私は、カクヨムの巫女姫、死神の使いなの。
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最も不幸な少女の、最も幸福な物語。
──私は、生まれ落ちてからこの方、無数の人の死を見てきた。
幼いうちは、ごく身近な人たちに限られていたので、両親や兄弟姉妹、祖父母、叔父叔母、等々の親兄弟親類縁者の、最期の有り様ばかりを目の当たりにした。
そしてそれは成長するにつれ、屋敷の使用人や家庭教師や数少ない友人等に広がっていき、私の視界は常に死に塗りつぶされていた。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死──
起きても、
だから、私にとって、『死』とは、何も特別なものではなく、極ありふれた、『そこに在って当然』なものでしかなかった。
だけど、見えて見えて視えすぎたからといって、黙っていればよかったのだ。
少なくとも、今の私だったら、確実にそうしたであろう。
しかし、いまだ年端もいかず、純真無垢そのままだった当時の私は、ついに口を滑らせてしまったのだ。
──当の本人である、
「あなたは、極近い将来、何の救いもなく、むごたらしく死んでしまうのです」、と。
──まさにこれぞ、超常の予言者の一族、『
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──まったく、嫌なお役目を押し付けられたものよねえ、私たちって」
「ちょっと、リナ、声が大きいわよ⁉」
「大丈夫大丈夫、どうせあの子って、ずっと目隠しと猿轡を着けているんでしょう? いくら私たちの声が聞こえたからって、顔を覚えられることもないし、文句一つ言えやしないわよ」
その日、久方ぶりに人の声を耳にして、私は深い眠りから、目覚めを迎える。
──そう、またもや、大勢の人たちが、死にゆく悪夢から。
「この子って、噂に聞く予言者の一族の中でも、『人の不幸』しか予知できない、半端物の忌み子なんでしょう?
「そ、それは、王様に何か、お考えがあったんじゃないかしら? とにかくこのようなところで、滅多なことを言わないほうがいいわよ」
「平気平気、こんな城の地下深くなんかに、誰も入ってこないわよ。──私たちのような、この子のお世話係のメイド以外はね。どうせ、みーんな、この子のことが怖いんだから。それに王様自身も、とっくに死んじゃっているじゃない?」
「で、でも、ご長男の第一王子様が、早速後継者宣言をなされたじゃないの」
「あんなバカ王子を認めるお偉方なんて、一人もいるものですか! そのせいで第二王子や第三王子も本格的に跡目争いに乗り出して、今やお城の中は権謀術策のるつぼと化して、誰もが疑心暗鬼に囚われてしまっているじゃない。──あ〜あ、あのバカ王子ども、さっさとこの子を始末してくれれば、私たちも楽になるというのに、自分たちが祟られるのが怖くて、それまでの拘束場所だった北の離宮から、この王城の地下牢へと移しただけで、後は知らんぷりして、すべてのお世話を私たちメイドに丸投げするなんて、腰抜けにもほどがあるって言うのよ!」
「そんな、言い過ぎよ! 王子様たちに対してもそうだけど、この子を始末すればよかったなんて! 第一ちゃんと他にも、第四王子様だって残っているじゃないの?」
「はんっ、バカどもの後は、みそっかすの話? あんな平民を母親に持つハズレの王子が、後継者争いに参加できるわけが無いじゃない。幼い頃から毒殺や闇討ちのターゲットにされてきて、よくぞ生き延びたものだと、みんなびっくりよ。元服してからこっちは
「──だからあなたって、何かにつけて、一言多すぎるのよ! きっとそのうち、痛い目に遭うわよ⁉」
「ああ、もう、うるさいわねえ。こんな面倒な仕事、さっさと終わらせて帰りましょう! ──ほら、巫女さん! どうせ、聞こえているんでしょう? ご飯を持ってきてやったから、ありがたく受け取りなさいよ!」
そのようにぞんざいに怒鳴り散らす少女の声とともに、牢の鉄扉の一番下に設けられている支給品の差し込み口あたりに、食事が載せられたお盆が置かれる音がした。
──っ。今だ!
「きゃっ! な、何よ、この子、いきなり私の腕を掴んだりして⁉」
『──う〜、う〜』
「
『──う〜、う〜』
「……もしかして、この子、何か私たちに、伝えたいことでもあるんじゃないの?」
『──! う〜う〜う! う〜う〜う〜!』
「あっ、
「知らないわよ、そんなこと! たとえそうであっても、この子との接触は、厳に禁じられているんだから、猿轡を外したりしたら、私たち二人とも極刑よ⁉ ──さあ、あなたもいい加減、放しなさいってば!」
『──あうっ⁉』
メイドさんの拘束されていないのほうの腕による渾身の肘打ちに、堪らずのけぞり手を放してしまう。
『う〜う〜う! う〜う〜う〜! う〜う〜う〜! う〜う〜う〜!』
「うるさい! 私たちこれでも、仕事がいっぱいあるんだから、あんたなんかに関わっている暇なんてないの!」
──ああっ、二人の足音が、遠ざかっていく。
駄目!
