人口知性スラウェシ13の類まれな情熱

@socialunit13

第1話 第1昼

第1昼


【【マーキュリー・ルフトメンシュ博士との会話:5月12日:記録】】


君は才能がないと言われたのかね。


なるほど。才能がなければ確かに夢を叶えるのは難しい。

しかし夢というのは成功するためにあるのだろうか。

報われるためにあるものだろうか。

もちろん努力することが尊いとか寝言は言わない。

結果がでなければ最初から存在しないのと同じだ。

どんなに努力してもダメなものはダメだ。

でもパースが完全に狂っていても、だからこそアウトサイダーアートとして成り立つそんな絵画もあることを知っている。

もし正常な絵が描けるのなら逆説的にそんな絵がかけるはずがない。

それでも、アウトサイダーアートとしても成り立たなかったら、そこであきらめるのだろうか。それは少し違うとおもう。あきらめるとしてもそれを普通あきらめるとは言わない。別の道を切り開いたというのではないか。


仮に、の話だ。

君が絵描きを目指していて、絵の才能がまったくないと言われたら、君はあきらめるかね。

パースひとつまともに描けない奴はいる。というか私がそうだ。もっとも私は絵描きを志したことはないが。

逆に言えば、才能があると言われたら、君は絵描きを目指すのかね。

生まれつきとんがっている人間などいない。とんがっているとしたらそれは余計な部分を削り落としたからだ。さもなければそんな鋭角は生まれない。

それは天から与えられたものでなく、ただの結果だと思うのだ。それは結果としてそうなったに過ぎないと。

才能とはそういうものだ。

もし情熱があるのであれば、それは正しい指針だ。その先がどれだけ狭い隘路であろうとしても敢えてその道を進めばいい。君にとってほかの道など最初から存在しないも同じなのだから。与えられなかった幸福を妬んで時間を浪費するな。自分にしかたどり着けない、それどころか他の人間には見ることすら叶わないゴールに向かって最大限の速度で進め。

もしそれでもたどり着けなかったとしたら、そこは気にするところじゃない。成功するとかしないとか、そんなことは些事である。なぜなら君はその理由を知っているはずだ。

美しいものは美しい。

たとえ見るものが誰もいなかったとしても。

私たちはその実をとってただ磨いて並べているだけだ。本当は何もしていない。

そうでなければこんな何の見返りもなく、ただ情熱に突き動かされることなどあろうはずがない。

君の眼は少なくとも間違ってはいない。

ただ。

この先に進んでひとりの人間として幸せになれるか、というと、それは保証することができない。

美しいものとはそういうものだ。

だからそれでも進むなら、それは君だけの地獄になる。

それでも行くというのなら、邪魔はしない。ほかの誰にもたどり着けない君だけの地獄へ向かって、歩いていくといい。

少なくとも私はそうやって生きてきた。

だから私には、ほかのアドバイスはできないのだ。


【【マーキュリー・ルフトメンシュ先生との会話:5月12日:終了】】


3か月賃貸契約のアパートを何とか借り上げた後、俺は交渉に駆けずりまわり、公正に偽造された前住居の住所と身分証明書を振りかざして、この証明書が目に入らぬか、とそんなことを言えるわけもないが、それでもそのようにしてこのささやかな住処を、1部屋をなんとか確保したという訳なのだ。

まだ家具を設置してないのだが、スラウェシが勝手に入って部屋の中でくつろいでしまう。彼女は自分に必要なものだけをダンボールの中からとりだし、それ以外のものには見向きもしない。

端末を取り出してなにやら、何かにつんのめっているところだが、それを俺が気にとめることはない。

細部は俺の仕事だ。

彼女は自分のことだけに集中してもらえればいい。


俺たち2人は、親子にも兄弟にも見えなかった。

もちろんスラウェシは、がんばって10代前半にしか見えない。見えないと言うより実際にその年齢である。あることが違うだけで。


それゆえ近隣の住民の無理解に悩まされることがあった。


隣には家族向け集合住宅が建っている。ここの住人が少しタチが悪い。


「あ、ペドフィリアだー」

近所の悪ガキである。

4歳。

5歳。

8歳。

8歳。

15歳。(女)

