第4話 第2夜

今夜は外食である。

デイビッド・ケルトラインはスラウェシを連れて家を出た。

ところで放熱板式の頭部は、アタッチメントの水冷クーラーを取り付けることによって、見事に普通の女の子の頭部になっていた。今日帰ってきたらあっさり改修されていた。確かに俺の取り越し苦労だったようだ。失礼。

おや。これはまえに述べたことかな。

いや、今度は余計なことを口には出すまい。

涼しくて空気も乾いてる、過ごしやすい夕方だ。日は暮れて空の端にかろうじて赤と青の空が残っていた。完全に暗くなるまで10分もないだろう。


ふんふんふふーん。

「まあこんなとこで出くわすとは奇遇ですわ」

暗い夕方である。軽いステップを踏んで現れたその少女は、遅い夕方であるのにまだ日傘をさしていたから、その暗がりに身をひそまって姿がよく見えなかった。

かちっ。ぱっ。スイッチを押す音がして日傘の電灯がつき、その下が照らされる。

じゃじゃん。

近隣中学校の制服。ゆるふわうぇーぶ風かわいい系女子。

「また新しいのがあらわれた」

スラウェシがいわずもがなのことを言った。

「はじめまして。私は四方(しほう)真世(まよ)」

「君は俺たちに用があるのかな」俺が訊く。

「わたくし、そちらのスラウェシさんというのですか。そちらの方をエスコートするように頼まれましたの」

要はスラウェシを連れ戻しにきた次の刺客というわけか。デイブは理解した。


「今日は気分乗らない。デイブやって」

おおせのままに。

「まあ、そちらの殿方があくまで妨害なさるという訳ですね。それなら仕方ありませんね。ではこちらへ」

スペイン式の円形の広間には誰もいない。豪壮な雰囲気を出すためにバブル期あたりに作られたが、今では客がまったく来ないので、人気のないただの公園になっている。映画の撮影などに使うならば映えるだろう。わずかに見える土壌には、樹木はなく芝生のみ。色違いのタイルが足元を広く感じさせる。

「さてと。君はいったいどんな改造人間なんだろう」

「改造人間ですって!? 私たちは進化型人類と言うのですわ。失礼な」

四方真世は、スラウェシは彼女のことをマヨとカタカナ読みするようになるがそれはともかく、ひどく可愛らしく憤慨して見せたものだ。

「あの、ご存じですか。あなたのような下級AIPは破壊してしまっても罪に問われないのですよ」

AIPとはアーティフィシャル・インテリジェント・パーソン。要は下のランクの人口知性、つまりロボだ。彼女はデイビッド・ケルトラインをランク外の存在とみなしている。

下級人口知性は単なる家具だが、上級人口知性だけは人間由来の人間よりも本物の人間。

ストーリーエンジン。

「私たち任命者が人口知性に敬意を払うのはそれがストーリーエンジンの場合に限るのです。ストーリーエンジンこそ万物の支配者。任命者が敬意を表するのはストーリーエンジンに対してのみ」

目の前のスラウェシを拉致しようとしているのによく言う。

「いや、それでも器物損壊の罪には問われると思うよ」

デイブは思わず余計な忠告をした。

日はすでに落ちて、スペイン広場の舞台の上で、電灯日傘で1人照らされている彼女。


%%%%%

消される神さま。


ある日、ポポミちゃんは宇宙のバグで神様が存在していることに気づきました。

ポポミちゃんはそのことを不思議に思い、ママに質問しました。

そうするとママが言いました。

「通報をありがとうございます。

神さまは宇宙の法則に違反しています。すみやかにしかるべき宇宙的処理を行います。なお、ご利益を受けた一般市民の皆様は、原則として善意の第3者として取り扱う方針であることを申し述べておきます。ただし調査の上、法則に違反することを知りながら神事および勧誘行為等を執り行っていたグループには、何らかの行政的措置を行うことを検討しております」

