第2話


 年が明け、最初の婚活の舞台は、よくあるレストランのパーティルームだった。

 ああ、婚活慣れするなとか、一度始めたら半年以内にケリをつけろとか、まことしやかに語られる理由がよく判るなぁ。

 ネームプレートをつけて会場に入り、プロフィールカードを記入する参加者を眺めながら、圭人はため息をつかずには居られなかった。

 今の圭人には、婚活を開始して間もないか、すでにそれなりの期間活動してきた女性かの区別が容易についた。場慣れと緊張感、新たな出会いを期待する高揚感、そして悟りにもにた諦め。ただカードに個人情報を記入している後ろ姿からでも、雄弁に伝わってくるものは確かに存在する。

 やっぱり、出会いは初々しい方が印象いいものなぁ。

 婚活を始めてから一年後の成婚率は、活動内容にもよるが一割前後が一般的だ。にもかかわらず、実際に結婚した夫婦には、初めて参加した婚活コンやお見合いパーティで出会った相手と結ばれた、という例が少なくない。

 最初から相手をえり好みしない覚悟があった、運がいい、様々な理由があるのだろう。けれど、圭人は最近、男女を問わず、初々しさは大事な魅力なのではないかと感じ始めていた。だから婚活を始めて間もない人は、たとえ緊張のあまり受け答えがぎこちなくて態度が不器用であっても、どこか相手を惹きつけるのだ。

 そしてその対極にあるのが、圭人のように婚活慣れして、最初に会場を見回しただけで、なんとなくその日の結果の予想がつくような存在だった。初々しさなどとうに失い、そこはかとなく疲れたような諦念が漂っている。

 さて、今日はどこまで正直に書くかなぁ。

 プロフィールカードを前に、圭人は小さく息を一つ吐いた。――他人の子供と暮らしています。自分の子供を産んでくれたら、離婚しても全然OK。世話になった分の慰謝料は支払います――などと馬鹿正直に書いたら、誰からも相手にされないのは確定している。

 かといって、この場かぎりの美辞麗句を綴っても意味がない。うまくカップリングに成功したら次は朋香と一緒に会うつもりだ。その席で、話が違うなどと揉めたら朋香が傷つくだけだ。

 もちろん、朋香ごと全て受け入れてくれる度量の広い女性だったら、離婚しなくてもいいけれど。

 結局、圭人はいつものように、朋香の存在については明記し、それ以外の希望についてはなんとなくぼかした書き方をして、プロフィールカードを提出した。

 そして、おもいきり両腕をのばし、軽くストレッチしながら気分を切り替える。

 初々しさを失ったからといって、無論、全てを諦めたわけではない。実際、圭人はいまでも本気で夢想していた。

 いろいろ言っても……もしウチで一緒に暮らしてもらえたら、友達のような親子の居心地の良さとか、案外簡単に理解してもらえるんじゃ、って気もするんだけどなぁ。



「あっ! あの時の!」

 お互い、気づいたのはほぼ同時だった。

 男女別に椅子に並んで座り、始まった前半のトークタイム。幾人目かの相手が入れ替わり、目の前に座った女性をみた瞬間、圭人は以前にも会っている相手だと気がついた。

 あの合コンの時、一緒に帰った彼女じゃないか!

 だが、椅子から腰をうかせて大声をあげたのは麻衣だけだ。圭人はすんでの所でこらえていた。周囲から注目を浴び、麻衣は即座にその身を縮こまらせた。

「す、すみません……その、奇遇ですね」

 うつむく麻衣に、圭人もつられて声を潜めて答える。

「確かに。まさかこんなところで……それにしても、本当に婚活してたんですね」

 地方の小都市でならばともかく、首都圏で婚活中に同じ相手と巡り会う可能性は限りなく低い。幾度となく婚活パーティに参加した圭人でさえ、初めての経験だった。

「はい。……ですから、あの夜は決して数あわせだったわけではないんです」

 圭人の指摘を覚えていたのだろう、麻衣は頷きながらそう答えた。あの夜の帰り道、圭人は彼女に随分と気安く接した。本気の婚活ではないだろうと判断していたからだ。数あわせではない、と告げられた後も、どこか半信半疑だった。