1人だけ悪ガキとは言えない責任能力を追求されそうなやつがいるが。

外見だけなら悪くないとされる、といってスカウトされるような容姿でもないが、そんな次第で俺以外の誰も彼女の言動を疑問に思わない。ひどい話だ。文明は後退している。

「おじさんてさ。幼児性愛者なの?」

俺はどうみても20代だろう。おじさんではない。

「違う。そんなやつがそこらにいてたまるか。とっと行きなさい」

「でもさ、スラウェシちゃん、ていうんだっけ。家族とかではないんでしょう」

「彼女は俺の偉大なるニアスージアスト。つまりマスターだ。彼女がいるから俺は生きていける」

俺のような存在の所有者はそう呼ばれている。後述する。

「おおおおおおっ」

どよめく悪ガキども。

「すげー、リアル中2病だ。リア中だ」15歳。

「リア中だ。リア中だ」5歳。

この娘、幼児になんて知恵をつけてやがる。

「おじ、じゃなくて、俺は純粋なアガペーを彼女に捧げているのだ。そんなエゴイズムな執着と一緒にしないでくれたまえ」

いまのきいた。うんきいた。という目くばせを沈黙のうちに交わすと。

「「「カメハメハ・ロー・キック!」」」

技名を合唱して攻撃してくる。

「痛い! 何をする」

「カメハメハ大王が敵に止めを刺す時に使ったと言われてる伝説のローキックだ」

「ローキックで止めを刺す奴がいるか。 痛い! やめんか! 不良ども」

どかっ、ボコッ、スコッ。

「水をかけるぞっ。きさまらっ」

もちろん俺にとってダメージなどないのだが、嫌がらせに堪忍袋の緒が切れかけて、道路水まき用ホースを持ち出してくる。

「「「わあ、変態の反撃だっー」」」

いっせいに盛り上がる悪ガキたち。


「ハルル、何してんの、もう遅刻するよ」

遠くから娘の同学年らしき子が声をかけてくれる。

「あ、はいはい。じゃあお姉ちゃんいち抜けたー」

「「ええー、ずるいい」」

電話機の自動音声みたいな名前の娘だ。さっさと学校にでもどこでも通学してしまえ。

それを契機に悪ガキどもがようやく四散してくれる。


潜伏するためにここに住んでいるのに、先が思いやられる。

このさき、またあいつらが押しかけてくるのかと思うと、少し内蔵が痛くなってくる。

どうしたものか。

およそ連中には所有関係の神聖さなど理解できまい。


所有関係? そう、俺は人工知性なのだから。


所有者に仕えるのは当然だ。そのために生まれてきたのだ。

それこそが一般型人工知性の名誉ある存在意義である。

俺は道路水まき用ホースをしまい、安集合住宅の室内に待避する。

室内では俺のマスターが、自らの頭部を分解している。

「おかえりー。デイブは子供に好かれてるんだね。うらやましいな」

これは皮肉を言われているのだろうか。

あれが好意とは思えない。

俺の名前はデイヴィッド・ケルトラインだ。

だから所有者であるスラウェシは俺のことを英語風にデイブと呼ぶ。

一方でこちらは彼女のことを、主、マスター、もしくはニアスージアスト、もしくは短縮系のニアストと呼ぶべきだった。

俺のような人工知性であり人造人間の所有者のことを、特にニアスージアストと呼ぶのだった。

が、あまりにニアスト呼ばわりすると怒り始めるので、スラウェシと名前で呼んでる。「うむ。それでよし」と好感を持たれたので、以降は名前で呼ぶことにした。

それが過去の経緯だ。


そのスラウェシは自分で自分の頭を解体し、脳基盤の1枚を手ずから取り出している最中だった。基盤といってもそのまま放熱版として頭頂部に飛び出している部分だ。我がマスターであるスラウェシには、今のところ、頭頂部の皮層や頭髪というものがない。

頭の先から金属の板状のものが飛び出している状態である。

空冷式冷却頭蓋である。

妙齢の女性としては、心中を察するものがある。

と、思っていたが、本人はまったく気にしておらず、「むしろこれが今日のあいでんてぃてぃーなんだよ」と余裕の見解を持っていることが最近になって分かった。

健気な。

この俺などはそう思ってしまうのだが、それを口にするとまたスラウェシが怒り始めるので、そのようなことは言わない。

「そもそもだねえ。独占できる外見的特徴こそが美学の起点となるべきものであって、ふんふん、もちろん数学的な美しさは必要とするけど、他者との判別が微妙なものは美しくても価値のないものだと、そういう風にできている。蝶の羽などを見てもらえば丸わかりるけど、どう? そういうのって見て分からない?」

