新生活

 お手洗いを済ませ、冷蔵庫のペットボトルを拝借し水分補給し、寝室のベッドに辿り着くとすぐに眠り込んでしまう。

 これからどうなるんだろう……なんて答えが出ないけど、どうしようもない。


 朝になっても現状は変わっていない。見知らぬベッド、変わらぬ太陽の光。知らない男の人の匂いがして。私の居場所を急に喪失して、再び新しく得たような気がする。

 あれ程、家に帰るのが嫌だったのに、母に会うのも嫌だったのに。

 星無さんがいなければきっと私は後悔と憔悴に苛まれて廃人になっていただろう。それこそ引き篭もりの兄貴以上に。


 トイレに行きたくてダイニングに行けば、星無さんが疲れた様子でご飯の準備をしていた。

 彼は僅かな物音にさえ敏感で、私のドアの開閉音に気付き、声をかけてくれる。


「起きたか」

「おはようございます」

「よく眠れた?」

「はい……」

「ちょうどご飯ができるとこだ。終わったら、起こしに行こうかと思っていた」

「どうでしたか。〈夜の化物〉?」

「いつも通りだ。人手不足で忙しい」

「そうですか」

「行っておくけど開戸さんも戦士の頭数に入ってるからこれから忙しくなる」

「えぇ私も……」

「普通の高校生活は諦めて正解だ」

「何が正解なんですかっ。はぁ。制服デートとか放課後の寄り道したかったのに」

「ははっ。積もる話は後にして、まず飯だ」

「はーい」


 彼は私のために卵焼きを作ってくれていたようだ。ご飯はレンジでチンして、味噌汁はお湯を注いだインスタント。彼自身は買ってきた弁当を二つも食べるようだ。


「これからは料理は私がしてもいいですか?」

「いいけど。俺めっちゃ食うからいっぱい美味しいものを作ってくれるなら」

「注文多いですね」

「いや少ねぇだろ」

「いや多いです。美味しさを求められても困ります」


 私だって料理できるわけじゃない。いつも母からお金を渡されて既製品を買ってただけで。作ったりしない。

 でも彼が気を遣うなら。〈夜の化物〉退治で疲れてるのに私の食事の面倒まで見てくれるなら申し訳なさすぎる。


「俺の要求は全うだろ。不味いの作る気?」

「美味しいもん」

「言ったな? 楽しみにしてるからな?」

「うう……」

「無理すんなよ」

「……星無さんて何歳ですか?」

「俺? 十八」

「若っ」

「開戸さんは灰亜のタメなら十五、六歳?」

「十五歳です」

「そっか」


 三歳しか違わないのに、何だろう。彼の大人の余裕感は……。


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