第2話 僕は・・・だよ?

もう目の届く所まで来ていた・・・街まで。


それなのに、こんな場所で。


「ガーゴイル!お爺さんの牛を狙ってきたんだな!」


ミコと呼ばれた少女が叫んだ・・・腰の剣を抜き放って。

ダガーに毛が生えたくらいの短剣を。


空に浮かぶ魔物。

人型を採っているが、背中に映えた闇色の羽根が異種である事を指している。


身体に纏った衣服も、頭に映えた角も・・・黒く悪魔の僕たる者に相応しい。

蒼空に浮かぶ魔物ガーゴイル。

普通の人間ならば、普通に暮らす者ならば。


「お嬢ちゃん、一緒に逃げるんじゃ!」


牛飼いのお爺さんが言うのは当然だった。

相手は魔物。

しかもそれなりに厄介な、空を自由に飛ぶ魔物・・・


荷の麦藁に立つ少女に向かってお爺さんが勧めるのも判らなくはない。

唯、少女には勝算があるのか。


「いいから!さっさと隠れてろって」


少女の声以外の誰かが、ぐずぐずするお爺さんへ向けて言い放った。


「俺とミコで始末してやるからさ!」


少女の腕輪から聞こえてくるのは男の声。

声に促され、荷車から飛び降りたお爺さんが転がる様に岩場の影に走り出す。


「そう、それで良い。

 さっさと固唾けちまおうぜミコ!」


少女ミコの腕輪が自信ありげに促した。

喋る腕輪に頷き返したミコが、金色の腕輪を空に指し示す。


「そうだな、あいつを倒すには空に浮かばないと闘えない。

 このまま地上に居るだけではガーゴイルには剣もとどかないからな」


翳した腕輪にミコが言う。


「おっ?!それなら俺の出番と言う訳だな?

