第3話 冒険者の宿?!

街と言っても、それ程大きくはない。


「これは村とでも言った方が良いんじゃないか?」


腰に手を当て溜息を吐く。


町並みは数軒の店で終わっている。

後はぽつりぽつりと点在している家だけが人の住んでいる証といった具合だ。


「これっぽっちで街だなんて良くも言えたもんだな」


落胆が口を吐く。


「ほんじゃ・・・ミコ君。お達者でじゃ」


命拾いしたお爺さんが荷車を出しながら手を振って来た。


「うん!お爺さんこそ!」


気安く手を挙げた少女の姿。

自分を男だと教えたのだが、お爺さんは話半分にしか受け止めていないのか。


「この街にはならず者も居るからのぅ、気を付けるんじゃよ」


身の危険を心配してくれながら去って行った。




辿り着いた街で牛飼いのお爺さんを手伝った後。

翔龍騎ドラゴンライダーミコは今夜の寝床を探そうと街中へ入って行った。


数軒の店が並ぶ中、ミコはお目当ての店がある事に気が付く。


「おっと!こんな辺鄙な街にも有る物はあるんだな」


店先に掲げてある看板には、


<< オイスター 冒険者の宿 >>


如何にもそれらしい店構えの店名が。


「と、いうことは。こいつをサバクのも出来るかな?」


ポケットの中に納めてある袋をポンっと叩いた。


「「ミコ・・・どれくらいで売れるかな?」」


金の腕輪が心配そうに訊いて来た。


「リュート、こいつはお前にはあげないからな。

 これを食べさせたら僕の宿代が払えなくなっちゃうから!」


ツンと言い放ったミコが足を宿へと向けた。


観音開きのドアを開けて中を見渡す。

さすが、辺境の村。

お爺さんの言っていた通り、

如何にもな人相の輩が数名、酒を喰らってのさばっている。


ドアを開けて入って来た小娘を好奇な目が追う。

気にも懸けないのか、ミコは真っ直ぐにカウンター越しにグラスを磨くバーテンダーに言った。


「親爺、こいつを見繕ってくれないか?」


ポケットから小袋を取り出すとカウンターへ載せる。

グラスを磨くバーテンダーは一目袋に顔を向けたが、何も動きを見せない。


「・・・これだよ」


ごろつき連中の視線を感じながら、ミコは袋の中身を一つ摘まみだす。

指先に輝く魔法石。

紅く光る石は、魔性の者の成れの果て。

いや、正確には<魔物となった宝石>と言った方がこの世界には相応しいのだろう。


<ざわっ>


ミコの指先に輝く魔法石を覗き見た呑兵衛達が色めき立った。

それはそうだろう。

年端も往かない少女が、魔物の成れの果てを持っていたのだから。


「これで宿賃を払いたいんだけど。どれくらいで買ってくれる?」


バーテンダーに向かって値積りを頼むが、相変わらずグラスを磨き続けるだけだった。


「っんだよっ!お子ちゃまだからって馬鹿にしてんのかよ!」


いい加減苛立ったミコが喰ってかかると。

呑兵衛からおっさんが近づき、ミコへ舌なめずりすると。


「お嬢ちゃん、俺が買ってやってもいいんだじぇぇっ。

 なんならお前さん事、飼ってやってもいいんだじぇぇっ」


飼うとは・・・また変な輩が・・・


一昨日おとといきやがれ。

 僕は変態とは付き合わないから、とっとと失せろ」


ばっちい物でも観るような目でミコが言い放つと。


「調子にのんなよ餓鬼が!

 いっちょう口の利き方を教えてやらんといかんじぇぇっ!」


腰の小刀に手を添えてミコに掴みかかろうと勇み立つ呑兵衛。

手の動きから、大したことも無いと判断したミコが無視するように、


「なぁ、面倒くさい事になる前にさ。こいつの値積りをしてくれよ?」


バーテンダーに催促したが。


「この餓鬼!無視する気なんだじぇぇっ?!」


後ろに控えた呑兵衛が先に剣を抜き払ってきた。



「お待ちっ!ワタシの店で暴れるんじゃないよ!」


店の奥から、甲高い女の声が降って来る。

呑兵衛が声に身体を震わせ、声の湧いて来た方を観る。


「あ、姉さん。これには訳が・・・あるんだじぇ」


びくついた呑兵衛がひとしきり言い訳を述べようとしたが。


「オキナル!お前って奴は、どうしようもないクズだわ!