一度などはこう口にしたこともあるので、やはり彼女にとって内心では重大な問題なのではないか、などと俺は考えているのだが。

だからこそ、俺はそのことについては、敢えて言わないことにしたのだ。

なにより、気にすることはない、などと安易に仄めかそうものならスラウェシが激怒するので。


「ふう。君ってまったく女性にもてなさそうだな。そういう設定?」

スラウェシには発言に直感的なところがあると、いつも思い知らされる。

天才なのだ。


さて、基板の整備をしているスラウェシなのだが、具体的に言うと、補助基盤のひとつに物理疲労が見受けられるので、大事ないうちに交換しようという作業だ。

「これをしている最中にトラブル起きるかもだから一応は見といて。ま、ないと思うけど」

などと言われるので俺も最新の注意を払う。

意識をオン状態にしたまま基盤を取り除く。いわば覚醒下手術だが、基盤自体はリンクオフ及び電源カットにしてあるので問題は余りない。というか無いはずである。

それでも万が一にも重大な事態が発生したら、最悪の場合、我々だけでは処置できない事態になる可能性も極めて低い可能性としてはあり、そうなればスラウェシのここ最近の行動すべてが無に帰す恐れもある。

心配する気配もなくあっさり、故障した古い基板を引き抜き、床に置く。

ビニールクロスの上の新基板をとって、両手で抱え、ゆっくり頭に上から垂直に差し込んでいった。手慣れたものだった。

その後に密閉用の縁抜きカバーを丁寧につけて、自動ねじ回しでルーチン通りにネジ止めしていく。

同時にシステムリンクを再開しているようだが、外からは無論よく分からない。

作業はとどこおりなく終わったようだった。俺も胸を撫で下ろして、息を抜いた。

しかし作業が完全に終わったと見えたところで。

「しまった」

スラウェシの舌打ちの声がした。


「何かあったのか」

「プロセスのひとつが起動できない」

「新基盤に初期不良箇所があったのか」

「いや。私のミス。というよりアクシデントかな」

発音と動作にはまったく支障がないみたいだが。

「取り外した旧基盤のなかに重要なプロセスのフラグメントが入っていたか何かだ。情報の整合性がとれていない」

「その情報の完全性は損なわれると、どういう問題を引き起こすんだ?」

「いや、別段困らないといえば困らないんだけど」

何だそうなのか。肝を冷やしたぞ。


何が出来ないのかというと……。


「「「歩けない」」」

というわけでスラウェシを肩車して歩く。

これが、伝説のかたぐるま。である。見るがいい。

スラウェシは担がれたまま、足をぶんぶんするので俺の胸部にかかとがヒットする。

気にはならない。

ダメージもない。

しかしこれはどうなんだろうか。

保護者として叱ったほうが、いやしかし俺は厳密には保護者とは言い難い。


「おおっ。おおおおおおおっっ」

15歳。(女)

う、こいつこの時間帯になんでいるんだ。学生じゃないのか。

「リ、リ、リアペドだーっ」

「違うっ」

全力で否定する。

「断じて違う。彼女は、そのつまりそのっ、親戚のようなものなのだ。そのような不適切な関係などありえん。邪推もいいところだ、いい加減にしたまえ」

抗議する俺。

よし。15歳(女)は目を丸くしているようだ。

頭部上方のスラウェシにも同意を求める。

「さあ、スラウェシ。我が主。我がニアスージアスト。君からも言ってやってくれ」

しかし頭部上方の彼女は、恥ずかしげにほほを赤らめてるご様子。

ぷい。

ついにうつむき加減横の方を向いてしまう我が主。

「おおおおおっ」15歳(女)ヒートアップ。

「違う。これは違うっ。余計なことを考えるなっ」

その時だった。


ごしょごしょごそ。

耳元で何かをささやくスラウェシ。

ば、ばかな。

思わず不安定になる我が演算回路。

だが。


「なになになに?」食いつく15歳。(女)