それに対して、遠くの方から茫洋とした一種いわく言いがたい声が聞こえてきました。

「そ、それは、法の不遡及の原則に、反する、ぞー」

それに対してママ。

「宇宙の法則は不変ですから」

さあ、今日は神さまの最後の日です。

ポポミちゃんは神さまのところにむかって走りました。

「かーみーさーまー」

神さまは最後から2番目にこう言いました。

「何人も子供たちが私の所に来ることを妨げてはならないよ。これって警告しておくけど、子供のような気持ちでなければ、子供にはなれないから。ぶっちゃけ」

しかし最後の最後にポポミちゃんは転びました。

手に持ったリンゴがころころ転がっていきます。

「さあ、最後の願いを言えばいい」神さま最後のセリフ。

「それとってーー」

人類最後の願いは神さまへの贈り物だったのです。

%%%%%


「読みましたわ。あなたの小説を。なんというか、どこにでもあるレビューがまるでついてない、誰かがあまり読んだ形跡のほとんどない、なろう小説」

「ひ、ひいっ。読まれてる。よ、読まれるの反則だ」

顔が真っ赤になるスラウェシ。

「自分で投稿しといて何を言ってるんですの?」

「スラウェシ、恥ずかしがったらダメだ」

恥ずかしがるスラウェシに励ますデイブ、一方で四方真世の方はなにやら、もだえていた。

「っうううっ」

「ど、どうしたの?」

「だ、大丈夫か?」

「うわああああああああああああああああああああっ」

四方真世の精神が爆散したようだった。なんだこれは。


「ぶりってやがる、ぶりってやがるっ。許せねえっ。あたしよりぶりってやがる、許せねえ。あたし以外の奴がぶりてやがんの許せねえ。媚びてんじゃねえよこのくそロリ。年齢差ありすぎだろなめてんのか。こうなったらてめえの目の前でてめえの男を消し炭にしてやるっ」

「あ、この人、思い込み強すぎる系だ。いいね」

この瞬間、スラウェシのマヨに対する好感度がなぜか上昇した。

それはともかくこの瞬間、四方マヨが本性を現したのである。

戦闘開始。

もくもくと彼女の全身から煙が立ち上り始める。いや、赤い舌のような何かがきらめき始める。もちろんそれは炎だ。電灯日傘がスパークの悲鳴をあげてねじ曲がって不可逆的に破壊されていく。全身の衣服は燃え上がりすでに消し炭になりつつある。

だが、案ずるなかれ。その下にタングステン繊維の耐火スク水を着込んでいる。これで北米版も検閲なしだ。やったね。


イグニシチヤ。燃焼人類。

テラサイドの亜種であり、皮膚から発散されるガスが燃焼性のそれに変わったものだ。もちろんそれだけではなく、全身に高度の耐熱処理が施されている。その皮膚は熱を逃がすためのガスを大量に発生させて熱を解放、またそれだけでなく皮膚自体が強力な熱伝導物質だ。大量の余熱は光や電気に還元され体内に蓄積、あるいは電磁波として放射される。また呼吸がフルクローズドサイクルに移行する。蓄積したエネルギーを酸素の還元に使用し、体内で呼吸が完結するのだ。もはや宇宙空間でも生存余地のある強化された肉体である。通常外見からはとてもそうは見えない。だが猛烈なエネルギー消費によりその燃焼時間はごくわずかだ。

