1-4 イケメンすぎる女友達

〈助けてくれ吉谷! 緊急事態だ〉


 こんな時頼りになるのはいつだって親友である。俺は吉谷にメッセージを送った。

 既読マークはすぐついたのに、返事が返ってきたのは十分後だと。ふざけんな。


《悪いな、今マナミちゃんとデート中なんだ。明日でいいか?》


 つれない返事のあとに、恋愛ゲームのキャラスタンプが表示される。

 ツインテールの美少女が両手を合わせ、おちゃめにウインクをしているイラストだ。

 くっ、薄情者め。俺よりも音無マナミとかいう二次元の女が大事だと言うのか!


〈いいかよく聞けこのオタク野郎!〉

〈二次元の彼女はちょっとやそっとのことじゃ裏切らないがな、三次元の友達は簡単にいなくなるんだぞ!!〉


《何だよその脅しは。かまってちゃんなのお前?》


〈うるさい! 俺はかまってちゃんなどではない!〉


〈それより聞いてくれ! 玲菜がおかしくなった!〉


《って強引に話はじめてるし》

《いいから落ち着けよ、玲菜ちゃんがおかしいのはモトからだろ》


〈どういう意味だそれは! 殺すぞ!〉


《構わねぇが死んだらお前の相談には乗れねーぞ? 俺の葬式に参列した後でネットの知恵袋にでも聞いてくれや》


〈すまんかった〉


《うむ、分かればよし》


 俺は〈ちょっと長文になるぞ〉と断りを入れる。

 すると吉谷から電話がかかってきた。

『時間がかかるし、わざわざ打つの面倒だろ』ということらしい。

 基本無神経な奴だが友達でいられるのは親身で気の利く一面があるからだろうな。


「実はさっき……」


 ことの顛末を話すと、電話の向こうで短く唸る声が聞こえた。


『うーん、そりゃたしかに心配だな』


「だろ? こんなの初めてだから、どうしたらいいか分かんなくて」


しばしの間のあと、吉谷が遠慮がちに切り出す。


『この際、親父さんとお袋さんに相談してみたらどうだ?』


「え?」


『いや。いくら育児放棄気味だからって、さすがに娘の様子がおかしけりゃ飛んで帰ってくるんじゃないかと思ってさ』


「それは……どうだろうな」


『ふつうなら真っ先に親に相談するところを俺にしてる時点で、お前が両親を信用してないのは分かるけど。それでも一応連絡はしておいた方がいいと思うぞ』


「うーん」


 信用してない……か。それとはちょっと違うのだが、今わざわざ説明する必要もないだろう。


「分かった。あとで電話してみる。他に何かアドバイスあるか?」


『んー。今日のところはそっとしておいてやれ、かな。下手に刺激すると悪化するかもしれないし、逆に明日になったらケロッと治ってるかもしれないしよ』


 はたしてそう上手くいくだろうか。

沈黙で答えると、電話の向こうから豪快な笑い声が聞こえてきた。


『ま。お前んちの親が頼りにならなかったら、その時は俺が玲菜ちゃんの相談相手になってやるから安心しな。の方が言いやすいってこともあるだろうしよ』


「そうだな。その時は頼む」


 男前な口調のせいで忘れてしまいがちだが、こいつの下の名は“ひより”。れっきとした女だ。

 声変り前の少年を思わせるハスキーボイスで、吉谷ひよりは俺を気遣うように言った。


『悩むのもほどほどにしとけよ。じゃねーとまた変な夢見るぜ』


「夢? ああ、あれか」


 玲菜の一件ですっかり忘れていたが、そういえば今朝は妙な夢に振り回されていたんだった。


「はは、何だか今日はお前に相談してばかりだな」


 自嘲するように笑うと、また元気な笑い声が返ってきた。


『礼なら弁当でいいぜ。おかずはこの前食った煮物を所望する』


 たぶん、前に俺の弁当箱から奪い取って絶賛していた筑前煮のことだろう。


「了解した。明日……は土曜か。月曜日に持ってくよ」


『おう、楽しみにしてるぜ! じゃあそろそろマナミちゃんとのデートに戻るとするかな』


 はずんだ声でそう言い、吉谷は電話を切った。

 女のくせに男みたいな喋り方をして、二次元の女を愛でるあいつは玲菜よりもよっぽど変わり者だと思う。

 それでも学校でまったく浮いていないのは、あいつの対人スキルの高さとさっぱりとした性格のおかげだろう。

 他を圧倒する優れた容姿もおそらく無関係ではない。

 黒髪ポニーテールをなびかせる長身美女の姿を思い出し、俺は黙ってりゃモテそうなのになぁ、あれじゃ当分恋人なんてできないだろうなぁ

……なんて今度は親友のことを心配しはじめる。

 もっとも、吉谷があんな感じじゃなかったら気軽に話せる仲にはなれなかったはずだし、どんな話し方しようが変わった趣味を持とうが、それがあいつの個性だから変えて欲しいと思ったことはないんだけど。