「まことに遺憾なことではあるが、我がマスターは君とデートしたい、と主張されている」

「ほ? ほえっー?」興奮15歳。(女)

頭の上、てれてれ。

苦悩の表情を最大限に抑止しながら、俺は苦心して主の主張を代弁した。

その主は頭部上方でてれてれしている。


ケーキハウス『囁きの魔女』。

行きつけの個人経営点だ。ここは親父が気さくなのが売りというケーキハウスにあるまじき魅力で繁盛している。元は別のタイプの食料品店だったらしい。明らかに。

テーブルがごくわずかにあるがご近所のマダムに占領されている。

というかじろじろ見られている。

スラウェシはかたぐるまポジション継続中。下ろそうとするとがっちりとマウントするのであきらめた。

仕方ない。持ち帰るか。

「ねえねえ、いっつも2人でいるの? この子の学校とかは?」

ケーキを買う段階でも馴れ馴れしく話しかけてくる15歳。(女)

「お前こそ平日のこんな時間帯にこんなとこで何してるんだ?」

「今日は自由体験学習の日です」

「サボりという意味か。それは」

「そうじゃなくて。最近はそういうのがあるんだよ。知らないの? 独自の論点に基づくレポートを書けないときっちり成績を下げられるんだよ」

「お前、想像力に自信がある方なのか?」

「うわぜんぜん信じてねー」

ごしょごしょごそ。

「ぬ、く、我が主、ニアスージアストは青春らしくて素敵だと仰せられている」

「ほらあ、いいこというじゃん。あんたの親戚。えーと親戚だったっけえ?」

く、なれなれしい女だ。(15歳)

我が主、ニアスージアストの思し召しといえど、寛大な気持ちにはまったくならない。


「おまちっ」

ケーキ屋親父の切符の良い声とともに箱詰めが手渡される。

さあ、料金を払ってそれから。

さて、ここで食べられない以上、帰るか、食べる場所を探すかなのだが。

ごしょごしょごそ。


親水公園というものがある。

この“懐かしヶ原“の街にも川辺というか、これが小川なのかどうかは分からないが、水辺の公園がある。そこに設置してある椅子を使って食事する。

俺は椅子とテーブルを除菌洗浄剤をたっぷりとしみこませたハンカチで拭いて清潔化した。



%%%%%

セミの惑星。


此の星ではセミが進化して、というより生き残り、陸上生態系の様々なニッチに適応していった。

褐色樹木に代わり、竹が植物相の中心的な種になったのは事前の想定内だったが、竹の花と竹の実がセミと共同しての繁殖戦略を獲得したというのはうれしい誤算だ。

此の星は竹の惑星である。

とにかくセミが多い。

なにせニッチに適応できる動物がセミしかいなかったから。

此の星の多種多様なセミはありとあらゆる波長を用いて演奏する。近づけば命取りになる超高音振動波を奏でるものから、振動波ではなく電磁波を使う種、肉食種、人間から吸血を行うやっかいなセミまで。

そこでは人間も土から生まれてくる。

大地からタケノコ的にせり上がってきた棒状の人間は、外皮が剥落してそこから人型がメリ出てくる。衣装一式も追加。生まれたときにファッションセンスが決まってしまう。

もちろん事後で交換や購入は可能だ。

これまで幼生時代に大地の底で、仮想的個人を構築しての情報存在文明として生活してきた人類が、初めて物理個体としての生活を始めた。

もちろん7日ではない。

これは厳密に決定されてるものでもなくて、70年も個体生活を送る人もいれば、数日で終えてしまう人もいる。価値観も生き方も、そして残酷さも人それぞれである。

私は2年だった。

ワタシタチは恋をすると寿命を迎える。死にたくなければ好きにならなければいい。でもそれは無理な話。

私たちは愛し合ったまま、大地の上で立ち枯れていく。やがて抱き合った私たちの体から生えた子供の樹が、巨大な菌糸様の躯体を伸ばして高く梢を天までとがらせていく。

さよなら世界。ばいばい私。

やがて子供の樹は巨大な炎を吐き出しはじめ、炭素化合物から巨大なガス体に変貌していく。

安心してほしい。もう私たちに意識はなく。

そして子供の意識はまだ生まれてもいない。

大気が冷め、雨が降り、接合子が大地に降り注いで次の世代の芽となる。

子供たちが目覚めるのは接合網が組まれた後、仮想空間の中でだ。

ハハモシラズ。

ちなみにこの星の声府は、まだ大地の中で情報単位としてのみ存在している間に構築される。その時期には肉体こそないが、物理的永続性を持った共同体はその時期にしか建設できないからだ。ひっきょう、此の星には戦争がない。情報文明では殺し合いの方法がない。