長くて1分だった。

1分間の死闘がはじまる。


デイビッド・ケルトラインが燃焼人類の前にたちはだかる。

超人工流体式人造人体骨格。メタリジェン。

自由に液化の状態と、固化の状態を推移できる。

デイブとマヨが両手をがっちりと組みあい、力比べ。ただし腕力というよりは熱量の勝負である。デイブの手が、腕が猛烈な勢いで蒸発し始める。

まずいな。デイブの内部思考。燃焼人類が時間切れになるより、こっちが蒸発するスピードの方が速い。

「きゃははははは。カスはカスらしく燃えカスになりやがれ」

叫ぶマヨ。あまり冷静な戦いぶりではない。

そしてデイビッドにはまだ隠された機能があった。

「燃えあがれ、カスっ」

叫ぶマヨ。デイビッドの液化ボディは激しい勢いで蒸発しつつある。


***

スラウェシの前で視界がかすんだような気がした。

それは、いつかどこかで見た映像。

蒸発していくデイビッド・ケルトライン。

消えゆく意識の中で、こちらのことを心配そうに見つめてくる。

さようなら。

私は何もできなくて。

彼が消えていくのをただ、見ていた。

でもそれは、ここじゃないどこかの話だ。

***


「スラウェシ、下がっていろ」

デイブの警告。

スラウェシが後方退避したのを見て、デイビッド・ケルトラインは大技を出した。

「うしゃうしゃしゃしゃしゃしゃ。いまごろ何をやっても無駄。もう全体の30%は蒸発させたわよ」

「かかってくれたな」

「うしゃ?」

モードチェンジ。

適切な燃焼剤と酸化剤が特定の割合で混合すると、爆発的な化学反応を起こす材料となる。気化爆弾である。メタリジェンの肉体は分子組成を不可逆的に組み替えてそのような爆発物に変性させることができる。

もちろん市街地で大きな爆発を起こすわけにはいかないし、何より爆破可能なのは両腕から気化するメタリジェンが制御可能なレベルで拡散しているときのみだ。

点火。

ずどうむ。

「うっぴょおおおう」

吹き飛んだマヨ。彼女の全身を覆うイグニシチヤの炎は、消し飛んでいた。

そこにはもはや炎ではなく悪臭を放つ気体がもうもうと噴き出てくるばかり。爆風で燃焼中の炎を消化したのである。

燃焼人類の生理学として、この燃焼は継続して行えない。いちど火を使ったら再点火するまでにかなりの時間をおかなくてはならない。まず数日はかかる。つまり四方マヨから戦う手段は、この時点で失われたのである。少なくとも今は。

「ともあれ、片はついたな」

「デイブう」スラウェシが近づいてきた。

「スラウェシ、無事だったか」

「あう? そ、それ」

「うん、これは」

構成要素のかなりの部分を消耗してしまったため、デイビッド・ケルトラインの全身サイズは少年にそれになってしまっていた。服もそれに応じて再構成されている。

「大丈夫。すぐに元に戻るから」

「そのままでいなよ! もったいない」

「あれっ」

しょた。


「そう。それにその恰好ならペドフィリア疑惑も晴れるだろうし」

「それは冤罪だ」

ふと。思わず言い返すデイブはそれがスラウェシの声でないのに気づく。


そこには1人の女性、マヨではない。マヨはそこにもくもく煙を出しながら沈黙中、気絶してるのか。

それはともかくこの女性は。

推定20代。これまでこの作品に登場した中でもっともグラマラスな肢体。黒を通りこした藍色の髪。豊かなむね。

「ふふふ。ひさしぶりね」

「あっ」

スラウェシは彼女の名前を知っていた。

「北海道01」

「ちょっとやめてちょうだい、その名前は。私の名前はモーズリよ。(ずびしっ と突っ込みのポーズ)北海道01なんて人の名前じゃないわ」

巨大島の名前がつけられている、ということは彼女は、高位人口知性(ストーリーエンジン)の1人か。スラウェシにとっては顔なじみであるのも当然であった。

「でも北海道はでっかいよ」

スラウェシがどこか1点をみつめて余計な追撃をして関係が悪化しそうになるのを見て、あわててデイビッド・ケルトラインが質問する。

「あの、ところであなたは何をしに」

「もちろん戦闘不能になったあの子を引き取りに」

さらり指をマヨにむけて突き刺し、

「それと私はあなたたちの味方よ。そう言いたかったの」


北海道01こと、自称モーズリはこう言った。

「私はね。人口知性に興味があるんだ。この世界では人間由来の人口知性でなければ大物を作ってはいけないなんて、くだらないルールがあるけどね。本来これはナンセンスなんだ」