 そんな圭人の決めつけを、麻衣は鋭く感じ取っていたのだろう。

 そうだったのか。悪いことをしたな。だとしたら……あの時、俺の後を追うように抜けてきたのは……

 そう妙な胸騒ぎと、淡い期待を抱きながら、手元のプロフィールカードに視線を落とす。

「……ダメじゃん」

 圭人はおもわず口にだして呟いていた。そのアピール欄には、とても丁寧に言葉を選んで、けれど誤解しようもなく『子供は絶対に産まない』との主旨が記されていた。

 いや俺も、他人の事はいえないけどね。それにしても、ここまで露骨にはっきりと書かなくても。

 けれどそれならば、この前の帰り道で、すでに圭人が自分の対象外であることはよく理解しているはずである。圭人は楽な気分になってたずねた。

「あの日はその後、皆さんどうなったか。康本さんは聞いてますか?」

 おもわぬ再会の動揺が収まれば、気分が落ちついたのは麻衣も同様のようだった。

 見知らぬ異国で知り合いに偶然遭遇したかのような親しげな態度で、圭人に答える。

「先輩が一人、おつきあいを始めたそうですよ。結婚に至るかはまだ判らないけど、クリスマスとお正月は一緒に過ごしてとても幸せだったとか」

「よかった。あの時は素晴らしい方が多かったから、上手くいって欲しかったんです」

「そうですね。それに宇渡さん、人気でしたよ。あんなに早く帰るなんて予想外だった、また機会をつくりたいのに連絡がつかない、って嘆いてる先輩もいるくらいです」

「はは、それじゃ今度は康本さん幹事でセッティングしてもらおうかな」

 お互い、探り合う必要がないから、とりとめのない話をしているとすぐ交代時間になる。

「あの、それでまた」

 ぎこちないお辞儀を一つ残して、麻衣は隣の椅子へと移っていった。

 はぁ、びっくりしたなぁ。……にしても、相変わらずどこか不器用な子だな。

 次の女性が目の前に座る間に、圭人は一瞬だけ麻衣の横顔を眺めた。再び、緊張に強ばり始めた横顔は、それでもなお参加者の中では群を抜いて美しかった。



 中間発表、フリートークの場を過ぎても結局、圭人の求める相手は見つからなかった。

 やや好感触の女性はいたが、朋香を受け入れられる程の器量は感じなかったので無理はしなかった。婚活慣れは忌むべきだが、かといって焦りは同様に禁物である。

 へぇ、なかなか基準が厳しいな。

 閉会時、自分はともかく麻衣も、誰ともカップリングが成立していないのは圭人にとって少し意外だった。フリートーク時の雰囲気から、あの露骨なプロフィールにも拘わらず、少なくとも幾名かの男性が麻衣を交際相手に希望したのは予想がつく。

 えり好みしてるのかな。でも、そういう気配はないんだよなぁ。

 容姿に恵まれた好条件の女性が、安売りはしないぞとばかりに誰も選ばないのは決して珍しくない。だが、そんな女性にはそこはかとなく、自信や余裕が感じられるものだ。

 新たな男性の前に座るだけで、緊張に顔を強ばらせていた彼女からは、そんなものは微塵も感じなかった。むしろ、漂っていた気迫は、アラフォー間近の女性と似ていた。

 なんだってあんな……

 不思議に思いながら、会場を出て、待たせている朋香に電話しようとした時だった。

 あれ、前を歩いてるあの後ろ姿って。

 それは先程目にした、いかにも婚活を勉強してきました、といわんばかりに裾丈が微妙に短めで明るい色合いのワンピースを着た女性だった。

 くそっ、これってマナー違反かな……

 その後ろ姿に気づいた瞬間、とっさに圭人は駆けだしていた。やばいかも、と気づいた時にはもう追いついていた。

 ここまできたら、もう後には引けない。

「あの……よかったら、駅までご一緒しませんか?」

 足音に気づいて振り向いた麻衣に、圭人は緊張を隠して、にっこりと微笑みかけた。

「今度は、この前と立場が逆になりましたね」

 麻衣は嬉しそうに笑うと、小さく頷いた。



「ええっ! 今日はどうしたのおじさん。こんな美人さんを連れて来るなんて」

 どうしてこうなった、ってたずねたいのは俺の方だ。

「何か悪い物でも食べたの? っていうか、まさかヤバイものを食べさせて強引に連れてきたとか」

 驚き、人聞きの悪い疑問まで抱く朋香に、圭人は答えなかった。

 予定では、駅までの間で全て済ませるつもりだったのだ。

 だがいつの間にか、話題は三月にある人工知能系の学会発表になり、予想される発表内容について盛りあがっているうちに駅へと到着してしまった。

 改札前でそのまま別れてもよかったのだが、ある用件を伝えようとおもって声をかけた手前、一応誘うと、麻衣はなぜかおとなしくついてきた。

「え、ええと、あの」

「あ、すみません。興奮しちゃって。全部冗談ですから……はじめまして、高山朋香です。おじさんには毎日お世話になっています。っていうか、一緒に暮らさせてもらっています」

