けくださるのですか!?」
「知らん。人の争いに興味はない」
神にあっさりと断られた。
ナオヤは目の前が真っ暗になった。
ガクリと
クラクラと
絶望の淵に落ちていこうとするナオヤの眼の前を、白いものが飛んでいって巨神の
地面に転がったそれは、焼けた動物の骨だった。
「
「ババ様!?」
いつの間に入ってきたのか、白髪のやさしげな婦人が立っていた。
見た目30代か。ババ様と言われるような年には見えないが、この時代の平均寿命は短い。
成人する前に命を落とす者が多い時代だ。
しかし、この婦人は、見た目よりはるかに年を重ねている。というか、そんなレベルではない。
ナオヤの爺様の爺様の爺様より、ずっとずっと昔から村の山に住んでいる神なのだ。
実際、ナオヤが子供のときから、見た目がまったく変わっていないのである。
ババ様の名はカヤノヒメ。野の神である。
ナオヤは最初にこのババ様に相談に行ったのだ。
すると、洞窟へ行けと指示された。それだからこそ、今こうしてナオヤはここにあるわけだ。
(心配になって自分もやってきてくれたのだろうか)
思わぬ
「ひさしぶりだなババア」
巨神が悪態をつく。
「まったく…。あなたの
ババ様はあきれた顔だ。だが、予想していたことなのだろう。とくに動じる様子はない。
「わしは行かんぞ」
「当たり前です」
「えっ!?」
ナオヤは絶句した。ババ様は巨神を説得する強力な
ババ様の顔をほけっと見つめてしまう。
「あなたが行っても戦が大きくなるだけでしょう。
「フン。わかってるじゃねえか」
巨神が鼻を鳴らす。褒められているわけではないのだが、なんだか誇らしげだ。
「ジジイは
オオナムチは大きく
巨神の拳がうなりを上げてオオナムチの頭を狙ったが、軽くかわしてババ様の隣に立った。
(あんなのが当たったら死ぬだろう…)
ナオヤは恐怖に青ざめて気持ち悪くなった。それほど
しかし、巨神とオオナムチにとっては日常である。
「すばしこいやつだ」
「ジジイがとろいんだよ」
オオナムチはなぜに、巨神に対してこんなに強気でいられるのか。
ナオヤは不思議でならなかった。
幼い頃から
「行くのはこの子です」
ババ様は隣に立つオオナムチの肩にやさしく手を添えた。
「えっ!?」
次から次へとナオヤには驚くことばかりだ。
(ババ様の告げた神は、やはりこのオオナムチ、つまり少年神だったのか?)
ナオヤがオオナムチを見ると、少し笑っているように見えた。
「大きく高く広くモノを見られるように、狭き議論の民から離して育ててきました。されど、地に降りて交わる時が来たのです」
オオナムチは人里離れた神域で、ババ様と巨神に育てられたのだ。
人の
それを今まさに神域から地に降ろし、人と交わらせる時だと、ババ様はそう宣言したのである。
「こいつはまだクソガキだぞ!?」
「おや、寂しいのですか?」
「ないわ!」
巨神はババ様の冷笑に背中を向けた。
「この子の名はオオナムチ。尊き名がこの子の足跡を追います。わたしたちが育てたこの子に不足があるのですか?」
ババ様がさとすように言った。
「知らん。勝手にしろ」
「じゃあ、行くわ」
オオナムチはあっさりと答えた。
小さいことにはこだわらない大雑把な性格であり、楽天家なのだ。
広い世界で自分を試してみたい気持ちもある。
オオナムチはワクワクしていた。
こうして少年オオナムチの長い旅がはじまったのだった。
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