世界の空白だったものたち
洋楽のアンティークに揺られながら、海のきらめきに手を伸ばす。緩やかに水面を撫でる一音は、色鮮やかに世界を染め上げる。けれど、そのきらめきは一瞬で海の底に色褪せてしまう。だから真っ白なノートに拙い文字を走り書くんだ。色をこぼさないように、忘れないように。そして今日も一つ、海を渡る。
澄んだ風にのって聴こえた歌声を今でも時折思い出すのです。伸びやかに野山を駆け回りながらも言葉の節々に残る淑やかな響きは世界を優しく彩ってくれました。けれど僕は、白いワンピースの裾が窓辺に揺れるのをただ見ていることしかできなくて。もし勇気を出せたなら、貴女は笑ってくれたでしょうか。
24時間365日いい人なんていないんですよ。そう言って不敵に微笑んだ君の唇の隙間から、白い牙がこぼれる。貴方のそんな顔、はじめて見たわ、と言えば、君は私の首に舌を這わせて、強かに噛み付く。薄い膜からぷつり、珠のようにあふれるそれが、君の体内に降り積もれば、隠した慕情が伝わるのかしら。
この愛を誓うなら、貴女とがよかった。この恋を実らせるなら、貴女とがよかった。白い花といえば貴女で、奏でる芳香は、酔い惑うほどに涼やかに鱗片を揺らす。なににも染まっていないのだから、その言葉を与えられたのでしょうね。横を歩くことも許されないのなら、ひだまりにとけて貴女を照らしたい。
規則正しく並んだ欠片を、崩してくちに放り込む。舌の上でとろける優しい甘さは、やっぱり期待を裏切らないよね。ひとつ、ふたつ、失われていくスウィートタイムは、12数えるまで終わらない。ミルク、ビター。最後はあなたが好きだった、白い一粒を。甘すぎるその味は、あまりに素直で泣きたくなった。
ふらふらと歩き回る意識は光の街に消えて、左腕に刺さった点滴が静かにからだのなかを巡る。ゆらゆらと視界のはしを游いでいた金魚の尾ひれが、目の前を通り過ぎてあかあかと白い天井に眩む。無気力なのは誰のせい?訊かれてもぼくにはわからないよ。ふわふわと眠りに落ちて、きみのいない街の片隅へ。
骨色、と少し灰色がかった白髪を撫でて、彼は静かに微笑んだ。ふいにそよぐ風があなたの髪を靡かせて、東雲の空にすぅと色彩を乗せていく。あなたは優しすぎるから、自分の色を削りとって世界から少しずつ遠ざかっていくの。じゃあ、骨は髪色かな?繋ぎ止めるように私が問うと、彼は淋しそうに笑って、うーん、いや心かな、なんて。
月が三つ、空に浮かんでいた。彼等はじゃれ合うように互いを小突きながら残像を白く残す。ふわふわと揺れる意識の中で、相当酔っているんだなと自覚する。湿った匂いの張りついた地べたは、とっくに春の暖かさに絡め取られていなくなり、一人きり俺は待ちぼうけをくらっている。共に一番星を目指したあいつは、7年前の今日、荒波にさらわれてしまった。変われないのはいつもゴミみたいな俺たちで、置いていかれたまま腐っていく。まだ月は肩を組んでじゃれ合っていた。懐かしい歌がどこからか聴こえた気がして、静かに目を閉じる。
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