第2話 第1夜

その夜、俺は……。


スラウェシの寝相の悪さにひどい目にあわされた。

ベッドなどというものはないから、布団を引いていたのだが、

突然、俺の顔に対して、少女の全身全霊を込めたかかと落しが、それはあたかも天体衝突を連想させるかのような絶妙の角度で降り落されたのだった。

ぐはあっっっ。

どうも、寝相ででんぐり返しをしたらしい。

どうして彼女が、寝相ででんぐり返しが出来るのかは分からない。

しかし、俺にとっては、それすらもとても微笑ましいエピソードに思える。

ともあれ、真夜中にたたき起こされた俺は、異常検知アルゴリズムの混乱を収めた後、眠ることをせずにしばし、そのまま起きていたのだった。


俺は人口知性の割にはカフェインなどを嗜もうとして、コーヒーを入れた。しかしミルクがなかった。深夜営業の店で買ってくることにする。

俺はカギを締め、部屋を出た。

念のため、警報装置を確認しておく。

スラウェシ1人を残して出るのは、万に一つの不安がある。しかし、いや最後まで言うのはよそう。

暗い夜道を歩く。都市の明かりで空は明るく、赤やところによっては青く、雲が街の明かりで染められており、歩くにはまったく不自由しない。

自動車の類もまったく通らない。街はあたかも無人のごとくであった。

しかし、そこで歩道の前に誰かが現れる。

それは俺の前に立ちはだかっているようであり、俺がそこに行っても、直立したまま狭い歩道を横にどこうともしなかった。

「こんぶっす!」

鮫島ハルルだった。

「ひょっとして、それは挨拶か何かなのか」

「こんばんは、を縮めた言い方です。この地方では良く使うよ」

「嘘はそれくらいにしとけ」

「ちょっといいかな?」

親指を突き立て、横道を指さす。ちょっと顔かせや、のインシグニア。

俺は、迷ったが少し付き合ってやることにする。

ハルルは歩きながら言った。

「あのさ、あの、あんたのオリジナルって言ってたやつ」

CGケルトラインのことか。

「あいつ、なんであんたのところに来たの?」

そんなことか。

「スラウェシを連れ戻しに来たんだ」

簡潔に説明した。

「なんで?」

この女でさえ、いつになく真剣な顔をしていた。

「スラウェシは人口知性だ」

率直に話した。

「ただし、俺のような家具とは違う。彼女は人間そのものを素体として作られた高位人口知性。ストーリーエンジンと呼ばれる。特に初期のものがひどく出来がいい。現在の技術ではこれ以上、初期ロットの完全性を再現できないとさえ言われる。スラウェシは13番目。ただ故障があってな。もう、その、引退したのだが、それでも連中は再利用しようとしている。そんなところだ」

「引退したのに?」

「不正利用だ。スラウェシは素体が人間だから、壊れるまで消耗させるのは人道に反する。だが知ったことではない奴らがいるのだろう」

俺は、当たり障りのない真実を話した。嘘ではないのだ。相手の説明欲求を満たしてやらないと危険だった。危険だと感じた。いつも感じている。

「スラちゃんが引退したってのはどうして?」

「メモリの劣化だ。生涯演算容量を使い尽くした」

「ふーん、よく分かんないけど」

鮫島ハルルは年頃の少女らしく、道路の上でスピンターンを極めてから話を続けた。

「じゃああたしもホントのこと言うけど、次の刺客はあたしだよ」

さりげない宣戦布告だった。

「あ、でも勘違いしないでね。スラちゃんを売りとばすって意味じゃない。逆よ。あんたの代わりにスラちゃんを守ってあげようというわけ。あんたじゃ頼りないからね」

「気持ちはうれしいが、無用だ」

「わかってないね。こうしてる今もあんたはあの子を1人にさせてるだろ。あたしだったらそんなこと絶対にさせない」

「それは違う。お前は分かってない」

あの子は本当は自分で自分の身を、守れるのだ。

ただ、それをすると。

「分かってないのは、あんただってば!」

ハルルは奇襲のハイキックを俺の頭部に向けて撃ち放った。宙に舞う怒り。


当然に俺は両手で防いだ。危なげなく。

当たってもどうということはない。

しかし、重い。

女性の筋力とは違う、どこか異質さを感じる。


その後も彼女はこちらの上下に対して、正確で重みのあるキックを繰り出してくる。

「シュガーソルトキックっ、あーっとしかし、敵の柔らかい先端部を狙うキックが、なぜかことごとくかわされていくっ」

何やら喋りながらキックを繰り出すハルル。

こいつは!! 