 とにもかくにも、そんな一癖ある親友のアドバイスに従い、今は玲菜をそっとしておくことにした。


「夕飯、ここに置いておくからな。冷めないうちに食えよ」


 吉谷との電話のあとで作ったグラタンを玲菜の部屋の前に置き、リビングに戻って自分のグラタンに手をつける。

 フォークの上で冷ましながら口に入れると、こんがり焼けたチーズの香しさと、濃厚なミルクの風味が口の中いっぱいに広がった。

 うん、美味い。

 マカロニの硬さも文句なしの出来だ。きっと玲菜も気に入ってくれるに違いない。

 これを食べて、少しは元気になってくれるといいんだけどな……。


 食後にいれたコーヒーを飲みながら、俺はさっそくお袋の携帯番号にかけてみた。

 母親の方に電話をしたのは、電話帳で親父よりも先に名前があったから。


 ただそれだけの理由だ。


 母親の方が優しいから、とか、話を聞くのが上手いから、といった深い考があっての行動じゃない。

 そもそも親父とお袋、どっちが優しくてどっちが話を聞くのが上手いかなんて覚えてなないしな。

 両親そろってオーストラリアに出張が決まったのはつい一年前なのに、ずっと音沙汰なしだったからか、不思議と自分の親がどんな人間だったのかを忘れてしまった。

 ひとつも家族写真がないし、母親の顔も父親の顔もぼんやりと覚えている程度だ。

 吉谷は俺が両親を信用してないと言うが、どちらかというと『影が薄い』と表現した方が正しい。

 親に相談するという選択肢が頭になかったのは、頼りにならないからじゃなくて、たんに存在を忘れていただけなのだ。


 呼び出し音を十五回くらい聞いたあたりで、俺はあきらめて電話を切った。

 オーストラリアとの時差はたった一時間のはずだから、向こうも仕事から帰ってゆっくりしてる時間だと思ったが違ったらしい。残業でもしてるのだろうか。

だとしたら親父の番号かけても意味はないだろう。同じ部署で働いてる親父が、お袋を放って先に帰ってるとは考えにくい。

 最初から期待はしてなかったし、別にがっかりはしなかった。


 やれやれと呟いて最後の一口を飲み干す。

空いたカップと食器を台所に下げ、それを洗い終えてからシャワーを浴びた。

 いつもならこの後『クリーチャー・ハンター』というゲームをするため“マウンテンドーWS”を開くのだが、何だか無性に眠たくなってきたので少し早いが寝ることにした。

 夜更かしをする暇など、今の俺にはないのである。 

 しっかり睡眠をとって、明日、元気な姿で玲菜に『おはよう』と言ってやらなければならない。

 少しでもあいつの心を開くために、暗い顔を見せるわけにはいけないのだ。

 話し相手になってくれると言った吉谷の厚意はありがたいけど、できれば俺が直接玲菜の話を聞いてやりたかった。


 あいつの地雷を踏んだのは俺。

 でもって、その地雷の原因は十中八九俺にある。


『いつも私を遠ざけてた』


 玲菜の異変と関係あると思われる、あの言葉。あれはいったいどういう意味なんだろう?

 小さい頃の話をしているのかと思って記憶を手繰り寄せてみるが、ひどく曖昧ではっきりとは分からなかった。


 まあ無理に思い出す必要はないだろう。たぶん、子供の頃の話じゃない。

 だってあれだけ構いまくってたのに、今さら何年も前のことを気にしているとも思えないし。

 どんな誤解があって玲菜がそう思っているのか知らないが、俺はあいつを遠ざけたつもりもないし、遠ざけたいと思ったことだって一度も無い。

 そのことをきちんと伝えるためには、他人を介しては意味がないのだ。


 自分の部屋に向かう途中、階段をのぼってすぐ右手にある玲菜の部屋の前を確認すると、盆に空の皿が乗っていた。


 よかった、全部食ってくれたみたいだ。


 ホッとして自分の部屋に入り、電気を消してさっさとベッドに潜る。



 そしてその夜、俺は今朝と同じ夢を見た。

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