「よかった……はじめまして、朋香ちゃん。康本麻衣といいます。でもごめんね、こうして朋香ちゃんのおじさまとご一緒している理由は、たぶん想像と少し違っていると思う」

 駅前連絡通路の端、並んだコーヒースタンドの椅子に三人は座っていた。

 可愛らしくピョコンと挨拶する朋香に、麻衣はわざわざ腰を浮かせて深々とお辞儀した。

「朋香、今日はいつものそういう相手とは違って、康本さんに少し話があるだけなんだ」

「だよねぇ。びっくりした。だって突然モデルさんや芸能人みたいな美女、連れてくるから」

「あら、朋香ちゃんのおじさまも素敵じゃない。意外とモテモテなのよ、知ってた?」

「そのわりに、最近は振られてばっかりみたいですけど。……でも、康本さんみたいな美人さんには、やっぱり意外なんですね。あたしにとっては、世界で一番素敵なおじさんなんですけど」

 鋭く言葉尻に突っ込む朋香に、ごめんなさい、意外なんかじゃなかったわね、と麻衣が笑いながら謝る。

 そうして、圭人をダシに二人でひとしきり盛りあがったあと、朋香は圭人へと向き直った。

「いつもとは違う話、ってことは、あたしはしばらく席を外したほうがいい?」

「どうだろう、その方が話しやすいかもな」

 圭人は頷いた。朋香は物わかり良く、すぐに立ちあがると、それじゃ気になってたお店、眺めてきます、と駅に隣接したショッピング街へと消えていく。

「よくできたお子さんですね」

「以前、どこまで話したかな。朋香と血縁はないんだ。先輩の遺された子で、いまは自分が後見人として一緒に住んでいる。面倒をみて、というより互いに協力して暮らしている感じだよ」

「複雑ですね。それはそれで大変じゃないんですか?」

「いや、さほどでもないよ。唐突な告白に聞こえるかもしれないけど……実は幼い頃はドイツや北欧の児童文学が好みでね。特に、捨てられた子供が宿無しの親父に拾われて、二人仲良く放浪の旅をする話が大好きだった。自分もそんな経験がしたい、と夢想したものだよ。……自分が親父の側になるのは想像したことがなかったけど、あの頃あこがれていた世界で暮らすのは案外悪くない」

「なるほど、それがこの前の、帰り道の話に繋がるわけですか」

「まぁ、そういうことなんだけど、とりあえず今はこっちの話はいい」

 圭人はそう答えると、手にした紙コップの中身を一口啜った。

 そして、おもむろに姿勢を正してから切り出す。

「当たり前だけど、プロフ見たよ。この前の、康本さんの呟きは本気だったんだ」

「冗談だと思っていたんですか?」

「そうではないけど、婚活の場であれほどはっきり主張していたのは予想外だったかな」

 圭人の口調が変わるのにあわせて、麻衣の態度もやや変化する。

「でも、余計なお世話かもしれないけど……初対面の相手に、あまり率直に自分の希望を伝えるのも、もし本気で結婚相手を捜しているなら、マイナスじゃないかなぁ」

 あえてざっくばらんな口調と態度で、圭人は麻衣に指摘した。

「たとえ子供を産む意思はないにしても、最初からそれを前面には出さず、少し親しくなってからやんわりと告げるほうが、うまく話が進む場合もあると思うよ」

「宇渡さんのプロフも、読む人が読めばけっこうあからさまだったと思いますけど」

 俯いたままボソッと呟くと、失礼、と詫びてから麻衣は顔をあげる。

「ご助言、ありがとうございます。ですけど、たとえば今日、あのプロフィールに目を通したうえで、それでも誰かわたしを指名したと思いますか?」

「それは、何人かはいたかもね」

「五名は存在したはずですよ。少なくとも彼らは、自分は指名するから応じてほしい、とはっきりと口にしました」

 おそらく、フリータイム中での出来事だろう。圭人の予想ともだいたい一致している。

「でも、誰一人としてプロフに書いた要望を受け入れる覚悟はなかったと思います。だから、わたしは誰の名前も書きませんでした」

 麻衣は、朋香と笑いあっていた時とは別人のような辛辣な口調で、淡々と語った。

「勿論、宇渡さんの意見も一理あると思います。確かにあのプロフィールは可能性を狭めている。良き出会いを逃しているのかもしれない。けれど、あれほど明確に書いてもなお、これまでの方は皆、幾度か二人でお会いしたあとで決まって必ず……『何年かして家庭が落ちついたら』『ぼくも育児を分担するから』『俺は子供が養える平均以上の収入があるんだ』だから……と言いだす男性ばかりだったんです。今日の方々にも、そんな雰囲気がしました。――とにかくまず知りあって、関係を築いて、後から自分の言うとおりに、思うとおりにさせればいい。なにしろ俺の意見が正しいんだから――そんな男の傲慢さが。だから、結局誰の名前も書けなかったんです」