 ちょうど腹も減っていた事だし・・・出してくれるのかミコ?」


腕輪に刻まれた紋章がモゾッと蠢く。

刻まれてあるのは<あちら>で言うドラゴンを模った紋章。

そのドラゴンが腕輪の中でもぞもぞと動いていた・・・何かを準備しているかのように。


「食い意地のはった幼馴染だよ、お前は!」


ミコの口元が跳ね上がる。


「悪かったね、俺は元々大食漢なんだよ。

 <こっち>に来てから、更に食べ盛りになっちまったようだけどな」


腕輪の龍が言い返して来る。


「じゃぁ・・・喰らおうか!ガーゴイルを!」


ミコが腕輪を填めた手を天に翳す。


「おうっ!来いっ来いっ!いつでも出てやるぜ!」


金色の腕輪から龍の叫びが轟く。


エクセリアの草原に一陣の風が舞い起こる。

少女ミコの身体から金の魔法陣が放たれる。

緑の瞳が力を求める・・・魔法の力を。


「黄昏より出でし者・・・

 闇より暗き者・・・

 陽の光より生まれし者・・・

 我と我が力を以って呼び出さん・・・

 我が下僕しもべとなりし鋼の龍を。

 我が名を以って、我の翔龍を此処に現わす!」


少女ミコが唱えるのは・・・


呪文を詠唱する少女ミコの声に、岩場の影から観ていたお爺さんが腰を抜かす。


「なんじゃと?!あんな小娘が?本当に?」


荷車の上で、茶髪の少女が解き放ったのは。


腕輪が金色の光と共に消えて行く。

金色の光から現れ出てくるのは・・・<メタル龍騎ドラゴンナイト


プラチナ色に輝く、竜騎士ドラゴンナイツのみが操る事の出来る、鋼鉄フルメタル魔法機械ドラグナー


ドラゴンの頭、力強い腕、大地を掴む後ろ脚。

いにしえの伝説にある空想の聖獣の姿。

だが、根本的に違うのはけものとは全く別次元の造り物に観える事。


「ガオルルッ!」


雄叫びは龍の顎から。

しかし、龍の口は動いてはいない。

その咆哮は口からは発せられてはいない。

なぜなら・・・


<鋼の翔龍>はその名の通り、鋼の魔法機械だった。

姿形は龍と言える。

だが、竜騎士が乗るのは機械マシン

呪文で呼び出された鋼鉄フルメタル魔法機械ドラグナー


エクセリア・・・と呼ぶ世界。闘う為に存在する魔法のドラゴン・・・


竜騎士が乗る鋼の龍には、騎乗する為の鞍が着けられている。

操るには手綱を執り、自らの意志で操縦しなければならない。

それが機械たる鋼の龍であるから。

だが、ミコの前に居る翔龍には自我が存在した。


並みの龍と、ミコが出現させた龍の違いは・・・


「ミコ、さっさと乗れよ!一発で決めてやろうぜ!」


自我を持ち、喋る事も出来た。

機械としてではなく、人の言葉を介す者として。


「わぁーったよ!リュート」


ミコは身軽に翔龍へと飛び乗り、手綱を執って空を睨む。

そこに居る闇の僕へと向けて。


「ガーゴイル!僕の前に現れた事を後悔しな!」


一声叫んだミコが手綱を引き、翔龍に命じる。


「リュート!ゴゥ!」


跨った少女を背に、鋼の龍が跳んだ。

魔物が身構える暇こそあれ・・・


短剣を握るミコの命じた瞬間に龍が跳び、瞬く間に魔物の前で。


「ゴォウッ!」


風の唸り音を残してガーゴイルを撫で斬った、龍の前足が。


目にも留まらぬスピードで駆け抜けつつ、一振りされた龍の腕。

腕についていた鋭利な鍵爪で魔物は何が起こったか悟る暇もなく切り裂かれて果てた。


「ちょろいな・・・ガーゴイルも」


ミコが、さもつまらなそうに言い除ける。


「そりゃぁーお前。レベルが違い過ぎるだろーが!

 俺は西の魔王を倒した龍なんだぜ?こんな奴なんか腹の足しにもなりゃしねぇよ」


闇の下僕しもべガーゴイルは、翔龍の一撃を受けて潰え去った。

空に魔物の姿が消えた跡には、紅い宝石が一粒浮かんでいた。


((ヒョイッ))


紅い宝石を掴んだミコが、


「そうかい?じゃあこれは店にでも売るとするか?」


手にした宝石を品定めするかのように弄び笑う。


「まっ、待てよミコ。前言撤回っ、くれよそれを!」


魔法の龍が物欲しそうな声をあげてくる。

にやけたミコが紅い宝石を龍の鞍に納めると・・・


「うぬぅ・・・あんま、旨くないなぁ」


龍は紅い宝石を食べたのか、一言感想を呟く。


「まぁ、何も食べないよりは良いけどな。これでも少しは魔力が回復したようだし」


リュートと呼ばれる翔龍には、魔族が形を変えた宝石が食べ物のようだった。


「まぁなリュート。

 ガーゴイル程度なら腹の足しにはならないよな」


ミコも龍の言葉に頷き、


「街まで行ったら、何か面白い情報が掴めるかもしれないし。

 もしかしたら新たな魔王の情報も入るかも分からないしさ。

 それに・・・こんな所でガーゴイルがいるんだから、もっとましな相手にも出会えるかもよ?」


自分達が向かう街に興味を向けて応えた。


「おおーいっ、お嬢ちゃん!もう降りておいで」


ふと気が付くと、荷車に戻ったお爺さんが呼んでいた。


「荷車に乗らないなら善いがなぁ、その龍に乗ったまま街に行くんならなぁ」


それは・・・願い下げだと思った。

いきなり竜騎士ですって街に入れば、情報を求めにくくなる。

ましてや、その街に敵がいれば速攻で戦闘に入ってしまう事にもなる。


「いや、お爺さん。乗っけて行って貰いたいんだ」


龍に跨ったまま荷車の上まで戻り頼んだ。


ミコが右手を伸ばしてブツブツと呟くと。

金色の光が翔龍を包み込むと、光が腕輪に変換される。


((トサッ))


麦藁上へ飛び降りたミコが手をパンパンはたいてから。


「そんじゃぁ、お爺さん頼むよ?」


街まで連れて行って・・・と、頼む。


「おお、いいとも。

 それにしても、お嬢ちゃんみたいな竜騎士ドラゴンライダーだったとはねぇ」


頼まれた叔父さんが麦藁帽子をかぶり直してミコに言った。


「まだ年の頃も10経つかどうかじゃないのかね?」


牛飼いのお爺さんに見詰められたミコが憤慨したようにため息を吐くと。


「あのねぇお爺さん。

 初めからずっとお嬢ちゃんって言ってるけどさぁ。

 僕は女の子じゃないからね?こんなナリしてっけど、ホントは男だから」


・・・


瞬間。


荷車の上が凍りついた・・・

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