第6話 黒の古文書<くろのこもんじょ>
山と森の国・・・
神と悪魔が存在する処・・・
古来より引き継がれる力がある場所・・・
光と闇が鬩ぎ合う世界で・・・
人は闇を恐れ、光を求めた。
夜を恐れ陽の光を求め続け・・・神に縋った。
神は人に<希望>を与え、闇を祓う力を得た。
魔力を持つ者は神に選ばれ、力を手にした。
選ばれし者は光を齎す筈だった・・・だが。
神に選ばれし者全てが光を齎す者とはならなかった。
自ら闇に組みし、世界を我が手に握らんとする者も現れた。
人を滅ぼし、人を奴隷とせんとして・・・
誤った力の使い方を選んだ者。
その名を、人は畏怖を籠めてこう呼んだ・・・
<< 魔王 >> ・・・と。
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古びた本。
手に取ってみれば、どれ程の年月を経た物なのかが解る。
ボロボロの黒い表紙には何の文字なのかさっぱり読み取れない象形文字が記されている。
象形文字?
いや。
それならまだしも、まるで映画に出てくるような魔法の文字にさえも観えてしまう。
本を持つ手がページを捲ると、そこにも訳が解らない文字の羅列が並んでいた。
黒髪を掻き揚げた少年が古びた本を手に文字を指でなぞって眉を
「なんだって、こんな本を。
学生服の少年は女の子の部屋で呟いた。
机の上にはノートが開かれたまま。
そこにはこの本に書かれてある文字が書き写されていた。
「どうして美呼姉は調べようとしていたんだろう?」
本に書かれた文字の中でも、挿絵が付け加えられた部分。
そこに描かれてあるのは。
「龍?かな・・・イメージとは大分かけ離れているけど」
龍の様な機械に跨って剣を揮う人の姿が描かれてある。
その挿絵の周りの分をノートに書き写してある。
「何が美呼姉にあったんだろう・・・今は聞く事も出来ないけど」
そう言った少年は、書棚に置かれてある一枚の額を観た。
そこには、姉美呼と自分ともう一人の少年の姿が・・・
「おいっ!
窓の外から声が掛けられる。
そこに居たのは写真の少年。
「なにリュート?姉さんの部屋に居ちゃ悪い?」
栗毛の濃い、精悍な顔が隣の家から覗いている。
精悍なとは裏腹に、人懐っこい黒目がミコを見詰めて、
「悪いなんて言っちゃいねえし。
また姉貴の部屋で探し物をしていたのかと思ってさ」
隣同士の気安さか、窓辺迄身体を乗り出して中を覗き込んで来る。
「そうだよ、ミコ姉に何があったか。どうしてあんな事になってるのかを知りたいんだ」
ノートに書き写された部分が気にはなっていたのだが。
「あの日のままなんだよな、ミコの部屋は」
リュートが部屋の中を覗き込んで確認する。
「そう・・・あの日の。姉さんが眠り込んだ日のままなんだよ」
本をノートの傍に置いて、
「ああ、ミコが突然気を喪い、意識が無くなった・・・1月前のままなんだよな」
リュート言うミコとは。
「ああ、ミコ姉はまだ。病院で眠り続けているんだ。
もう・・・ひと月もの間・・・眠っているんだ」
尊が悲しげに、心配げに唇を噛んだ。
二人の家がある
山に囲まれた郊外型住宅が立ち並ぶ一角で、事件はひと月前に起きた。
高校一年生になった
隣に住む
尊にとっては兄貴分なのだが、尊は呼び捨てにするようになった。
昔は兄貴分として敬っていたのだが、或る日を境に遠のく様になってしまった。
それは・・・
「今日もミコ姉の所へ見舞に行ってたのかよ、リュート」
つんけんとした口調で、尊が訊く。
「ああ、おばさんの代わりにな。だけど何もなかったよ」
リュートの言い方に、
「お前みたいな奴のどこが良かったんだろミコ姉は」
ブスリと痛い言葉を吐く尊に、幼馴染は気付かない振りで答える。
「ミコ、お前はまだ姉貴から離れないんだな?」
姉と同じクラスのリュートが、やや真剣な声になって訊ねてくるのを。
「ミコ姉にはお前なんて勿体無いんだよ・・・それだけさ」
書棚の写真額に収められた人の笑顔。
まだ、姉と幼馴染がつき合っていると知らされる前。
3人で楽し気に笑い合う顔が収められた最期の一枚・・・
一目だけ写真を観た
リュートが呼び止めるように話しかける。
「ミコ、今日はおばさん遅くなるからってさ。
病院に行ってやったらどうだ?最近行ってないだろ?」
姉の見舞いに行けと促して来る。
「ああ、お前に行けと言われる筋合いはないけどな」
制服のままで、市民病院まで行こうと財布を取りに自分の部屋に戻りながら答えた。
家からバスで数駅の所にある病院の一室へ着いた。
そう広くない一人部屋に、黒髪の少女が眠っている。
夏だというのに、顔色も肌も消え入りそうな程白かった。
閉じられた眉毛は微動だともしない。
それは単に眠り続けている訳ではない事を表している。
はかなげに動く胸だけが、姉美呼が生きている証にも観えた。
「ミコ姉・・・どうしたら起きてくれるんだよ?」
尊の姉、美呼は病室でひと月の間眠ったままだった。
「なにがあったんだよ?あの本に何か秘密があるのか?」
気になるのはあの古びた本。
姉が倒れる数分前、書き写していた筈の本。
「あの部分・・・龍に乗る人を表していた。
あそこに何か秘密が隠されているのか?ミコ姉・・・」
か細い姉の息を見詰め、堪らず手を取る。
「僕が・・・僕が必ず起こしてあげる。
きっと姉さんを取り戻してみせるから・・・」
尊は姉に誓った。
眠り続ける姫を起こした王子のように・・・助けると。
病室を出る前、細面の姉の顔をもう一度観た尊が拳を握り締めた。
脳裏に過るのは姉の笑顔。
脳裏に描くのは楽しくもあった姉との思い出。
心に秘めたのは、姉を取り戻す誓い。
「姉さん・・・また来るから」
病室の中へ一言掛けてから、尊は家へと戻った。
家には灯りが燈っていなかった。
「かあさんはまだ仕事なんだ・・・」
鍵を開けて中へ入り、制服のままもう一度姉の部屋に入る。
灯りを点けず、本とノートをもう一度確かめようとした時。
「「ミ・・・コ・・・」」
誰かが姉の名を呼んだような気がした。
「誰だ?!リュートなのか?」
窓は絞められたまま。
「「・・・・来て・・・こっちに・・・来て」」
今度ははっきりと聞こえた。
しかも・・・女の子の声が。
どこから?!
尊が辺りの気配を伺うと。
「「ミコ・・・助けに来て!・・・早く」」
自分の事を<ミコ>と呼ぶのは数人しかいない。
その中で女の子は唯の一人。
「まさか?!姉さんの声?」
急かす様に話す女の子の声が聞こえてくるのは古びた本の中から。
「「早く・・・助けて・・・こっちへ来て」」
助けを求める声に導かれて、
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