お出かけ

制服に着替えて家を出る。

改めて見上げると、月雪くんの家は建売住宅で周りに似たようなパステルカラーの家が立ち並ぶ。表札は田中になっている。


「田中さん?」

「あぁ」

「郵便届かないよ?」 

「大丈夫だよ」

「ふーん」


偽名かな?


「ここは月雪家が所有してる別宅の1つだ」

「金持ち」

「駅まで歩いていこう」


月雪くんは偽名には突っ込まれたくないらしく。話題を変えるかのように颯爽と歩きだす。


制服ではなく、黒いスラックスにブルーの長袖シャツ、ネクタイだ。


「スーツ?」

「任務中」

「こんな場所に殺人鬼でるわけないじゃん」

「なら左斜め後ろからついてきてるドローンは?」

「ん? 子供が遊んでんの?」

「……耳塞いで」


パァン。

彼は振り返り、懐からだす銃で背後を撃ち抜く。


「住宅街で発砲はヤバない?」

「ゴム弾」

「いやそういう問題?」

「走って」


素早く銃をしまうと彼はいきなり私の手を掴み、走りだす。


「なんかドラマみたい」

「現実だし」

「スリルあるな」

「命は一つしかない。うかうかしてると死ぬ」

「やだっ。生きるっ」


雪花駅に着くと2番線のホームへ。やはりというか部活か何かで、同じやよ高の制服を着た人たちがちらほらいる。


「ここまで来たが油断するなよ」

「怖いよぅ」

「離れるな」

「はぁい」


私はしおらしく彼のシャツの裾を掴む。月雪くんを頼っていいのか判断できないけど、いまは彼しかいないんだもん。


鍵河駅は一駅で、すぐに電車を降りる。


「家はどっち?」

「あっち」


と指さし、速足で歩きだす。


「何でドローンなんか出てくるの?」

「知らねぇよ」

「もう無理。てか、わくわくする。逆に」

「はぁ。死ぬなよな」

「うん。ありがと」


家に着くと案の定、母はいない。荷物を手早くまとめて出る。バッグは月雪くんが持ってくれた。


「よし。今日は少し遠回りして、星無ほしなし家のほうまで行ってみよう」

「星無家?」

「うん。月雪と同じ、戦士の家門」

「近いの?」

「電車で1時間くらい。星南せいなん駅かな」

「ふぅん」


ピンポーンと、そのときインターホンが鳴る。


「俺が出る。隠れてて」


急に彼の調子が変わる。緊張しているようだ。


「はい」


戻ってきた彼は、真っ赤なスーツケースを持ってきた。


「これ、開戸さんの?」

「違う。どこから?」

「山梨県から。森元さんて知ってる?」

「知らない」


彼は険しい顔をする。

 

「不審すぎる。開けよう」


ガチャッ


「……え?」

「見るな」


月雪くんが、咄嗟に私の目を片手で覆う。私は思わず、彼に抱きつく。


「ママみたい……」


蒼白な顔で目をつぶり、背中が裂けたシャツは血にまみれ、折り畳まれた肢体。腐臭と鮮血の匂いを漂わせて。横顔は母に似て服も見覚えがある。


母親が送られてきた。しかも死んでいる。


「どういうこと?」

「……っ」

「……」

「ここも危ない。急いで離れよう」

「もしかしてさっきのドローンと何か関係ある……?」

「敵が多すぎて不明」

「ママ、ただ死んだんじゃないよね?」


酷い傷跡、打撲痕。故意に痛めつけられた証拠だ。


「……あぁ。さっきの配送員が敵だったら俺たちを見てまた戻ってくる可能性が……」


ドゴッ


彼が先程、鍵をかけたドアを蹴破り、大男を先頭とした一団が乗り込んでくる。


ドアは埃を立てて倒れ、大男の後から女が出てくる。


「お前があの売女の娘ね?」


偉そうに入ってきたのは。


「……母さん」


月雪くんの母親?……だ。


「灰亜は黙ってて」

「母さんでも害をなすなら許さない」


彼は、女に対峙して立つ。


「お前まであの女の子どもを庇う気? 父親ソックリね」

「この子は……俺の妹だ」


妹? どういうこと?

月雪くんを見るが、彼は目の前の女を睨み据えて、私は眼中にない。


「黙れ。そいつは母親に似て魔性の女よ」

「だからって母さんが……殺していいわけないだろ」

「いい気味よ。先に盗んだのはそっち。子どもまで作りやがって、許せないのはこっちよっ!! お前たちやっちゃってっ!!」

「ですがご子息は」

「あんな売女の子どもをかばう子はあたしの子じゃないわっ」


彼女の背後から更に屈強な男どもが十人以上ワラワラと出てきた。しかもバットまで持ってる。


「まじで死人出るな。人数多すぎて手加減できねぇ」

「ほざけっ。あの女に組した時点でお前の死は必然よっ」

「よっぽど憎いんだね……。実の子を殺すほどに」

「だからあたしの子どもじゃねぇっつの!! ともども死ねぇぇっ」


 整理すると。つまり、月雪くんの父と私の母が結ばれて生まれたのが私ってこと?

 マジで信じらんない。え、これ本当に現実? ……なら、私がここで死ぬの無関係じゃね?

 勝手な月雪母アイツの恨みで殺されるなんて。

 人生詰んだ。

 婚外子だからってその親の罪を子になすりつけるなんて。


「……どうかしてる」


目の前の女は私のママを死体と化すだけでは満足しない。踏みつけ、嘲笑う。


「こんな奴……こんな奴っ。死んで正解よっ。人のものを奪いやがってぇっ」


 何度も何度も踏みつけたおかげで、血が辺りにまたブシュ、ブシュッと飛び散る。私は叫び、彼女に体当たりする。


「やめてよっ」


月雪母と、掴み合いになる。


「やめねぇよっ。おまえの存在自体が間違ってるっ!! あたしの息子も篭絡しやがってぇっ。この淫売がぁっ!!」

「〈初牢〉」

「えっ?!」


 激昂した母親を見かねて月雪くんが冷徹な声音で囁く。突如、床から銀柱が伸び、私を囲む。彼は柱を掴み、出来上がった牢ごと自分の背に隠す。

 まるで籠の中の鳥になったみたい。


「灰亜、よくやったわ。そいつを渡しなさい」

「ちげぇよ。俺はただ護衛として戦士を守るだけだ」


 言うなり彼は男たちのひとりに突撃し、バットを奪い取る。それから近くにいた男たちを手当たり次第にバットで叩く。

 だが、男たちも持っているバットで彼に応戦する。

 その内のひとりが月雪くんの背後を抜け、私めがけてバットを振り下ろす。


 ガキキィィンッッ


 男は籠の銀柱を折ろうとしたのだが、堅固な牢は砕けない。むしろ。


「えっ?!」


 銀柱が変形し、牢の外側に向け茨のような形態をとり、その棘先が尖っている。男は全身を貫かれ、噴き出す鮮血が私の顔や制服にかかる。

 一瞬、場が静まり返る。凄惨なアーティファクトの効果を目にして。

 だが、そういったものには見慣れているのだろう、また喧噪が戻ってきて。

 というか動きの固まった敵に、月雪くんが隙ありと殴り込みにかかる。

 まだ十五歳で私とそんなに変わらないのに、この運動神経というか攻撃力とかは何だろう? 凄すぎる。

 私はポケットからハンカチを出し、顔を濡らした生温かい血を拭う。知らず手が震えていた。

 






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