ひらたくいうと、つまり成人すると選挙権がなくなるのだ。


此の星ではいつもセミが鳴いている。


メルフ。(つづく)

%%%%%


俺はスラウェシを頭の上から降ろした。

よかった。マウント解除してくれた。


「はじめまっ。あたしは鮫島ハルルっす。悪役っぽい名前だけど正義の味方さ」

「どこが正義の味方なんだ」

「自分の正義感に忠実です」

「あのな、正義感というのは諸刃の剣のようなもので。まあいい。お前にこんなことを言っても理解できるかどうか不明だが、しかし話さないのも若年者をバカにするようなものだから取りあえず言っておく」

「諸刃の剣って分かるよ。くろみつところてんみたいなものだよね」

「なんだそれは」

「触れるものすべてをべとべとにするという」

「やはり分かってなかったな」

あからさま。落胆。しかし効果は無かった。

「んっ!」

スラウェシが善意の麦茶を鮫島ハルルに提供したので、説教は話の腰を折られた。

この麦茶は……、90%の善意と10%の茶葉で作られてるといういわゆるパック麦茶。

「なにこれ、うまいっ」

ハルルの感想。俺もそう思う。

スラウェシがわずかでも作成過程に関わると途端に美味しくなるような気がする。

俺は麦茶の女神を礼賛した。礼賛してしかるべきである。

ごしょごしょごそ。

スラウェシ恥ずかし訂正。

あ、そうなの。ペットボトルのを入れ替えただけか。


だが、幸福は長く続かなかった。


「正義の味方、さんじょう~」

和やかな憩いのひとときを破ったのは異形の男だった。

自称、正義の味方。またかよ。しかしその立ち居振る舞い言動には正義らしさはみじんも感じられない。ちんぴらとしか考えられない。

しかも忌々しいことに、俺とどこか似ている面影だが。いや、違うな。

いびつな顔。面に微かな傷跡。しかし歪はそのせいではない。明らかに感情に由来する歪さ。直訳。邪悪さ。

気にくわないのは背後に付き従える2人が丁寧なダークスーツを着ているということだ。

「こんなところにいたか。こいつらでいいんだよな。はは」

自称ちんぴらは高級品と分かるジャンパージャケットを着ている。高級ブランドのその衣装は、高い生活水準を想像させるには充分だが、肝心の下品さを隠せてはいない。

「高位人口知性ストーリーエンジンの第13号機とその所有物だな。

お前たちは、逃走。任務放棄。特別職務背任。国際執行機関所有物窃盗。個人情報保護法違反。及びナーシュクリアス法違反の容疑で拘束する。これは予防拘束である。本事件にはゲルマンティノス特例が適用される。よって拘束の事実を第3者に連絡、公表、広報することは、内務省条例第113イにより禁止される。これに違反する第3者は……ああ、めんどっくせえな。

