第5話 妖しい者

静まり返ったラウンジで、唯独り眼を輝かせる者が・・・


赤毛の女店主タストンが突然大笑いした。


「あっはっはっ!こいつは傑作だねぇ。

 お嬢ちゃんが男で翔龍騎ドラゴンライダーですって?!」


大笑いの理由は唯一つ。


「ありえねぇーっ、そんな馬鹿な事があるわきゃねぇー」


タストンの笑い声に釣られて他の連中も口々に馬鹿にした。


「そう?信じられないのも無理はないけど。

 こいつを観れば笑えないと思うよ?」


ミコが机の腕輪を填めて立ち上がり・・・


「リュート、一声あげてよ」


翔龍の腕輪に頼んだ。


「「えっ?!良いのかよ?」」


腕輪が喋った・・・人の言葉を。


「はぁっ?!」


タストンとバーテンダー以外の客が耳を疑う。

もう一人以外は・・・そう。


「吠えろ!翔龍!」


ビシッと決め台詞を言ったミコに。


「「あのなぁ・・・どう吠えりゃ良いんだよ?」」


リュートが断る。


「どええええぇっ?!」


間違いなく腕輪が喋った事に、皆一様に度肝を抜かれた叫びをあげた。


周りの客が驚愕する中、タストンとバーテンダーは声をあげずにミコをじっと見ていた。

反対にミコは二人以外に声をあげない客に注目していた。


<どうやら・・・解っていたみたいね>


女神ミレニアがミコに知らせる。


<うん、間違いない。奴は何かを狙っている>


それが何か・・・調べねばならない。

髭面の男はフロントハットを目深に被り直して立ち上がった。


<どうする気なんだろう。逃げ出して仲間に知らせに行くつもりなのかな?>


仲間に知らせに行くのなら。

後々面倒な事になるかも知れない。


相手の出方を待つか、それとも今ここで踏ん縛るか?


「アンタ!本当に翔龍騎ドラゴンライダーなんだねぇ?」


不意にタストンが話しかけて来た。


「あ?そうだよ」


ふいに掛けられた言葉に、相槌を打ったミコの視線から男の姿が消えてしまった。


「しまった!逃げたのか?!」


一瞬目を離した隙に、男を見失ったミコが慌てて表に追ったが。


「くそっ!やはり唯者じゃなかったという事か!」


既に時遅し。

髭面の男は影さえも残さず消え去っていた。


「どうしたんだい、翔龍騎ミコ?」


見せの中からタストンが訊いて来た。

逆にミコが女店主に訊く。


「さっきの男ってここへ良く来るの?」


ミコの問いに意味が今一つ掴めないのか首を傾けられて、


「ほらっ、今出て行った髭面の男だよ?!一番奥に座ってた!」


あの男が馴染みなのかと問いかけると。


「見ない顔だったねぇ、流れの猟師じゃないのかい?」


フロントハットで顔を半ば隠していたあの男について知らないと返された。


「そっか・・・いよいよもって怪しいな。

 そいつは多分闇の者なんだろうさ。

 この街にも魔族が入り込んでいたんだ・・・今の男がそれだよ」


世闇を見透かせて、ミコがタストンに教えた。


「なんだって?!あの男が?」


驚いた顔を見せる女店主に、ミコがお知るのは。


「そう、だから今晩から暫くは用心した方がいいよ。

 相手は魔族なんだから何かを狙っているのかもしれないからね」


忠告を与え、警戒するように勧めた。

勿論、自分もそうなのだが。


「警戒するって言ってもねぇ・・・相手は魔族なんだから」


考えを纏めたタストンがミコに話しかけたのは。


「じゃあ、アンタが用心棒を引き受けてくれない?

 ミコは翔龍騎ドラゴンライダーなんでしょうから、魔族にも負けないわよね?」


いきなり用心棒になってくれと頼んで来た。


「ああ・・・やっぱり。めんどくさい事になりそうだな」


引き受けたとは言わなかったが、自分達にとっても情報源を放棄する訳にもいかず。


「乗り掛かった舟だ、取り敢えず奴を捕まえるまでは引き受けますよ。

 でも、しばらく待って現れなかったら、僕も旅に戻りますからね」


相手次第で旅立つ事を条件にタストンの頼みを聞く事にした。


「それで良いわよ。こっちも翔龍騎が用心棒になってくれれば心強いから。

 それじゃあ、中へ戻って食事の摂り直しといきましょうか」


タストンはカウンターに向かって酒を注ぐように命じ、ミコと共にテーブルを囲んだ。





  ~ エクセリア ~


ミコ達が旅を続ける世界。

世界の西にある辺境の国<エクセリア>・・・


ミコ達が転移させられて初めて外に出た場所。

そこに拡がっていたのは自分達が生まれ育った世界とは根本から違う異世界だった。


一歩森の中を潜れば、そこはもう闇が支配する世界と化す。


魔物が闊歩し、動物を狩る。

自然動物だけならまだしも、紛れ込んで来た者全てを狩る。


・・・人も例外ではない。


魔物にとって人も獣も同じ。

単なる獲物でしかない。


生きるだけで精一杯。

生き残るだけでも奇跡。


それが闇が支配する森の中。

森から外へ出るとそこはもう、人の支配する世界。

人が農耕を行い、人が村を造る。

やがてそれは街へとなり、国となった。


闇と人が森を隔てて生きる世界。


そう。

それがミコ達が召喚された<エクセリア>国がある異世界。



空に2つの月がある。

空に二つの太陽がある。


何もかもが重なる・・・何もかもが対称シンメトリー


ミコ達はこの世界に神と悪魔・・・魔王が存在する事に気付かされたのは召喚された場所で。

この世界から帰る事が出来なくなったのを知らされたのも同じ場所で。


そして、自分達の存在理由を知らされたのも・・・

自分達に与えられた力の意味さえ判らされてしまったのも。




そんな厄介な世界に放り込まれたのは、

ミコ達幼馴染が現実世界で青春を謳歌していた時の事だった。



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