 ……そうか。なるほどねぇ。

「自惚れた発言と、嗤っていただいて結構ですが、間口を広げるプロフィールを書けば、確かに指名は殺到すると思いますよ。でも、わたしの希望を本当に理解してくださる方でなければ、たとえ何人から求められても、それは意味がないんです」

「康本さんの言うとおり、子供だけが、結婚の意味ではないと思う。二人で幸せに暮らす、そんな生き方を否定するつもりは俺にも毛頭ない。互いが納得してるいなら、それも充分ありだろう」

 圭人は軽く肩をすくめた。

「だけど、それならば単なる恋愛で済むのも一面の事実ではある。時間とお金を使って、見知らぬ相手と手当たり次第に会うのは、恋愛じゃなくて結婚という社会的な形式を望んでいるからだ。その形式の中には、子供という存在を含むべきだ、と考える人は男女共に少なくないだろうね」

「……ですよね。最近それがようやくわかってきました。まるで道化ピエロですよね、わたしって」

 圭人の指摘に、麻衣は一転して弱々しくうなだれる。

「少数派だろう、とは最初から覚悟していたんですけど……子供がいらないなら婚活なんかするな、ってある男性から別れ際に面と向かって罵倒されときはさすがに少し凹みました」

「知り合いに、専業主夫になりたくて婚活をしている人がいるんだ」

 圭人は少し口調を明るくすると、男性でね、と言い添えた。麻衣が、驚いて顔をあげる。

「互いの信頼関係がある家庭であれば、それは生き方の一つとして社会的にすでに認められているよね。……でも、婚活の場だとただのヒモ志願としか扱われない、ってその人は嘆いていた」

 顔をあげた麻衣に、圭人は穏やかに語りかけた。

「まず好きになって、その相手が望む生き方ならば社会的にそれは有りなんだ。勿論、そんなのは嫌だといって別れてしまう場合だってあるだろうけど、少なくとも単なるヒモ願望とは違う扱いをしてもらえるだろう」

「それは女性として、なんとなく理解できます」

「だとしたら、おそらく康本さんの、子供を作らない結婚、も同じなんじゃないかな」

「つまり、ずっと恋愛してきた相手が、子供を望まないなら検討はできる。……なら逆に、付き合いはじめる前にいきなり、結婚しても子供は作りたくない、って告げられた場合、男性はどう感じるんですか?」

「まだ親しくない相手からだと、一緒に暮らせる程度の情は抱けるけど、子供を産めるほどには愛せない、って宣言された気がするかもね。男性によっては、康本さんがどこか自分を生理的に受け入れがたいと感じている、と誤解するかも」

「つまりわたしの希望は、生き方の選択じゃなく愛情の量の問題と理解されていたんですね」

 なるほど、と納得したように麻衣は頷いた。

「ありがとうございます。自分のこれまでの行動が男性にどう受けとめられていて、結果どうしてそうなったのか、ようやく理解できました」

 麻衣は再び、礼儀正しく圭人に一礼した。

 それから、微妙にやさぐれた態度で、すでに冷えていたコーヒーを一息に飲み干す。

 その様子を眺めながら、圭人は慎重にたずねた。

「でも、だからといって康本さんは、いまさら何かを変えるつもりはないんだよね?」

「子供を望まないという選択についてですか? ……はい。最初から、難しいと承知ではじめた婚活ですから」

「だったら、資格はあるかな」

 圭人は呟くと、紙コップをおいた麻衣へと向き直った。

「実は、話の本題はここからでね……俺が婚活をはじめてから、知りあった人たちがいる。妙な集まりでね。自称は『だけこん』なんだけど」

 麻衣はキョトンとした目で圭人を見つめたあと、だけこん? と呟きながら首をひねる。

「『何々だけは譲れない婚活』の略で『だけこん』。それも、男性の年収一千万みたいな、ありきたりな条件じゃなくて、皆一風変わったこだわりのある婚活をしてる人たちでね。よかったら、康本さんも顔を出してみたらどうかな。いろいろと得られるものがあると思うんだけど。単なる気晴らしの場としても、なかなか楽しいし」