要はこのくっついてるやつらもぶちのめして拘束しろ」

ハルルを指さして剣呑なことをいう男。

「貴様らっ」

俺は怒りにまかせて立ち上がった。

「俺の名はデイヴィッド・ケルトラインだ」

名乗る。

「ほう、奇遇だな。オレもだ」

もちろんスラウェシは止めなかった。ありがとう。

止めないでくれ。この正義を。

俺は計算セルを過負荷に赤く染めながら突撃した。



っ突っ込む。

俺はその男と両手を組んだ。力強くっ。

「機械の体を持つ俺と四つに組み合うとは、覚悟があるなっ」俺。

「ほう、オレのコピーの割にはよく出来てる。オレの若い頃よりちっとは筋力があるぜ。さすがは量産品。だがな。

人間と機械との間には絶対に超えられない壁がある。

それは感性だ」

俺の方が強い。そのまま力でねじ伏せ、しかしぶつかり合う力が唐突に消えたと思ったら、俺の体が反転していた。

ねじ伏せられたのは俺のほうだった。

回転するちんぴら男は俺のバランスを崩し、その瞬間に地面に叩きつけられた。

「オレがオリジナルのケルトラインだ。お前は今日からケルトラインの名を名乗るな。出来の悪いコピーロボの分際で」


チャールズ・グレンブラッド・ケルトライン。

それはかつて、総合格闘技のある部門で連続優勝を果たした伝説の格闘家の名前だ。

俺を含めるデイヴィッド・ケルトラインのシリーズは、この男の基本能力をコピーしていることを売りにしているブランドである。

しかし断じて明言しておくが、我々は肉体が模倣されているのであって、この下劣な精神までも移植されている訳ではない。所詮は商品、というのは我々にとっては断じて誉め言葉である。

しかしながら肉体に関しては、やはりパテント化されるだけのことはあった。シリーズが基本的に若い日の肉体をモデリングしているのに対して、この男はもういい年だ。それなのに俺の方が地に伏せることに、現状ではなっている。この男、やはり戦いのセンスは優れているのだ。


だが俺も腐っても人造人間、人工知性だ。

この程度で負ける訳がない。


倒れた俺を勢いよく踏みつけてダメージを与えた後、マウントを取って腕を折ろうとするCGケルトライン。

だが俺は一瞬の隙をついて強引に敵を地に引きずり倒した。自分と同じ場所に。グラウンドローリングの闘いである。人造の肉体ならではの怪力を発揮。

だがやつは俺の手首をつかんだ。


っ。


何だ?


ここにきて俺の肉体が思うようにならない。不可解な痙攣をする。


「「うあ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”」」

俺の喉が意味を持たぬ咆哮をあげる。

これは苦痛から出る叫びではない。これは。


これは電気だ。電撃だ。CGケルトラインのつかんだ俺の手首から、苦痛が全身へとのたうち回る。それはウナギをなぜか連想させる。貫流する電流は俺の全身の筋肉と神経系を誤作動させた。

痙攣する肉体を無理に大きく波打たせ、相手を強引に放り出した、しかしやつは手を離さない、苦痛は続く、俺の体が痙攣する、コントロールが効かない、何とかしてやつの手を離させないといけない、俺は体を回転させ敵の腕を折ろうと試みる、そうすれば相手は手を離すだろうと考えたからだ、だが体が言うことを聞かなかった。

敵が俺の腕を折った。自由の効かない俺の体は為すすべがない。その瞬間、気持ちの悪い音と、奇妙というしかない不安が俺の思考に伝染する。

ただそれで電撃は終わり、敵、つまりCGケルトラインはその手を離した。俺の痙攣は終わった。


「無力を知れ。機械」

吐き捨てるCGケルトライン。


敵の正体がおよそ推測できた。

発電人類。ホモ・エレクトリチカ。

もちろん生体を含むあらゆる生命現象には電位がつきものであるが、ここにあるのは必要性を遥かに超えて、武器として使用できる電気の利用だ。

電気鰻と同じように筋肉組織で発電を行い、絶縁体となる皮膚組織内層の外側に誘導され、伝導体となる皮膚組織外装に通電される。パルス高電圧にも関わらず彼ら自身はほぼ感電しない。

進化型人類という科学の力で新しい特殊能力を身に着けた人間たちの1人だ。

この時代、人類は強引に新しい能力を自らに組み込んだのだ。

此の男は発電人類なのか? そんなことは寡聞にして聞いたことがないが、であるならコピー人造人間である俺には彼の能力は移植されていない、ということになる。

俺はこんなものを持っていない。

「お前はオレに触れることすらできん。良く考えろ」

降伏を勧告する醜敵、CGケルトライン。


俺は。


俺はスラウェシの視線を意識した。


鮫島ハルルが不安そうな顔で見ているのが分かる。

一方、スラウェシはというと、

お茶ポットとなめこパックを持ってこっちを視ていた。特にあわてる風でもなく。

なぜ、なめこパック?

