第7話 呼び込まれる先は?

黒い古ぼけた本に導かれる様に手を添えた時・・・


みことの耳に入って来たのは。



「ミコ、帰って来たのか?」


窓の外から聞こえた幼馴染龍斗の声だった。


古ぼけた本からの声に導かれる様に手を添えたみことが、我に返ると。


「ああ、今さっき・・・」


窓辺に腰をかけている二つ年上の幼馴染へ答えた。

本の表紙に手を載せて。


「「・・・やっぱり・・・あなたが御子みこなのね・・・」」


先程まで聞こえていた声がもう一度聞こえた・・・


(( ブワッ ))


突然だった。

手を置いた本の表紙が勝手に捲られ、バサバサとページが繰られていく。


捲られていくページが停まるとそこは、龍と騎士の絵が描かれたあのページ。


「えっ?!」


みことの眼に映ったのは、絵の中に描かれた龍が振り向いた姿。

自分を睨んだ龍が、背中の騎士に何かを知らせるように首を捻った・・・時。


周りに書かれた文字が浮き出て、本の中から飛び出してきた。

金色の光と共にみことの周りに舞い始める文字が、形を変えロープのように伸びてくる。


「うわっ?!なんだよこれ?!」


紫色の文字、金色の文字・・・・


身体を包む様に舞い始めた解読不能の文字達。

まるで文字に包まれて縛り上げられていくみたいに感じたみことが叫ぶ。


「何だよコレは?!何がどうなってるんだよ?!」


部屋中に拡散していく文字達に向かって叫んだが、答えが返って来る筈もない。


「どうしたんだよ・・・って?!うわっ、なんだよミコ、これは?」


異変に気付いた龍斗が窓から中を覗き込んで訊いて来るが。


「分からないよ!僕にだって!」


身体を文字で包まれていくみことが半狂乱で叫び返す。

只事ではない光景に身動きを停められていた龍斗が、

みことの叫びで咄嗟に部屋へと飛び込んで来た。


「ミコ!今助けてやる!」


紫の文字に身体を縛られたみことへ、タックルを加えて振り解こうと試みた。


「「こっちへ来て・・・今直ぐに」」


本からの呼びかけが二人を包み込む。

まるで本の中へと誘う様に。


声に合わせて延びた文字のロープがみことに絡みつき、本の中へ引き摺り込んでいく。


「うわっ!リュート!」


手を伸ばして助けを求めるみことに、


「掴まれミコ!」


引き込まれるのを停めようと龍斗が手を握った瞬間。


 (( ドクン ))


光が部屋を満たし、二人の声もどこかへと消えた。

部屋を満たしていた光が黒い表紙が閉じると共に掻き消え・・・


光が消えた時、二人の姿も部屋から消えていた・・・・







みことと龍斗が手を握りしめたまま暗い闇の中を墜ちて行く。


まるで奈落に墜ちて行くように。

まるで世界の果てまで沈み込んでいくように。


どれくらい経ったか。


堕ちるに任せていた二人の意識が喪われて行った。



それからまたどれくらい経ったのか・・・

果てしなく思えた落下の後に、闇の中で声が聞こえたのは。


「「眼を開けて!早くしないと襲われちゃうわよ?!」」


あの本から聞こえて来た声が呼んでいる。


ー どこかで・・・確か。この声は・・・


少年は声がはっきりと聞こえている事に動揺もせず、かけられた声のあるじに記憶を辿る。


ー そう・・・この声はミコ姉さんの声にそっくりだ・・・


頭の芯が呆然となったまま、考えるのは姉の事。

確か今は病院で眠り続けている筈の姉の事を思い浮かべる。


ー でもおかしい。ミコ姉は病院で眠り続けていた筈なんだ。

  家に帰っている筈が無い・・・ない・・・筈?


混乱した頭で必死に状況を把握しようとしたのだが。


「「ねぇ御子みこなんでしょ、あなたは?それともこっちの方なの?」」


こっちのほう・・・と、言われてから気が付いた。


ー そうだ・・・なんだか得体のしれないロープに引き込まれたんだ。

  幼馴染のリュートと・・・リュートが手を握って・・・それで・・・


やっと自分の状況がはっきりして来た時、握られたままの手を感じた。


「リュート?」


まだ目を開けても視界が開けない。

光も差さない闇の中で手の先に居る筈の幼馴染に声を掛ける。


「「龍と?・・・そうよ!やはりあなたが御子みこなのね?!」」


かけられた女の子の声が喜んでいる様に聞こえたのだが。


「あの・・・君は?ここは?僕はどうなってるの?」


眼を開けているつもりなのだが、周りは全く闇に染められたまま。

声を掛けて来た少女らしい言葉に返したつもりなのだが。


「「御子みこ!今は一刻も早く目覚めてください!

  じゃあないと襲われて殺されちゃうから!魔王に!!」


「は?!」


少女の声に間の抜けた答えを返して、握られたままの手を曳く。


「リュート?!この手はリュートなんだろ?どうなってんだよ?」


自分の眼が利かないからリュートに観て貰おうと呼んだのだが。


「え?!なんだよこれ?」


握られた手には反応がない・・・どころか。


「リュート?!おいリュート?なんだよこの冷たい手は?」


握られている手には反応がない。

そして、握り締められたままの手には、生きている者では感じられない冷たさが。


「リュート?!まさか・・・マジかよ?」


反応のない手・・・そして体温が感じられなくなった手。

それが意味しているのは。


「まさか・・・この中へ墜ちて来た時・・・死んだ?」


最悪の展開になったというのか。

悪い夢でも観ているのか。

自分の考えを振り解く様に頭を押さえ、視界を開こうと眼を擦る。


「「御子みこあなたの下僕は死んではいないわ!

  あなたに因って目覚めさせて貰うのを待っているだけ・・・」」


少女の声が更に頭を混乱させる。


「リュートは死んじゃいないのか?!だったら起こしてよ!」


言われた意味が把握できない少年が、声を荒げて頼んだのだが。


「「御子みこ!それでは先ず、あなたに訊きたい事があるの。

  あなたの名前は<ミコ>なのね?そう呼ばれているのね、この下僕に?」」


下僕を指すのがリュートの事だとは解った。

だが、リュートは自分の幼馴染であって下僕げぼくなんかではない。


「リュートはお隣のお兄さんで幼馴染なんだ。下僕なんかじゃない!」


言い返して声が聞こえてくる方を睨んでみたつもりだが。


「「そんな事今はどうだっていいのよ!あなたはこいつに<ミコ>って呼ばれているのね?!」」


有無を言わせぬ強い口調で訊き直された。


「そ・・・そうだけど?僕の事を姉さんと同じ呼び方で呼ぶんだよな、ミコって・・・」


少年が答えた瞬間、少女の叫びが返って来た。


「そう!これではっきりしたわ!あなたは選ばれし者。

 ミコと・・・あなたの名は間違いないのよね、念を押すけど?」


<ミコ>と・・・と、呼ばれた少年は頷きながら。


「えっ?・・・うん。みこと・・・だよ?」


二人の会話にいささか、食い違いがあった事が解るのは。


そんなに時間のかからない事だった・・・



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