もうすぐこのお城に、『鬼』が来るって。
──そして、大勢の人たちが、死んでしまうって。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
私が、あの『鬼』の夢を見始めたのは、いつからであったろう。
物心つく頃にはすでに、魅入られていたようにも思える。
私にとっての、『死神』であり、『救いの神』でもある、あの『
「──そなたが、『くだんの娘』か?」
血まみれの手をこちらへと伸ばしながら、その『鬼』は言う。
それが夢の中で、唯一耳にできた、『鬼』の言葉であった。
『くだん』とは、不吉な未来の予言だけを口にするという、人面牛体の伝説の化物で、『
──そうだ、これぞまさしく、『くだんの娘』である私が視た、自分自身の『死の場面』の夢なのだ。
あの夢の中の、全身血まみれの、まさしく『赤鬼』そのものの男こそが、私に死を与えに現れるのだ。
だけど、少しも怖くはなかった。
むしろ、その鬼の、唯一白い
なぜなら、彼はこの世で唯一の、私にとっての『救い主』なのだから。
──死をもって、この地獄のような現実から、解き放ってくれるのだから。
そして、その日も、近い。
夢の中で、繰り返し視た、牢獄。
それは間違いなく、まさに今私を閉じ込めている、この地下牢そのものであったのだ。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──そしてついに、『約束の日』がやって来た。
その日は朝から、この地下牢にまで聞こえるほどに、城中に怒号や断末魔が鳴り響いていた。
「──おやめください! これから先は、何人たりとて立ち入ることは赦されません!」
「……
「斬るなら、斬りなさいよ! あの子は、
地下牢のすぐ近くから聞こえてくる、いかにも向こう見ずな、女性の啖呵。
──何とそれは、日頃私のことをなじってばかりいる、あのメイドさんのものであった。
「もう、やめて、リナ! ──牢屋の鍵ならここにあります! だから、この子には手を出さないでください!」
「ちょっと、ソニア⁉」
「……悪いな、お役目の邪魔をして。──しかしこれは、この国にとって、是非とも必要なことなのだ」
「──っ、年端もいかない娘っ子を殺すことが、国のためだと言うの⁉ チッ、これだから、○族ってやつは!」
そしてすぐに牢屋の鉄扉が重々しく開けられる音がして、意外にも丁寧な手つきで、私の目隠しと猿轡が取り外される。
……そして私はゆっくりと、閉じていた目を開いた。
ほんのすぐ目と鼻の先に見えるのは、夢とまったく同じ、真っ赤に染め上げられた男の顔。
『鬼』のごとく鋭い眼光を放ちながらも、同時に、『救世主』であるかにような慈悲深さをも感じさせる、サファイアみたいな青の瞳。
そしてこれまた夢の通りに、こちらへと差しのばされる、血まみれの腕。
「──巫女殿、私と一緒に、来られるか?」
………………………………………え?
「あ、あなた──
あまりにも予想外な言葉に、完全に言葉を失った私の代わりに、あのリナという名のメイドさんが、食ってかかっていく。
……ていうか、この人って、王子様だったの? こんな血まみれなのに?
そもそも、何で王子様が、ご自分の王城に攻め込んでくるわけ?
「……ふむ、どうやら誤解を与えていたみたいだな。今宵この城に腹心の部下たちと共に、決死の討ち入りを行ったのは、他でもなく、この子を──『
「えっ、そうだったんですか⁉ また何で、そのようなことを?」
「──もちろん、私には是が非でも、彼女が必要だからだよ」
「なっ⁉」
その王子様の言葉を聞くや、顔を真っ赤に染め上げて、絶句してしまうリナさん。
……いまだ12歳の私にはよくわからないけど、何か女の人を恥ずかしがらせるような、台詞でもあったのだろうか?
「ロリコン! このロリコン王子! 城攻めの理由が、少女略奪かよ⁉ ──おまわりさん、こいつです!」
「り、リナ、落ち着いて! お話の邪魔になるから、私たちはあっちに行っていようね!」
メイドさんたちが退出していくのを待ってから、今度は私のほうへと向き直る、血まみれの王子様。
「……それで、そなたの返事を、聞かせてはくれぬか?」
「あの……」
「うん? 何かな」
「──あなたは、この私のことが、怖くはないのですか?」
その私の、魂からの
──そして、そのすぐ後。
「……くくく」
くくく?
「くく、くくく、くははははは、あははははははははは! い、いや、笑わせるでない!
いったい何がツボにはまったのか、今や脇腹を押さえ涙すらも浮かべながら、大爆笑し始める王子様。
「なっ、私は『
「そうだろうそうだろう、さぞかし今この時も、私の死ぬパターンをいくつも、頭の中に浮かべていることであろう」
「ええ、かなり腕に覚えがお有りのようですけど、これからすぐにこの城の中で、不意討ちや罠によって討ち取られてしまわれるのを始めとして、たとえこの場を切り抜けられたとしても、後日どこぞの
「──それよ、それこそがそなたの予言が、絶対に人を死に至らしめるものではなく、それどころか場合によっては、人に真に『幸せな未来』をもたらし得る証しなのだよ」
………………………………………は?
