第3話
赤ん坊の頃、エルザと呼ばれた時に薄々覚悟してはいたが、どうやら俺は女に生まれ変わったようだった。生まれ変わるなんて奇跡を体験していても、どうにもその事が衝撃的で、素直に驚いたり感動したりできなかった。
俺が……女……。
自分の足で歩けるようになる頃になっても、受け入れがたい事実だった。
「エルザは将来ものすごい美人になるぞ」
親馬鹿気味の父親にそう言われる度に、俺は物凄く嫌そうな顔をして両親を困らせた。
しかしそれでも両親は俺を愛してくれた。大事に大事に育てられた。裕福さから来る余裕だろうか。そうだとしても前世では感じられなかった親の愛と言う物を、惜しむ事無く与えてくれた二人に、俺は感謝し、その愛に応えたいと思うようになって来た。
だから少女として振る舞う事も、ヒラヒラのスカートを履かされる事も、次第に受け入れられるようになってきた。
俺は、いや私はエルザだと。二人の娘のエルザだと。
だがそれはあくまで両親の為であって、完全に男としての自分を諦めた訳ではない。成長していくにつれ、自分でもビックリするぐらい可愛いらしい少女になっていってもだ。そこは譲れない。絶対に。
「よくお似合いでございます。エルザお嬢様」
「ありがとう。レナーテ」
だから今日もメイドのレナーテに飾り立てられ、鏡にはフリフリなドレスを着飾ったアッシュブロンドの美少女が椅子にちょこんと座っているのが映っているが、これは周りの期待に応える為に仕方なくやっている事であって、私の趣味嗜好とは全く関係ない。そんな私を褒めてくれるメイドに微笑む笑顔が自然なのも、エルザという少女であろうとする努力の賜物であって、私が新しい何かに目覚めたとかそう言った類の話ではないのだ。
本当だからな?
そこ重要だからほんと頼むぞ?
◆
私は3歳ぐらいの頃から読み書きを習い始めた。文字を教えてと両親に頼んだらもの凄く驚かれた。やっと言葉がまともに話せるようになったばかりなのに、いきなりそんな事を言われたら仕方ないか。
しかし多少奇妙に思われても、なるべく早く自分の置かれた状況を把握したかったのだ。と言うのも、どうやらここは前世と全く異なる世界らしいのだ。外を見れば獣の耳が頭の上に生えた人や、二足歩行する犬が歩き回り、夜になれば見た事も無い星空に二つの月が浮かんでいる。おまけに街の外には魔物という恐ろしい怪物がうろついているのだと言う。まるでファンタジーだ。前世で暇つぶしに読んだイギリスの流行りの小説を思い出す。探せば話の中に出て来たエルフやドワーフなんかもいるのだろうか。
もっとも読み書きなぞできなくても、簡単な事などは大人たちを質問攻めにすれば済む話だ。だがもっと難解な知識となると、子供らしくないと怪しまれたり気味悪がられたりするかもしれない。折角幸せな生活と両親に恵まれたのだ。進んでそれを壊したりはしたくない。なので書物などでこっそり調べようと考えた訳だ。
読み書きを覚えるのはそう時間が掛からなかった。前世では任務の関係上、潜入地が変わる度に現地の言葉を詰め込まれたので、慣れていたのもあった。お蔭で両親には神童だなんて、もてはやされる事になってしまったが。まあ、好意的に捉えてもらえるならいいか。
幸い家には書物が豊富にあった。中々の広さの書庫を持っており、この世界での書物の価値は分からないが、かなり裕福なんじゃないだろうか。何人もの使用人を抱えているほどだしな。
私は全てを読破する勢いで、日々書庫に籠って書物を読み漁った。余りにも根を詰め過ぎて両親を心配させる事が多かった。我ながら奇妙な子供で申し訳なく思う。
書庫には様々な分野の書が満遍なく揃えられていたが、武器や兵法など軍事関連の物が比較的多かった。というのもどうやら私の家であるロア家は代々武人の家柄らしく、父のテオバルト・ロアは魔族との闘いで名を馳せた英雄だったようだ。書を信じるなら相当強いみたいだな。あくまで人間としてだが。
この世界には人間以外の人型が多数いるらしい。屋敷のバルコニーから外を見るだけでも、獣の耳を生やした者や、様々な角を持つ者、毛むくじゃらの二足歩行する獣と様々だ。そして人間はその中でも最弱に近い存在のようだ。筋力や体の頑強さは平均的。魔法にしても特別な素養も無く普通。魔力量も少ない。
そう魔法という物があるのだこの世界には。
私が前世で唯一読んだファンタジー小説の中でもそんなものがあった。白髪白髭の老人が杖を使って様々な奇跡を起こし、仲間と共に苦難を乗り越えていく。それまで作り話なんて何の役にも立たないと嫌厭していたが、初めてそう言った物に触れてえらく感動したものだ。戦場で俺もそんな力があればなと、もういい歳だったのにそんな事を夢想するほど夢中になっていた。
魔法の存在に気づいてから私は世界の把握するという目的を忘れ、ひたすら魔法関連の書物を読み漁った。
これは是非とも物にしたい。
興味本位が多分に含まれるのは認める。しかしその思いは、様々な書を読むにつれ感じて来た、この幸せな生活を脅かしかねないという、今の世界に対する不安からのものなのかもしれない。
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