「自分の必殺技を自分で解説しながら戦う戦士がいるか!」

「だってそうしないと誰にも知ってもらえないじゃん!」

バカみたいな戦い方だが、しかし油断はならない。

言葉とキックのタイミングが微妙にずれている。普通は呼吸と運動が連動しているが、こいつには微妙にずれがある。相手の会話に気をとられるのは危険だ。

俺は両手を広げて相手の足先をつかみにかかる。

この時に気づいた。相手は素足だ。

先端が触れてそして、

電撃の軽い衝撃が来た。


こいつも!

こいつも発電人類、ホモ・エレクトリチカなのか。


「勘違いしないでね。あたしのはあくまでも自分の体を動かすための外郭運動連結野。私は大容量演算運動能力者。エ・フ」

「いや、聞いたことがないぞ。それっ」

「いいんだよ。お前ちっとは勉強しとけ」

「そもそもエ・フってそれ何の略称なんだ。何かを縮めて言ってる言葉だろそれは」

「これはただの」

相手が反動も何もなく、予測不可能な不意の跳躍で、こちらの頭部を狙ってくる。

「中2病やっっ!」

それは関西弁のイントネーションなのか、などと突っ込む余裕は俺にはなかった。俺は飛びつかれた相手に首を極められ、そのまま首の骨を折られたからだ。


進化型人類ホモ・エレクトリチカの亜種。それは発電能力を擁する筋肉が、それ自体が思考し判断し運動する。脳が筋肉で出来ているという悪口があるが、あれが冗談ではなく本当になったバリエーションだ。ただし知能が拡張する方向で。

最適の行動を一瞬で演算しつくして行動に移す。その運動には一分の無駄も無く、そして何より、その出力は元来の横紋筋などとは桁違いの出力だった。

もちろん正式名称はこいつが自称してるのとは違うので、そこはご了承いただきたい。


「出ましたっ、イリーガルフランケンシュタイナーっ、ってあれ? 死んだ? やっちまったっ? またしても未成年による事件になっちまったっ!?」

途端にあわてはじめるハルル。

「……貴様」

俺を路上に倒れ伏したまま、相手をねめつけた。

ここで、このイリーガルフランケンシュタイナーという技について解説する。

相手に頭の上に飛び掛かられ、そのままねじりながら反対側に落ちる。

非常に危険な技だ。良い子は絶対に真似しないよう。

「あれ? 生きてる?」

「戦士のくせに覚悟が足りないのか。それとも自分で自分のやってることが分かってないのか。どっちにしろ、俺を怒らせたのは確かだぞ」

無論、首の骨を折られて死ぬ俺ではない。

俺は立ち上がった、即座に。

俺は修復メカニズムを駆動して、破損部骨格を応急修復した。

頸部損傷は速やかに回復した。


「いや、やっぱりあんたってさ、ただの人造人間じゃないでしょ。この前見たときからピンときてたんだよね」

四の五の弁解してるが容赦するつもりはまったくない。

こういう10代の悪ふざけに、見て見ぬ振りするアルゴリズムは俺にはない。

怒り心頭滅却。燃え上がるほど激しく、周囲が見渡せるほど冷たい。

ところでこの辺りは住宅地といっても小さな畑が残ってる地域だ。この戦場に置いても路上の隣は土がむき出しに続く畑になっていた。今のところ、何も植えられてない。

彼女は、畑の上に移動して、力強くその筋力で土を蹴りあげた。いや、削り上げた。

「くらえっ、モスクワの赤い雪っ」

「目つぶしなど効くかっっ」

だが不覚にもそれは効いてしまった。なぜだ。悔しいっ。

一瞬のあとに俺が知覚したのは、俺の背中で両の手を抑えられたこと。

いや、マジで見えなかった。力で強引に振りほどこうとするがしかし、

そのまま頭の上を越えるような跳躍をされた。

「キャッツキルオーバヘッドホールド。いやさ、猫十字固めっ」

背後に回り、相手の両腕をとって相手の頭上をバク宙して超えてホールド、

ホールドできなくても相手の両腕をねじり切るというエグい技である。当然ながら実用禁止だ。というか常人はこんな技はできない。

しかし俺は全身のロックを、


解除した。


一瞬で相手の技を外す。今度は力づくではなく、つかめる部分を消失させた。

そのまま反対側に落下するハルル。

べちゃり落下音。

「ぶろっこりゃ!」ハルルの変な悲鳴。

俺の肉体は、液体にように柔軟に振動し、しばらくしてから元の体型に戻った。


超人工流体式人造人体骨格。メタリジェン。

自由に液化の状態と、固化の状態を推移できる。

もちろん、この肉体には内腔などというものは原則的にない。

人工流体セルを論理結合させただけの躯体である。


「た、た、ターミネーター2のパクリだああああ」

著作権的な悲鳴をあげる敵。

「知らんな。そんな昔の話は」

液体金属とはちょっと違う。ナノマシンの変種に近い。

俺は固化させた肉体を再び敵に相対させた。

「さあ、来い」

今度は不覚をとらん。


しかし敵はカメのように地面にうずくまり丸まった。

「たいへん申し訳ございませんですです」

あれ、謝罪なのか、これは。

「関節技が効かない相手には、ワタクシでは勝ち目がございません。いさぎよく前非を悔い、謝罪をさせていただきますですです」

なんだこれは一体全体? これがあのスピーディ土下座という必殺技だというのか?

