第5話 さよなら角猪

「すっっっげぇ!」


 ザインに見送られて東門を通り、街に踏み込んだウェルを待っていたのはプラナ村とは比べ物にならない程発展した街並みだった。村の家屋よりも高いレンガ造りで整った建造物、松明ではなく一定の間隔で配置された電灯、人が行き来する綺麗に整備された道路、どこを見てもウェルには新鮮なものに見えた。


「これが街か!人もたくさんいるなー!」


 プラナ村の人口は全員合わせてもせいぜい50人程に対し、今ウェルの視界に入る人の数はゆうにそれを上回っていた。ウェルはそんな人混みを物珍しげに眺めていたが、やがてそれ以上に奇異な目で自分が見られているのに気づいた。中には口元を隠しクスクス笑っている人もいる。


(なんだろう?はしゃぎ過ぎて田舎者って思われたのかな?)


 そんな風に考えていたウェルだが、やがて人々の視線が自分よりやや上の方に向けられている事に気付いた。


「あっ……」


 目の前を通る子供が大きな声で叫ぶ。


「見てー!ママー!猪!大きい猪ー!」


 こらっ、と騒ぐ子供を母親がたしなめ軽く会釈し、手を引いて足早に去っていった。


「……早く解体屋に行こう……」


 急に恥ずかしさに襲われたウェルの口から決意が漏れた。




 教わった通り、噴水のある広場から解体屋はすぐの場所に位置していた。


「ここかー」


 ウェルと角猪が見上げる看板にはシンプルに【解体屋】としか記載がなかった。外観は街並みから外れた珍しい木造であり、大きな獣や魔物の出入りのためか大きな扉が印象的な店だった。ウェルは角猪を降ろすと意を決して扉押し開いた。


「こんにちはー!」


 店内は外観通り広く、商品棚には皮や角など獣の素材が綺麗に陳列してあった。中に入り鼻をすんすんと鳴らすウェル。


(解体屋って言うぐらいだから血生臭い雰囲気を想像してたんだけど全然違うな……)


 店内をジロジロ物色しているとカウンターの奥から人が現れた。


「……なんだ?」


 現れたのは背はそれほど高くないが筋肉で武装しているような色黒の初老の男だった。男はギロリと鋭い視線をウェルに送る。


(な、なんかこの街に来てから睨まれてばかりだな……)


「狩った獣を捌いて欲しいんだけど……」


「……ブツはどこにある?」


 ぶっきらぼうに男がそう言うとウェルは外の角猪まで案内した。


「……これをお前が狩ったのか?」


「ああ。東の森の中で。」


 男は角猪を目の当たりにすると若干驚いたような反応を見せたが、すぐに近づいて調べ始める。


「……外傷が見当たらないな……得物は何を使った?」


「別に何も使ってないよ。真正面から鼻っ面をぶん殴ったんだ」


「……」


 それを聞いた男はしゃがみこみ角猪の頭部を調べる。


「たしかに死因は頭部への衝撃のようだな……それにこのサイズと角の長さ……おそらく群れのボスだろう」


「ボス!?こいつが!?」


「通常の角猪はせいぜい大きくても2メートルあるかないかだ。こいつは明らかに3メートルはある」


「あー、たしかに村で狩ったことがあるやつよりもデカイかも……」


 男は小さく溜息を吐きながら立ち上がると、ウェルの方へ向き直った。


「……いいだろう。うちでバラしてやる。身分証を出せ」


 男の言葉にウェルは顔をしかめた。


「いや、それがさっき東の村からこの街に着いたばかりでギルドに登録してないんだ……だから、登録するまで預かって欲しいんだけど?」


「……それは構わん、早く登録してこい」


 そう答えた男だったが一瞬の間を置き、


「……待て、東の村だと?」


 ウェルの言葉を繰り返した。


「えっ?うん、そうだけど?」


「ということはプラナ村か?お前名前は?」


「ウェルだよ」


 男は小さく首を振る。


「違う、姓の方だ」


「ああ、アーバンスだよ。ウェル・アーバンス」


 男は驚いたように目を見開いた。


「アー……バンス……」


「……どうかした?」


 姓を聞いて驚く男にウェルは不思議そうに尋ねた。男はハッとすると小さく、


「ちょっと待て」


 と言い残し、店内に消えていった。


「なんなんだ?一体……」


 ウェルは言われた通り待っていると5分程で男が戻ってきた。


「これをギルドに持っていけ」


 男はそう言うと筒状に丸めた用紙をウェルに差し出した。


「これは?」


「俺からの紹介状だ。これがあれば少しは早く登録できるだろう」


「ホントに!?ありがとう!」


 ウェルは喜んで受け取ると腰のポーチに入れた。


「でも、どうして?」


「……お前のじいさんと少し縁があるだけだ」


「じいさんと知り合いだったのか!?」


「ふんっ、昔の腐れ縁だ。……いいから早く行け」


 ウェルは、わかったと小さく答えるとギルドの方へ向かっていった。そんなウェルの背中を眺める男は1人呟いた。


「ジーク……あの小僧がそうなのか?」





 ギルドへ走るウェルは途中で店の方へ振り返る。小さく見える店に向かって、


「さよなら角猪……美味い肉になってくれ」


 小さく合掌した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る