極彩色なぼくら

マスクの中におさまる唇が、愛を囁くのをやめない。その言葉がうっかり音になってしまったならば、わたしの人生は終わるかもしれないのに。鮮やかな感情がドクドクと、鼓動と共に世界を塗りたくっていく。隣でおはよ、と無愛想に吐かれた白い息が、おもむろにマスクに手をかける。溢れ出すまで5秒前。




夕焼けなんて言える風流はないから、あたしはオレンジジュースと答える。迸る甘酸っぱい香りがスカートにまだ残っていたからそう答えてしまったのかもしれないな。潰れた果実を飲み干した喉元は冷たくもなく、あたたかくもなく。つっかかった薄い皮に甘さだけが残って、少しの苦味を伴って、酸味がお腹の底に落ちていく。あの子のように笑えたら、なんて。センチメンタルに浸っても、それは細胞に行き渡って、あたしの活力になるんだ。憂鬱を弾き飛ばして、高くジャンプして、熱を増す朝の光の中で今、生まれ変わる。




アスファルトの空を飛ぶ、黄色い鳥は、擦りきれ裂けたイチョウの葉。失ったきれいなかたちは、彼に翼を与えたらしい。風に乗っていけば、どこへでもゆけるよ。縛りつけられた幹の上では、ただの色彩の一部だったのに。彼の色は無機質な地べたを彩る。空に遠ざかるほどに自由を得てしまう、下等生物よ。


 



私たちの楽園はきっと今日で終わりなのだろう。こつこつと刻まれる文字たちが教室の時間を永遠不滅にしていたあの頃は、あれほどここから解放されたいと願っていたのに。知らないうちに甘やかされて守られて、今さらになって神様は優しかったのかもしれないと思えるようになったよ。瑞々しいとか輝かしいとかいわれる過去になっていく日々を白線で切り裂いて、ざわわと夢を書き殴れ。




柔肌におおわれた血管を小さく傷つける。流れ出した液体はとろりと赤くて、偽者だったのだと気付かされる。じゃあこの手のひらに浮かび上がる脈は、いったい何なのだろう。唇だけで問い掛けても、無傷のそれは静まり返ったまま。私の預かり知らぬところでとくとくと、二つの色が融け合っていく。あの色が、好きでした。私にはない高潔さと、妖艶さがあったから。どうしてもあなたに近づきたくて、募る想いの分だけ咎められても殴打を繰り返して、でも駄目でした。私はしょせん、偽物だったのです。諦めを手首に刻んで、解放された窓を閉める。暗がりに映った私の顔はひどく、美しかった。




人混みの中を歩いているとき、死にたくなるのは何故だろう。答えなんかわからないから、ペペロンチーノの匂いを嗅いで、あなたに愛をつぶやかれたことを知って、平等の意味とはなにかを俯瞰して、行きたくもない場所に行って、趣味のはなしで耳があつくなって、歩くたびに靴が重くて、そんな今日の日。





 雨が、降ってきた。彼は躊躇することなく空へと飛び立つ。由来のわからぬ光をたずさえて、雨粒は両翼に降り注ぎ、もはや拭うことのできない修羅の色を艶めかせる。哀しみは青く、嫉妬をあおり、憎悪をあいする。取り遺された色たちがそれぞれの感情を孕んで、光に絡み付く。純粋なしずくははばたきに振り払われ、内包した色の鮮やかさだけを地上にもたらした。空との境界を失って、ひたひたと闇に呑まれていく。君はあくまでも曇天になろうというのか。

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