この本音、リアリティ。

「つまりあなた様の勝ちでございます」

「勝った、勝ったのか? 俺は」

いや、勝ったとかそういうことではなく。

振り上げたこぶしをどこに墜落させたらいいというか。

ネコだまし的に急転する状況に、反応の仕方をしばし考え込んでしまう。しまった。

完全に何かのタイミングをずらされた心境。


「あの子はあたしの大切な宝物だよ。あんた、大切にできんの?」

頭をさげたままのハルルは、そのままの姿勢で低い声。その言葉にまたしても、不意を打たれる。


この言葉だけは本気だ。そう思った俺は本能で率直に答えた。

「世界で最も優先すべき存在だ。俺にとってのスラウェシとは」

それが人口知性にとっての所有者という存在である。

自信を持ってそう答える。

「……そう……じゃあ、まあ、いいか」


そのままミズスマシを連想させるありえないジャンプで、例の考える筋肉でなければ出来ない運動である、脱兎以上に兎っぽい走りで逃げ出した。

「じゃあそういう訳で。ばいばいきょーん」

「お、お前っ、そっちの方が非道いだろっ」

俺は試みに著作権的な悲鳴を上げてみるが、とどのつまり、逃げられた。


翌朝。


「スラウェシ。ご飯出来てるよ。おはよう」

「君、ちょっと土っぽくない?」

スラウェシにねちねちいびられる俺だった。

うむ、可愛い。

女性は怒っている顔がかわいい。いや、本気でそう思わんか?

それとも変なのか。俺が。


「まあいい。ちょっと私の新作を読んでみたまえ」

おや、流れが変わった。昨日のうちにいろいろ書いていたらしい。


%%%%%

液体人間ぽむ。はやく固体になりたい。

あ、あ、あ、流れちゃう。

%%%%%


「何だい、これは?」

「そういう方向性とかテーマとかで書いてみようと思ったんだけど、どう? 同じ液体人間として何か感想は」

新作というより新アイデアだな。これは。そう思った。

「却下かな」

「もうちょっと検討してから発言してもらいたい。まあいい。じゃ次はこっち」


%%%%%

臨死体験探偵。小笠原ジェネリック(名前です)とにかく少年15歳。さあ、僕の頭を殴るんだ。


あれ、ここはどこだ?

ここは病院のICUです。君は今まで、意識不明の昏睡状態だったんだよ。

さあ、君はいったい誰に殴られたのかね。

すぐに全員を集めてください。犯人が分かりました。

%%%%%


「却下」

「なんですぐそうやって人のアイデアにダメだしするのだ。自分では何も考えてないくせに」

「こんな思いつきのアイデアだけ見せてくれても。もっとちゃんと形にしないと」

「ふむうう。ところで君、前の住人が大量に余らせて残していった入浴剤とがあるとか、前に言ってなかもらん」

「うん。言ってたね」

「早速それで土っぽい臭いを落として来たらどうだ? 私が寝てる間に何やってたんだ。まさか、私の知らないとこでおかしなことやってるんじゃないだろうね」

話が戻ったようだ。

「スラウェシ」

「何だい?」

「もっと自信をもって。前に進まないと、何も分からないよ」

「…………」

「良いとか悪いとかは、本当はどうでもいいことなんだよ」


赤いほっぺをふくらませて、「ご飯食べてくる間に、土っぽい臭いを落としといて。さもないとミステリーの犯人にする」などと言って、部屋を出て行った。

「いや、犯人だとかっこよすぎるから、最初の方に出てくるいかにも犯人っぽい小物」と途中で訂正。

食器を鳴らしているのを確認して、俺は自分の任務をまた今日も達成したことに少し、安堵した。

「いや、やっぱ最初の被害者でいいや」とどめ。


そう。スラウェシの夢は、物語を書くことなのだ。


「ただ私に足りないのは体験なんだよね-。もっといろんな所にいって、もっといろんなことをやらないと、ぴんとしたのが作れないと思うんだよねえ。経験がないと他の人のまねっこになっちゃう」

というのがスラウェシの談である。

彼女はどちらかというと、ノンフィクションジャンルなどが向いているタイプなのかもしれない。実際に体験しないと書けないタイプだ。

「それにしても、奇っ怪な殺人事件って思ったより多いのね」

「いや、ちょっとまて。それは……」

もちろんミステリはそういうジャンルではない。

そのことを彼女は知らない。

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