「結婚したいけど子供は必要ない、とはそんなに変わったこだわりなんでしょうか」

「確かに、その条件が該当するかは微妙だけどね。でも、そもそもなにか特別な決まりがあるわけでもない、ただの緩いグループだから。器の大きい人が多いし、康本さんならたぶん受け入れてもらえると思う」

 圭人はメンバーの顔を思い浮かべながらそう勧めた。

「もちろん、その気があるなら紹介するよ、ってだけで、その気がなければいいよ。本気で結婚したいなら婚活中に無駄な人間関係は築くな、ってハウツー本もあるらしいし」

 麻衣は一瞬考えこんだあと、すぐに顔を上げて、圭人に軽く頭を下げた。

「……いえ、ぜひ紹介してください。人としての器は大きいのに結婚相手には妙な拘りがある、っていうのも不思議ですけど。そこにはつまり、宇渡さんみたいな、変わった結婚相手を捜している方が沢山いるんですよね。だったら、お会いするのが楽しみです」

「蒸し返すけど、そんなに俺の希望って変わってるかな」

「子供さえ産んでくれれば妻は用無し、なんてわたしにはそもそも婚活かどうかすら疑問ですが」

 俺、そこまで誰かにはっきり望みを……いや、彼女にだけは語ったか。

 圭人がどこか釈然としないものを感じていると、突然、後ろからポン、と肩を叩かれる。

「おじさん、そろそろいい?」

「ごめんね、朋香ちゃん。長々とおじさまをお借りしちゃって。話はもう終わったから」

 遠目に朋香の姿が見えていたのだろう。圭人が答えるよりも早く、麻衣が話しかける。

「気を遣ってくれてありがとう。本当に、朋香ちゃんはいいお嬢さんね」

「ああ、助かったよ。今日のデザートはなんでも好きな物を頼んでいいから」

「やったぁ! でも、その前にちょっと康本さんにお願いしていいかなぁ」

「えっ、わたしに?」

 立ちあがろうとした麻衣は、いきなり朋香に腕を掴まれて戸惑う。

「あのね、美人でセンスの良さそうな康本さんに、一緒に選んで貰いたいものがあるの。さっきからお店で悩んでたんだけど、どうしても決められなくて」

 朋香は離さないぞ、とばかりに腕に抱きつくと、上目遣いに麻衣を見あげた。

「どうしようかなぁ、って迷ったんだけど……そうだ! 康本さんに助言してもらえたらなぁ、って。だってそのワンピース姿、とっても可愛いのに大人っぽくて、あたしの理想のコーデだから」

「あら、捜してるのはなにかしら? それってわたしで構わないの?」

「うん、もちろん!」

 麻衣が興味深げに問いかえすと、朋香は嬉しそうに大きく頷く。

 思わぬ成りゆきに、圭人は慌てて朋香の肩を引いた。

「おい、ちょっと朋香、初対面なのにいくらなんでも馴れ馴れしすぎるだろ。単なる買い物ならあとで俺が」

「ダメ。だっておじさんには知られたくない、女だけの買い物がしたいんだから」

 そういう台詞は、洗濯を俺に全て任せているうちは、いささか早いんじゃないか?

 おもわずこみあげてくる言葉を、グッとこらえる。

 確かに最近、男性には敷居の高い店に入るようになってきたのも確かだ。

「いいわよ、喜んでつきあうわ。朋香ちゃんみたいな可愛い子に似合う服を見繕うなんてとっても楽しそう。だけど……そう決まったらトコトン選ぶから、覚悟しておいてね」

「やったぁ! じゃ、やっぱり夕ご飯はいらない。おじさんは先に帰ってて」

「それなら、今日のお夕飯はわたしがご馳走してあげるわ。一緒に美味しいイタリアンでも食べましょ」

「おいおい」

 呆れた圭人は止めようとしたが、もはや、二人の視界に圭人は入っていなかった。

 どんなものが、なにが欲しいの? 好きなブランドは……と、まるで旧知の友達のように、賑やかに語りだす。

 まったく……でも、有り難いのも事実か。

 婚活をはじめた時、そういう役回りをも期待しなかったといったら嘘になる。

 結局、圭人は麻衣に改めて頭を下げ、連絡先を伝えるとともに朋香についてお願いをすると、一人、トボトボと改札口へと向かった。

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