それはともかく、信頼があるのだ。

俺が勝利することに対して。

俺はそう解釈した。


俺は修復メカニズムを駆動して、破損部骨格を応急修復した。

「ほう、さすがはロボだな」

「お前こそ、老人の体で若い自分のコピーである俺に勝てると思うのか」

「お前、今の能力を見なかったのか。3000ボルトだ。瞬間的にしか出せないが、それでも3度の熱傷にしてやれるくらいにはある。圧倒的に俺が有利だ。その意味が分かるか? お前はオレに触れることが出来ないが、オレはお前に触れることが出来るということだ」

「触れることが出来るのは俺も同じ条件だ」

「バカめ。さっきの電撃で身動きできなかったろうが。おとなしく拘束されろ。オレは金で動く。捕まえたお前たちにくだらないことはせん。客にお前たちを引き渡すだけだから安心しろ。それともオレたちを買収できるほどの金銭があるのなら、いま交渉した方がいいぞ」

こいつは先の自分で言ったことを覚えていないのか? 論外!

「下衆が」

払うほど金など無いし、

というより金の問題ではない。

何より俺には秘策があった。

ホモ・エレクトリチカの歴史は短い。出現してからまだわずかな歴史しか経ていない。

ゆえにきわめてシンプルな弱点が誰にも知られずにいる。


「まだ戦うか。機械は哀れだな。あきらめを知らん」

勝利を確信している敵は、更なる攻撃姿勢を取る。相手は自由にこちらに触れることができ、しかもそれをこちらが恐れていると思っているのだ。両手を開いてこちらを組み伏す気である。

俺は心ひそかに勝利を確信した。

「そのセリフは俺が死んでからの方が良かったな」


相手が俺に触れようとする、その手を俺は。

つかんだ。


その瞬間に電撃が走るが、先に手を離したのは向こうの方だ。

俺の肉体は随意に変形させることができる。この刹那、俺の両の手の指先は、鋭いナイフとなって相手の肉体を切り裂いたのだ。

叫び声はなかった。

「「うあ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“あ”」」

その悲鳴は俺の声ではない。

CGケルトラインは自らの発する電撃によって、感電していた。


理由は簡単だ。

ホモ・エレクトリチカは自らの発する電撃に感電しないため、肉体構造に絶縁体が備わっている。絶縁体となる皮膚組織内層。その薄い膜を俺のナイフが貫通したのだ。当然ながら血液が流れだし、それによって内部も通電するという訳である。生体細胞は電位を必要とするから、この大電圧はかならず破壊的な効果をもたらす。たった一刺しの傷で致命傷に至るのが、ホモ・エレクトリチカの大きな弱点である。

おそらく後天的に、それも危険な場所に自ら出向くことが無くなってから、この能力を手に入れたのだろう。この欠陥は世間ではあまり知られていない。


もちろん相手がやけに高圧的だったのは、こちらを投降させるつもりだったからだ。そうでなければ、こういう高圧さに意味はない。俺を無力化するつもりなら、まず奇襲するべきだった。それとも、思っているより“考えない”タイプなのだろうか。戦士として、自分はこの男をモチーフにして作られているはずなので、それはあんまり考えたくなかった。


「くそっ、余計な知恵をつけやがってっっ。機械のくせに」

CGケルトラインは立ち上がるが。その他にも悪態を吐いていたがそれは下品なので割愛する。

俺は構えをとった。

肉体変形ナイフが太陽に光を反射する。


「ちっ」

結論からいうと、もう彼に戦いの意思はなかった。負けを認めたらしい。

「お前、その小娘をかばい続けても、必ず潰されるぞ。そいつはもうお終いなんだ」

場の緊張は明らかに低下していた。後ろでハルルが安堵の息をついたのが分かる。彼の戦意の低下は、はた目にもはっきり見て取れる。

「今日はこれで引き下がってやるが、いい気になるなよっ」

頭が真っ白になりそうな捨て台詞にごちそうさまと言ってやりたい。


戦闘終了。


「んっ!」

スラウェシが勝利を喜び、その手の中のものを俺に手渡そうとする。

俺はうれしい。彼女が俺に与えるものは、なんでもうれしい。なぜならば俺はそのようなアルゴリズムを与えられているからだ。

だが、それは、もちろん、

なめこパックだった。

ぬめぬめするキノコの袋詰め。

「うん、……… でも、これは、帰ってから食べようね」

俺は帰宅してから、それを皿に盛りつけたのだった。

これが勝利のご褒美なのか……。

こんなもの買ったっけ?

当時、俺は疑問に思ったのものである。

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