「私の、くだんそのものの『死期予知能力』が、けして絶対的な『死の予告』ではなく、人に『幸せ』すらももたらし得るですって?」
「だって、いろいろなパターンの『私の死に様』を、同時に予知しているということは、それら一つ一つは、
あ。
そ、そうか、『この城の中で死んでしまう』予知が的中すれば、『その後でどこぞの
「つまりだな、実はそなたは、『絶対的な死や不幸』を予知しているのではなく、あくまでも『死や不幸の
「……可能性のシミュレーション、ですか?」
「あのなあ、神様でもあるまいし──いや、
「はあ? 私以外の
「それに対してそなたの場合は、これから先の私の『死んでしまうパターン』のみに的を絞って、それについての『すべての可能性』を
「ど、どうなるって……」
「これ以降において私に降りかかる『死の可能性』をすべて、事前に知り得て、今から余裕を持って対策を練れるというわけなのだよ」
──‼
「このことが、常に
──うっ。
「そうなのだよ、人はけして、『絶対に幸福なれる方法』なぞ、前もって知ることなぞ絶対に不可能だが、もしも前もって『不幸になるかも知れない可能性』をすべて潰すことができたとしたら、結果的に『幸福』を掴むことができるというわけなのさ。──そう。そなたの『死期予知能力』を逆説的に使ってこそ、少なくとも私は、絶対に幸福になれる自信があると、今この場で断言できるぞ!」
私の──これまで散々忌み嫌われてきた──『死の予言』によって──絶対に──幸福になってみせるですって⁉
「さあ、わかったのなら、私のこの手を、握り返してくれないか?」
再び私のほうへと、その手を差し伸べる、王子様。
しかしいまだ私には、その手を掴む決心はつかなかった。
「──駄目、駄目なのです。私にはどうしても、あなたが不幸になる未来しか見えないのです!」
「だったらこの私が、そなたに、『幸福な未来』を、見せてやろう」
え。
「もしそなたが、『
…………え?
思わぬ言葉にきょとんなる私を尻目に、血まみれの顔をこれまで以上に真っ赤に染め上げて、そっぽを向く王子様。
「……こんなほんの子供に向かって、何を言っておられるですか? 本当に『ろりこん』とやらだったのですか?」
「ロリコン言うな! ていうか、年齢なぞ、関係ない!」
「ああ、こういった王宮ロマンスにおいては、王侯貴族の女性の適齢期の下限がいかに幼くても構わないか、殊更主張することで、『ロリコン非難』をかわそうとする、姑息な常套手段なわけですね」
「違う! 大体がそなたは、鏡を見たことはないのか⁉」
「あ、いえ、物心ついてすぐに、『死期予知能力』を発現してしまったから、それ以来ずっと目隠しをされたままでしたので」
「だったら教えてやる! そなたときたら、あたかも月の雫のごとき銀白色の髪の毛と、夜空の満月そのままの
「……はあ、ああ、そうですか」
「え、私の一世一代の告白を聞いて、そんな淡泊な反応なの?」
「ええ、あなたにとって大事なのが、『巫女』であろうが、『お嫁さん』であろうが、私からしたら、何ら違いはありませんもの」
「ええー、いくら子供とはいえ、12歳ともなると、『お嫁さん』になることを意識し始めているんじゃないの? もうちょっと動揺しようよ!」
「だって私にとって、他人から本当に必要とされたのは、これが初めてなのですもの。──その嬉しさの前には、『巫女』であるか『お嫁さん』であるかなんて、それほど違いは無いのです」
「──っ」
その私の本心からの言葉に、一瞬だけ虚を突かれながらも、すぐさま姿勢を正して、改めて口を開く王子様。
「……では、私と一緒に来てくださるわけですな、巫女殿?」
「はい、『
「ま、
「ええ、『お嫁さん』になるかはともかく、『巫女』としては、あなた様は私にとって、唯一の『
そう言うと、なぜかきょとんした表情となる、
「……いいな、それ」
「は、何がで、ございましょう」
「自分で、気がつかないのか?」
「え、ええ」
「そなた、笑っておるのだよ。──しかも、私自身、これまでの人生で見たことがないような、とびっきりの会心の笑顔でな」
──!
「私が……笑っている……ですって?」
「どうやら、約束は果たせそうだな」
そう言って、もはや遠慮無しに私の手を握りしめて、そのまま引っ張り上げる主殿。
「約束、とは?」
「そなたに幸せな未来を見せてやれる、自信がついたってことだよ」
「──っ。は、はい!」
「では、参ろうか? まずは無事に、この城から抜け出さなければな。──
「お任せください! どのような攻撃があろうと、事前に察知してみせます!」
「ふふ、期待しておるぞ」
そうして、私たち二人の、『旅路』が始まったのであった。
それは、長い長い旅であった。
だけどその時、確かに垣間見えたのだ。
『
私は、カクヨムの巫女姫、死神の使いなの。 881374 @881374
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