青い春

ひとめぼれでした。そこまで書いてひとつ、汗を拭った。こんな暑い日に余計熱くなるようなことする必要ないのに、白紙の便箋を走る筆は止まらない。まるでいとゆう陽炎みたいに想いだけが屈折して、言葉を揺らめかせる。レモンソーダをこぼした跡に青いインクが染み出して、ゆらゆらと恋が溢れていく。



夏の残滓がひっそりと消えた。あの青紫が、朝方の冴え冴えとした空気に溶けてしまったから、この頃肌寒くなったのではないか。代わりに木々は暖かに色づき始めて、まるで反抗期みたいだ。それを先生に話したら、君は面白いねと言って、黒板に文字を走らせる。よくわからない仮説じゃなくて、私をみて。



雨の雫に映った花は、あなたがのこした藍の色。知の花房は消えてしまわないように、白いノートにメモしておかなきゃ。幾重にも重なった輪郭から描かれるそれは、聡明であったあなたにはよく似合っていた。何があなたを消し去ったのか、私はいまだにわからない。花は揺れ、私も揺れ、形無く地におちる。



目を細めたあなたの瞳から青空が零れだして、思い出もぬくもりも、残酷に奪っていく。苦しみを苦しみとして、悲しみを悲しみとして、今この瞬間に傷付いてゆくあなたは、入道雲へと綻んでいく涙を必死に受け止めようとする。両手に溜まった生ぬるさは、生きている証だよ。アオハルを、たずさえて征け。 



「死ぬな」と「生きろ」の境界線を歩いて、彼にかける言葉はどちらがふさわしいかを見定めていた。迷いながら歩き続けていたら、彼は蒼い星座になってしまった。見下ろす瞳はあまりにも冷たくて、ずっと空を見上げられないでいる。選ぶことに夢中になった僕は見落とした光を抱えて、終らない冬を歩く。



ゆるやかな日々にふりかけられたエッセンスが、写真の中で頬をゆるめる。たいせつに挟み込んだ手帳の片隅で、青い春にあなたがくれた小さな詩が走っている。恋人がピアノのようにその文字を叩けば、コバルトの筋が静かに波打つ。奏でられた感情は、敬愛なのか、嫉妬なのか。それとも知らない音ですか。

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