第6話 冒険者に……

「冒険者ギルドにようこそ……か」


 冒険者ギルドに到着したウェルは入り口横に立て掛けられた看板を口に出して読んでみた。


(いよいよ冒険者になるのか……)


 そんな考えと共に期待と不安で体をぶるっと身震いさせたウェルはギルドの扉を押し開いた。ギルド内にはたくさんのテーブルと椅子が置かれており、その椅子に腰掛けた老若男女の冒険者らしき身なりの者達が食事をしたり話しあったりと思い思いに過ごしていた。


(流石にもういきなり睨まれたりはないか……)


 ホッと胸を撫で下ろすと、周りを見渡し受付と書かれたカウンターを見つけた。カウンターには黄色いワンピースのような制服の上に白いフリル付きのエプロンを着た若い綺麗な女性が座っておりウェルは思い切って声をかけたみた。


「あのー、冒険者登録をしたいんですけど……」


 それを聞いた女性はにこやかに笑うと、


「ようこそいらっしゃいませ。冒険者の登録ですね?転属ですか?ご新規様ですか?」


「えっと……新規で」


「かしこまりました」


 受付嬢は再びニコリと笑うとカウンター下から用紙を取りだした。


「では、お手数ですがこちらに必要事項の記入をお願いします」


「はい」


 いそいそと記入を始めるウェルを受付嬢は微笑みながら眺めていた。


(うーん……ちょっと若いかな。身につけている物も布生地で軽装だし……即戦力としては期待出来ないかも……)


 そんなことを受付嬢が考えているとはつゆ知らず、ウェルは少し頭を捻りながら用紙を書き終えた。


「はい、ありがとうございます。……ではウェルさん、私は今回あなたのギルド登録審査を担当させていただきます、セレネと申します」


 以後お見知り置きを、と頭を下げる仕草にウェルはお辞儀を返した。


「それではウェルさん。今からご記入いただいた用紙を、元に登録審査に必要な質問をさせていただきます。よろしいですか?」


「もちろん」


「その後、簡単な魔力測定もしますのでよろしくお願いします」


 そう言うとセレネは長い金色の髪を耳にかけ直し、記入済みの用紙に目を通した。


(年齢は17歳……やはり少し若いわ。プラナ村の出身とあるから獣の狩りとかは慣れてそうだけど……あら?)


 読み進めるセレネは気になる点を見つけた。


「ウェルさん、こちらの【使用できる魔法】の欄が空白ですけども?」


 セレネの指摘にウェルはビクッと体を強張らせて、バツが悪そうに目を泳がした。


「えっと……俺……魔法が全く使えなくて……」


 ボソボソと喋るウェルに何かを察したセレネはフォローを入れるように答えた。


「いえ、別に戦闘向きの魔法でなくても記入して良いんですよ?子供でも使えるライトのような生活魔法ですとか。前衛志望の方はそれだけ書かれる人もいますよ?」


 それを聞いたウェルは更にちぢこまり、


「俺……生活魔法も一切使えなくて……」


 弱々しくそう答えた。フォローのつもりがとどめを刺してしまったことに気づいたセレネは不思議そうに首を傾げた。


(生活魔法が使えない?……どういう事?)


 この世界においてセレネの疑問はもっともである。通常、人だけではなくこの世界に生命を持ち存在するものには必ず魔力が備わっている。

 それは大小の差こそあれど、0という事は絶対にありえない。当然ウェルも魔力を持っており、しかもそれは平均的な量の何倍、何十倍にも匹敵する。生活魔法とはその魔力をほんの僅かに使用して、暮らしを豊かにするものである。


 暗い部屋や道を僅かに照らすライト

 小さな火種をおこすフー

 少量の水を生み出すアックア

 これらは普段家事しかしない主婦や子供でも感覚的に使える簡単な魔法である。確かに戦闘向きの魔法には精霊との契約が必要だったり、魔法陣を描かなければいけなかったりと初心者には難しいものもあるが、ウェルが抱える問題はもっと浅いところにあった。


「俺のじいさんから魔法について色々教わったんだけど全く出来なくて……原因は俺にもじいさんにも分からないんだけど……」


 ウェルはしょんぼりしながら説明する。


「でも、腕っ節には自信がある!」


 自分のセールスポイントを一生懸命に伝えるウェル。セレネは小さくなるほど、と相槌を打つと再び用紙に目を落とした。


(魔法が使えない……これはかなりマイナス点ね……だとしたら前衛で登録せざるを得ないけど……あら?)


 再び気になる点を見つけたセレネ。


「ウェルさん。こちらの【使用可能武器】の欄も空白ですが?」


「ああ、一応剣をそれなりに使えるんだけど、全力で振ると壊れるから使わないんだ。大体素手でどうにかなるし」


 少しのを間を置きウェルの言葉に完全に表情を曇らせるとセレネは顔を手で覆いながら俯いた。


(……何なのこの子?よくわからない……)


 さっきから言ってる意味が分からなくなりセレネは少し泣きたくなっていた。


 ウェルがここまで話したことに嘘偽りはなく、何よりも純粋に話していることは間違いない。角猪はおろかダンジョンのボスすら拳一撃で倒してしまうウェルの剛力ではいかなる剣も形を保てず一振りで粉々にした経験が何度もあったが、そもそも素手で倒せるんだし武器や魔法を使わなくてもいいやー、程度に本人は考えていた。それが常識から逸脱しているとも知らずに……

 しかし、ウェル自身はそれで良いとしても実際ギルド登録をするセレネの目から見れば、


『年が若く経験不足』

『装備が不十分』

『武器が使えない』

『魔法も使えない』


 という、おおよそ冒険者には不向きの少年として写っているのである。


(マズイ……何故か空回ってる気がする……)


 セレネの自分に対する印象が良くないと察したウェルは、何とか自分の力をアピールしなくてはと思考を巡らした。


 そして、


「セレネさん!俺は確かに武器も使わないし、魔法も使えないけどそれなりに強さには自信があるから大丈夫!ダンジョンを攻略した事もあるし!」


 そう自信満々に言い放った後、ハッとザインの言葉を思い出す。


『俺が胡散臭く感じてるのはダンジョンを攻略したってところだ』


(そうだ!ダンジョン攻略なんて普通信じてもらえないんだった……)


 自分の失態を悔やむウェル。そんなウェルをセレネは顔を上げて見つめる。その表情には猜疑心さいぎしんが満ち溢れていた。


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