 今日の処は帰って貰うから・・・いいわね!」


奥から姿を現した女が声高に命じると。


「そんな・・・アッシは何も悪い事なんてしてないじぇ」


すごすごと後ずさりする中年の変態呑兵衛。

現れた声高の女に、蔑むような目で観られて、観音開きのドアから逃げ出して行った。


ミコに絡んで来た男を放り出した女が店内を見渡す。

呑んでいた他の者が何食わぬ顔でグラスを傾ける。

追い出された者にも興味を惹いていないのか・・・


現れ出た女がカウンターに置かれた小袋と、ミコを交互に観ると。


「アンタ・・・こんな物をどこで?」


少女を単なる冒険者だと踏んだのか、それとも盗人シーフとでも思ったのか。

赤髪で青目の女が質して来る。

肌は辺境の街で酒場を営む女としては珍しく透き通る様に白い。

衣服はこの地方に良く見る布ではなく、絹のエレガントなドレスを着用している。

その紫のドレスを纏った碧眼の女が、ミコに近付くと。


「ワタシャーこの<オイスター>の店主、タストンって女さ。

 お嬢ちゃん・・・そう呼ばれたくなかったら名乗りなさいな」


マントを羽織った少女が、並々ならぬ冒険者だと感付いたタストン。

先ずは自分の名を知らせて来た女店主に頷いて、指の魔法石を弄びながら。


「僕はミコ。観ての通り旅の者さ」


名を名乗った・・・当たり障りなく。


「旅の者ね・・・普通じゃない旅を続けているみたいだけど?」


紅い魔法石の大きさから、ミコが何者なのかに興味を惹かれたようだが。


「そうね・・・その石なら今夜一晩の宿賃にはなるわ。

 クリロン、この方に鍵をお渡しなさい。最上級のお部屋のね」


バーテンダーに向かって大声で命じた。


店主の声に漸く動いたクリロンという名のバーテンダーがカウンターの下からキィを取り出すと。


「3階の奥。一番突き当たりだ」


しわがれた声と共に、カウンターの上を滑らせてキィを送って来た。

ピタリとミコの前でキィが停まる。


「そう?じゃあ、他の石は?

 まだこれだけ残ってるけど?買い取っては貰えないの?」


キィを手に取るついでに、タストンに小袋を示したが。


「それが必要なら。

 でも、今は執りたてて必要とは思わないわ。

 だってこの街に買う奴が居るとは思えないでしょ?」


まぁ・・・その通りかもしれない。

街の規模からしても、裕福な貴族やなんかが治めているとも思えなかったから。


「それじゃぁ・・・仕方がないや。

 次の街で売るしかないか・・・」


ミコは小袋をポケットへ戻すと、キィを片手に階段へと向かいながら。


「あ、そうそう!その部屋にシャワーかなんかがある?

 体を洗いたいんだけど?」


旅の汚れを拭いたいと女店主タストンに訊いた。


「ええ、勿論。最上級の部屋だからね、あるわ」


紅い魔法石を品定めするタストンが振り向きもせずに教えると。


「そう?だったら暫くは降りて来ないから。

 食事はその後で採るから・・・よろしく」


階段を昇って行くミコが手を挙げてタストンに頼んだ。


店主が品定めする中、呑兵衛達の一人がミコの後ろ姿を観ていた。

その眼に怪しげな光を灯しながら・・・




3階。

それ以上の上階はない。

この規模の街の宿屋としては、いい方だろう。

最奥部に位置した部屋は、最上級と云われるほど豪華ではなかったが。

タストンが言った通り、確かに風呂場らしい物が備えられていた。


先ずは何はともあれ。


「リュート、身体洗って来るから。

 お前はここで待ってろよな!」


金の腕輪を外し、机に置いたミコがマントを外す。


「「なんだよ!俺も浴びたかったんだぞ!」」


腕輪が喰って掛かる。


「僕が先に入るの!汚れるのは身体を持つ者なんだから!」


ぽんぽんと服を脱ぎ捨てながら風呂場へ向かうミコに。


「「お前なぁ、幼馴染の前だからって・・・恥ずかしくないのかよ?」」


呆れ果てるように腕輪がため息を吐く。


「そんなの・・・見慣れただろ?」


風呂場へ入ったミコが振り返ってニヤリと笑ってから。


「直ぐに替わってやるから、獣化して待っててよ」


リュートに身体を洗う準備を促した。


「ああ。そうする」


腕輪が身震いすると、煙と共に何かが現れる。

白い煙が形になっていくと、そこには。


「はぁ・・・久しぶりに外に出られた」


人の言葉を吐く・・・小型の獣が現れた。

ふさふさの白い毛に覆われた、犬とも猫とも思えるへんてこな生き物。

まるで小型の狐がモフモフの毛に覆われているみたいな。

そして最もおかしいのは・・・


「この羽根が付いていなきゃ・・・目立たないのになぁ。

 隠せていられたらいつでも外に居られるのになぁ・・・」


背中を振り返ったリュートが、白い羽をパタパタ動かしてため息を思いっきり吐いた。


「なぁミコぉ、お願いがあるんだ。体を洗ってくれないかぁ?」


獣化しても・・・自分で毛繕いをするのがやっとな、

情けない自分を振り返りまた一段と大きなため息を漏らした。


・・・・


「なぁ?聞いてるんだろミコ?」


・・・・


水音の絶えた風呂場から、くぐもった声が漏れてくる。

いや、声では無いとリュートは気付いた。


「おい、ミコ?!どうしたんだよ?」


ドアの向こうには少女の身体を執った、幼馴染が居る。

声を掛けるだけで中には入りたくはない。


「ドアを開けてもいいか?何か羽織れる物はあるのかよ?」


いくら幼馴染でも。


「これは覗きじゃないんだからな!

 絶対変質者じゃないんだからな!」


獣化したリュートが恐る恐るドアノブを廻し、そっと中へ眼を忍ばせる。

そこに居た者は・・・

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