モーズリは持論を述べた。


人間は物理存在だが、その上に情報的に構築されている。

心などない、という人はコンピュータプログラムの存在も認められないだろう。なぜなら物質的なものでないかぎりは存在しないのだから。事実はそうではなく、実際には情報存在という概念があるのだ。悪魔も神も、その人が信じるのなら実際に存在するのと同レベルの影響力がある。なぜならその人が信じた果てに何をするのか、考えてみればいい。

もちろん情報工学は非常に小さな物理的存在の変更を伴うものである。そうでなければ情報存在は出現できない。

しかし単純な唯物論者には以下のことは説明不可能であろう。

例えば、ひとつのICチップで電子500個の流れが停止してしまったために、コンピューターの誤作動が起こり、その結果として核戦争が起こり、地球上からほとんどの地上生物が消滅してしまった。

唯物論者は言うだろう。このようなことはありえない。500個の電子のエネルギーに地球全体を破壊するほどの熱量は発生させられないからである。

もうお分かりだろうと思うが、この唯物論者は明らかに情報という概念を理解できていないのである。

マリーが白黒の部屋から出て、初めて赤なる色を体験したとするなら、少なくともマリーはびっくりするだろう。嘘だと思うなら、生まれて初めて海で泳いだ内陸部出身の人に聞いてみるといい。あるいは21世紀の現代なら宇宙旅行をした人の体験でもいい。単なる知識と体験とはまったく異質なものであることが分かると思う。

もちろんマリーの脳に赤を認識する視覚回路が形成されていればの話だ。もし視覚回路の欠落を伴っていれば、昆虫や鳥が見ている紫外線の色が人間に見えないのと同じことになる。赤緑色盲の人が赤を判断するのと同じことになる。それはただの知識だ。

哲学的ゾンビも実際に作ることができる。チューリングテストの項目をいくつかすっ飛ばせば、すぐに完成品はゾンビになる。もちろん一度も人間を作ったことのない文明からすれば、完璧なチューリングテストなるものがどういうものか現時点で知らないから、作るものはみな哲学的ゾンビになるわけである。明らかに流体力学を無視した19世紀の飛行機みたいなもので、それを作った人たちはもちろん「人間が空を飛ぶことは不可能」と決めつけている。もちろん完璧な人間を人間が作ることができたからと言って、情報存在としての神が貶められるというのもまったく意味がない。神さまの学校があれば、小学校1年生のレベルで学習するくらいの簡単なものであるかもしれないからである。いや、まずそうであろう。もちろん人間が自分たちの存在を過大評価しすぎ、ということなのだ。少なくともこの時点で宗教と科学が対立するというのはまったく意味がない。どうせならもっと本質的な部分で対立してほしいものだ。

善とは何か、とか。

本当にそういう情報としての論理を議論するなら、宗教は今でも科学をあっさりぐらつかせることができるんだけどね。与えられた課題が本質的に変わっていないのだから。


人間を外的に作るなら、人間に与えられた環境条件を整えることが必要だと思う。まず相対的に孤立したネットワークであること。そのネットワーク自体に生存圧力がかけられていること。その生存圧力に最終的には屈するしかないということ。他の孤立したネットワークと協力することによってのみ、その限界を突破できる可能性があること。

これで人間に近い自我の発生条件が整うのではないかと思われる。


「君たちのように、与えられた使命を越えて本当に自分のやりたいことを追及する、そんな人口知性は実はとても珍しいのさ。私たちは自分の仕事を楽しいと感じるようにチューニングされてるからね。どんな任務でも楽しんでやることができる。それが人口知性さ。でもそれが、本来は自然発生的に出現する真の人口知性の出現を阻害しているんじゃないかって、私はそう思うんだよね」


「でもデイブはチューリングテスト1級合格だよ」

スラウェシが言った。そうしたら、

「今までの基準ではね」

まるでデイビッド・ケルトラインをまだ人間ではない、とさえ言い切るかのような基準認定だった。


失神しているらしいマヨを抱えて、モーズリは帰途についた。

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